215.犯人より腹ごしらえ優先
マロンは今まで料理中に寄ってきたことはない。それどころか、食事に加わらなかった。草が好きなわけじゃなく、単に気後れしてたんだ。前の主人の命令が残ってるから、甘えられなかった。
さっさと白状すりゃいいのに。そう思うのはオレがマロンじゃないから。同じ立場なら、悩んだのかも。弟みたいな子供の手を引いて、鍋の前に連れて行く。大きな鍋は、子供姿のマロンの風呂になりそうだ。
「これをかき回す。熱いから気を付けろ。それと足場はこれ使え」
南の国の国境近くの街を落としたときに、街中で売ってもらった足場だ。階段状になった3段の踏み台は、味噌蔵で使われてた。木製なので重いが、収納に入れたら重さは関係ない。収納空間の口を鍋の脇にして、引っ張り出した。
目を輝かせて3段を登り、上で杓文字に手を伸ばす。カヌーのオールみたいな巨大杓文字を、マロンは両手で動かし始めた。普通の子供なら苦戦するが、そこは聖獣だ。平気みたいなので任せる。
「疲れたら、サシャに言って休め」
ぽんと頭を叩いて離れると、にやにやするレイルがニンジンを一口大に切りながら揶揄う。
「おいおい、子供扱いされてるガキンチョが一丁前に幼子の面倒見てるぜ」
「お兄さんぶりたいお年頃だろ」
げらげら笑うジークムンド。どっちにも水を掛けてやった。魔法による水鉄砲だ。
「うわっ」
「う、げほっ」
煙草の入ったケースを庇うレイルが飛びすさるが、ジークムンドは間に合わずに笑ってた大口に水を浴びた。
「何を下らないケンカをしてるんですか」
正規兵と一緒に、別の場所で休んでたシフェルが顔を見せる。ちらっと確認すれば、サシャは慣れた手つきで、牛乳を加えていた。大丈夫だ。蜘蛛から取っても「牛乳」と翻訳されたし、今まで食あたりもなかった。
牛乳関連の食べ物を見るたび、あの巨大蜘蛛を思い浮かべそうで溜め息を吐く。世の中には知らない方が幸せなことも多々ある。好奇心は猫をも滅ぼすっていうから、今後は好奇心で調べるのはやめよう。
ミルク味のスープは傭兵達に好評で、前世でいうお子様舌なんだろう。あいつら甘い物も好きだし。小さい頃食べられなかったから余計かも。この件で揶揄うことはしない。
「シフェル、どうした?」
「今後の対策を練ろうと思ったのですが、襲撃でもありましたか?」
食事の準備中なのに見張りの数が多い。早朝の襲撃があったので、まだ警戒中なんだよ。素早く状況を把握したあたり、シフェルは現場指揮官としても優秀なんだろう。どうせなら襲撃中に助けに来る察しの良さが欲しかったけど。
終わってからきやがって。胸の大きな美人嫁と公爵閣下の地位……くそ、もげろ! 心の中でライバル視するのはいつものことだ。
「襲撃されてオレはそのまま起きてた。連中は少し寝たんじゃね?」
あれだけの騒ぎで起きないわけない。嫌味な奴……助けに来いっての。どうせ、キヨなら問題ありませんとか言って、二度寝したに違いない。すっきり目覚めた顔しやがって。
ふわっと思い出したように欠伸が口をつく。手元の肉をざっくざく適当なサイズにカットする。ブラウに目配せすれば、心得たように肉を鍋に放り込んだ。
「ちがっ、そうじゃねえ! この肉は串焼き用だぞ!!」
叫んだが時遅し。肉がすべて鍋に投入され、笑顔でかき回すマロンによって、乳白色のスープに沈められてしまった。酢で柔らかくしないと、あの肉を噛みちぎれる気がしない。
「肉だけ回収する都合いい魔法知らねぇ?」
「知りません」
即答するシフェルに「そうだよな」と溜め息をついた。今日のスープは肉の出汁で妥協か。すると全力でかき回すマロンが口を挟んだ。
『ご主人様。バラバラでもいいのでしょうか』
「そうか! ミキサーだ!!」
マロンの鍋に駆け寄り、中に浮き沈みする肉を砕くイメージで、魔力のスクリューを作る。砕くのって、ブレンダーだっけ? あれは中で刃が回転する感じ……。出来るだけ具体的にイメージするのと同時に、上に風で蓋をした。
ミキサーと一緒で、絶対に飛び散ると思う。その考えは正解だったようで、風の蓋はあっという間に白く濁った。熱いシチューが飛んでくるとか、罰ゲームだから。
手応えが滑らかになったところで、ブレンダーもどきと蓋を消す。ぶわっと蒸気が襲ってきた。マロンの首根っこを掴んで引っ張る。大人しく杓文字を離したマロンを抱っこして、後ろに転び掛けてシフェルに受け止められた。
これ、あれだ。
『孫亀、子亀、親亀みたい』
「そう、それそれ」
ブラウの突っ込みに頷く。シフェルに礼を言ってから、マロンを見ると目を丸くしていた。何か驚くことあったか?
「どうした?」
『僕、もしかしてご主人様に助けてもらった?』
「……火傷から庇っただけだぞ」
何やら感動している様子のマロンを引きずったまま、湯気がだいぶ収まった鍋を覗き込む。細い繊維状に砕けた肉が、いい具合にスープに溶けていた。野菜も粉々になったので、南瓜の赤が怖い。外が緑で、剥いたら真っ赤な中身の南瓜を入れたんだが……一緒に粉砕してしまった。
あれだ、ボルシチだと思えば飲める。
「ボス、焼く肉はどうする?」
中に入ってしまったので、別の肉を用意しようと収納のリストを眺めた。ちょうどベーコンが余ってる。ブロックベーコンを置いて眺めた。スライスするか?
ブラウの風の刃もオレは使えるはず。空中に浮かせてから出来るだけ薄くカットした。最初の7〜8枚は薄すぎて穴が開いたり、やたら厚かったりしたが慣れてきた。しゅっしゅっとリズム良くカットするベーコンを見ていたら、目玉焼きが欲しくなる。今日のパンに挟んだら旨そうだが……卵そんなにあったか?
在庫を見たら足りないので、仕方なく茹で卵にした。万能調味料マヨネーズはないので、スライス卵にハーブ塩を掛けておく。ドレッシングと同じ作り方だって、漫画に描いてあったけど……料理男子じゃねえから分量の比率がわからん。いつかチャレンジしよう。
片方のベーコンをスライスする間に、残りをレイルがサイコロにカットしていた。それをジャックが串に刺し、ジークムンドが焼いていく。すごい流れ作業だ。オレが薄く切ったベーコンは、ノアとサシャが鉄板で焼き始めた。
「あ、オレのはカリカリにして!」
「このくらいか?」
違う、端がほんのり持ち上がるくらいじゃなくて。もっと煎餅みたく硬くしてくれ。
「焼き菓子みたいに水分とんだ感じ」
「「「キヨって、変なの好きだな」」」
「焦げじゃねえか」
ハモった傭兵の語尾に、呆れたレイルの言葉が重なった。この世界で食べたベーコンは日本のより厚みがあって、しっとり系だったな。
「いや、人の好みは貶しちゃいかん」
「確かにな。貧乳好きに、爆乳好きの気持ちはわからんだろ。あれと一緒だ」
「うーん。ちょっと違うかな」
擁護してくれる髭の傭兵に、微妙〜と首をかしげる。ニュアンスは近いんだが、例えがセクハラだぞ? それを女性に聞かれたら、絶対にグーで殴られるやつだから。
「ああ、悪い。マロンもういいぞ」
ずっと火のそばで杓文字で混ぜていたマロンを、台の上から下ろした。踏み台から降りたオレの小型版と手を繋ぎ、椅子に座らせる。収納から取り出したスポドリの水筒を渡すと、困惑した顔でオレの顔と水筒を眺めた。
「聖獣だから平気だろうけど、暑い場所にいたんだから水分補給しろ。人なら倒れちゃうぞ。ほら」
頷いて水筒に口をつけ、一口飲むとそのまま一気に飲み干した。自覚がないだけで喉が渇いていたんだろう。それとも味が気に入ったかな? 微笑ましく見守る。両手でしっかり水筒を抱いた子供は、可愛かった。
そこっ! 自画自賛とかナルシストとか言うなよ!? カミサマが作った美形チートのオレそっくりなら、可愛くて綺麗は確定事項だ!