217.破棄した契約、どうするよ
王族に愛想を尽かした貴族にとって、今回の進軍は大歓迎だったらしい。それは前にも聞いていたが、貴族連合が出来たらしい。王族を蹴落として、新しい王族を選び土地の契約をするつもりだろう。その辺の事情は各国の王族が秘匿してきた。
契約方法が分からないから、王族が横暴でも反乱が起こせない。万が一王族を全員殺したあとで、聖獣が土地を離れてしまったら? そう考えたんだと思うが……ん?
「聖獣との契約が切れると国が滅びるんだよな。緩やかに?」
数十年単位なら、その間に同盟他国から方法を聞き出すなり、聖獣を探して話を聞いてもらうなり、手が打てるんじゃないか?
「いや、数年で崩壊する。この世界の天気がいい例だな」
「国境で天気が変わる、あれ?」
レイルが具体例をだしたので、何となくイメージは掴める。国境線を跨ぐと天気が違う。しかも西の国みたいに飛び地でも本国と天候がシンクロするの、すごい仕組みだ。国境が変わると次の日から天気の境目が変わるのは怖いけど。
「数日で崩壊の兆候が出ますね。過去の文献を紐解くと、たくさんの小国があったそうです。それらが5つに絞られたのは、聖獣が現れたからだと言われています」
奇妙な言葉が聞こえたぞ。聖獣が現れて、国が5つに絞られた――なんで?
「オレが習った歴史に、そんな話入ってなかったけど」
「教えていない」
あっさり肯定してるけど、シフェル……ちゃんと教えておけ。オレが聖獣の主人になるなんて思わなかったんだろうけどさ。
「難しい話は後にしろ」
ノアはお茶を用意すると席を立った。代わりにジャックがその場所に陣取る。なるほど、部外者がいるのに……と気を遣ってくれたようだ。まあ、オカンは知っててもいいんだけどね。
「ジャック、マロンかスノーと契約する?」
「……絶対に嫌だ。それって王族になれってことだろ」
がしゃがしゃと乱暴に焦げ茶の髪をかき乱し、ジャックは拒否した。予想してた結果だけどね。
「マロンは誰か契約してもいい人いる?」
『ご主人様』
「ああ、うん。……オレは置いといて、土地の契約ね」
『ご主人様じゃダメなんですか?』
こてんと首をかしげるオレの幼少期、可愛いなおい!
『二位じゃダメなんですか?』
「ブラウ、お前……政治もイケる口か」
『ううん。アニメの中で使ってた』
確かにあの頃流行ったから、そういうアニメのセリフがあったかも……ん? あったか?
「マロンはゆっくり考えようか」
「キヨが気に入ったやつを指名すりゃいいじゃねえか」
聖獣は言うこと聞くんだろ。そんなニュアンスの言葉を放ったジャックを睨みつけた。
「絶対に指名しない! マロンはずっと蔑ろにされてきたんだぞ! オレが死んだ後まで続く命令はしない」
『ご主人様!』
感激したマロンに飛びつかれ、とっさに支え損ねて後ろにひっくり返った。慌てて手を伸ばすレイル、間に合わないと諦め顔のシフェル、ひっくり返るついでに蹴り上げた机……そして悲劇は起きる。
ゴンっ! すごい音がして意識が遠のいた。なんかふんわり気持ちいい。そのまま気絶という眠りもどきに引き摺り込まれた。
「キヨっ!」
「マジか、なんて運が悪い」
「治癒はサシャか」
様々な声が聞こえて、身体が揺られた。ぐらぐらして気持ち悪い。うっと嘔吐くと背中を温かな手が撫でてくれた。差し出されたコップの水を一口飲み、うつ伏せにベッドへ寝かされた。
「何やってんだ、うわぁ……ぐちゃぐちゃじゃねえか」
サシャが手をかざすと、傷があるらしい後頭部が温かくなった。気持ち良くて眠くなるが、こういう場面は確か……。
『寝たら死ぬぞぉ!!』
うん、これだ。いい仕事してるじゃん、ブラウ。
『うわぁああ! 僕のせいだ! 僕のせいでご主人様が死んじゃう』
「ちょっ」
寝てる場合じゃない。マロンの泣き声と、宥めるヒジリの声が聞こえた。
『落ち着け、主殿は転んだだけだ』
『そうよ。あんたがいなくても転んだわ』
それはない、何だそのオレがドジっ子みたいな設定。何もないところで転ぶ習性はないぞ。だがコウコの言葉に反論すると、マロンが気にするだろう。
溜め息ひとつで聖獣達からオレに対する、不名誉への反論を飲みこみ、手招きした。
「マロン、おいで」
『でも……』
迷って動けないマロンの声が震えている。早く来い。手を握っててやるから。そう思うのに、ずきずきする頭のせいで眠りそう。
「早く」
急かしたオレの声に、他の聖獣が一斉に動いた。
『主殿の命令だぞ』
『そうよ、早く行きなさい』
『僕が代わりに行っちゃいますよ』
ヒジリ、コウコ、スノーと説得したり脅したりと忙しいが、ブラウが止めを刺した。
『早く行けっての!!』
蹴飛ばしたのだろう。傭兵達が開けてくれた道を転がってきた。オレと同じ姿なのに、ブラウのやつ遠慮がねえな。
『うっ……ご主人様ぁ』
「ごめん、手を握ってて」
頼んだところで、意識が薄れる。ぎゅっと掴まれた手が温かくて、何かあと一言くらい……。気を失ってる場合じゃないっての。
失血しすぎて目眩がする状況で、サシャが傷を塞いだと説明する。そんなに派手に切ったのか。そう思ったオレの背中に、のしっと重い物が乗っかってきた。
『主殿、少し痛むぞ』
え、痛いのはやだな。抗議の声は掠れて聞こえなかったらしく、ざくっと何かが刺さった。
「ん……ぎゃぁあああああ! めちゃくちゃ痛え!!」
飛び起きたオレに驚いたサシャが、椅子から落ちて尻餅をついた。ジャックは腹を抱えて大笑い。ノアは濡れたタオルでオレの血を丁寧に拭き取っていく。煙草を差し出すレイルに礼を言って、素直に咥えた。煙は嫌いだが、これの麻酔効果はすでに体験済みだ。
数回吸って吐くと、痛みは劇的に楽になった。いや、違う。麻酔のおかげじゃなくて、ヒジリの治癒だった。治す時に必ず噛んで傷を広げるの、なんとかして。マジ痛かった。
ぐったりしながら身を起こすと、苦笑いしたノアが濡れタオルで首や頬についた血を拭いてくれた。ついでに着替えも渡される。頭から被る丸首じゃなくて、ボタンで着るシャツだった。問題は脱ぐ時だが……。
「動くな」
刃物を向けられると攻撃したくなるんですぅ!! ひっと首を竦めるオレの背中側を、レイルのナイフが一気に引き裂いた。反撃しなくてよかった。強張った肩を解してシャツを羽織り、ボタンを止めていく。足元で泣き続ける子供を抱き上げた。
「ほら、もう泣くな」
『ご主人っ……様、死んじゃ、っと思って……』
「はいはい。落ち着いて。大丈夫だ。見ての通り仲間がすぐに助けてくれるし、ヒジリだって治癒してただろ。そう簡単に死なないよ」
しゃくりあげるマロンをあやしながら、気づいた。シフェル、どこいった?
「シフェル見なかった?」
「ん? なんだか報告があるとか……」
レイルが気のなさそうな返事を寄越す。報告って、絶対に本国だろ。余計なことをリアムに吹き込まれると心配させる!!
「全員、シフェルの確保! 奴の報告を妨害せよ! 特別手当てを出す」
竜殺しの英雄でもらった報償金が入った袋を見せると、傭兵達が一斉に武器を手に飛び出した。外でも同じように騒ぎが起き、ざわざわと人が離れていく。
「オレも出る」
『やめて……あなたに何かあったら、僕ぅ……』
「ブラウ、心当たりの作品が多すぎて絞れない」
そんなセリフ、アニメや小説に溢れてたから。冷たく突き付けて、銃を抜いた。収納から取り出したナイフをベルトに挟む。ノアが首に掛けっぱなしにしたタオルで頭の血を拭い、抱きついたマロンの淡い金髪を撫でる。
「よし、シフェルはわかるか? ブロンズの髪の……アイツを捕まえるぞ。手伝ってくれたら褒美をやろう」
『ご、褒美……一緒に、一緒の部屋で寝ても?』
なんだか同情の涙が滲むくらい、他愛ない願い事で……事情を聞く関係もあるし大きく頷いた。それから条件を少し変更する。
「だったら同じベッドに寝ようか」
『……同じ、ベッド』
ぎらっと目つきが変わる。マロンが凄い勢いで駆け出し、あっという間に姿が見えなくなった。テントから出ると誰もいなくて、少し離れた正規兵のテントの方から怒号が聞こえる。シフェルを探す連中が、あちこち入り込んでる証拠だった。
シフェルがいきそうな場所は想像がつくし……ひくっと鼻を動かす。甘い香りがする方向が正解だよな。さっきの金貨に釣られて、レイルが追いかけた。その匂いを追えばいい。同様に鼻をひくつかせたヒジリに跨り、オレは聖獣大集合状態で右側の森へ突っ込んだ。




