214.カッコつかねえな、おい
泣いている小型ポニーを抱き寄せて、取り出したタオルで丁寧に拭いてやる。毛をべっとり濡らす唾液も傷の血も全部拭いてから、背中に絆創膏もどきも貼った。血の上から貼れるなら毛皮も平気だろ。
全部終わる頃、ようやくマロンが泣き止んだ。まだ鼻を啜ってるけど。目元は真っ赤だけど。でもオレの顔を見れるようになったのは進歩だ。いつも目を少し逸らされてたんだな。マロンの罪悪感が薄れればいいと思い、傷を避けて抱きついた。首に手を回してしがみつくと、温かい。
「マロンが前の主人に何か命じられた、そこまで知ってる。だから言いたくなけりゃ言わなくていい。操ったコウコは被害者だから、ちゃんと謝ってやれ。待ってると思うぞ」
コウコはマロンを受け入れる気だ。謝罪を許して受け止める。でも自分から「謝ってほしい」と強請ることはしない。それがマロンを苦しめるとしても、罰でありケジメだから。
『僕……謝ります』
「なら、話は終わりにしよう。マロンも普通の飯食えるんだろ? 草齧ってないで一緒に混じれ」
『でも』
「命令だ」
複雑そうな顔で断る言い訳を探すマロンへ、きっぱりと言い切った。コイツは優柔不断に見えて頑固だ。自分を許せないで苦しんでるんだろ? 前の主人のせいだって叫んで、転げ回って怒ればいいんだろうけど……それが出来る性格じゃないみたい。
オレなら全力で駄々捏ねるけどな。我慢強い。鬣を撫でて、ぬいぐるみの小型犬みたいなポニーを抱っこした。困惑しながら縦抱っこされた猫みたいに、肩に腕を乗せる。お尻を支えて歩きながら、明けてしまった空を睨んだ。
「眠り損ねた……今日は昼寝の時間を取ろう。ベッドはマロンだな」
指名だから断るな。そう言って笑えば、マロンは目を見開いてから小さく頷いた。懐き始めたばかりの野良猫じゃん。前の主人が何を言ったとしても、どんな命令をされていても、マロンはオレと契約した。それが答えだ。
前の主人の遺言に逆らい、オレを選んだ子を見捨てるわけないだろ。鬣に沿って撫でていた手を、毛皮の中に埋もれさせた。隠した手の先で、収納から銃を取り出す。冷たくて硬い感触に気づき、マロンが身を硬らせた。
ウィンクして合図すると、マロンは体をずらして銃を抜きやすく隙間を作る。
「おい、キヨ。朝飯はがっつり頼む」
「また食ってくのかよ。飯代徴収するぞ!」
軽口を叩くが、レイルも腰のベルトに手を置いていつでも抜けるように用心していた。逆の手で煙草を口元に運び、呼び止める。
「火、くれ」
「あいよ」
近づいて互いに銃を抜く。振り返って撃ったレイルと、そのまま向かいの敵を撃ったオレ……同じターゲットに銃弾が吸い込まれた。
「くそっ! 馬鹿か!! なんでこっちの敵を狙うんだ」
「だって、映画だったら互いの背を狙う敵を倒す場面だろ」
「知らねえよ、その映画っての……現実じゃ死ぬぞ。てめえを狙う銃口だけ排除しろ!」
確かにそれもそうか。この世界は自己責任で生き残るのが基本ルールだから、互いに振り返って自分を狙う敵を撃つのが正解だった。オレが映画に毒されすぎてんのか。うーん、でも振り返るより、互いに信頼して敵を倒し合う方がカッコいいし早いのに。
「仮想の想定に基づいたフィクションです!」
エンドロールに流れる注意書きみたいな言葉を吐いて、同時に左右へ分かれた。これで同じ方向へ移動してたら頭ぶつけたかも。
『ご主人様の敵っ!』
叫んだマロンが全力で突進し、ぶつかった敵が真っ二つになった。ちょ、いまの技なに!? ブラウの風みたいだったぞ!
「マロン、マロン」
手招きすると、興奮した様子の馬は全力で突進してきた。ヤバイ、あれだ。ほら、牛の前で赤い布振る競技! 次はオレが跳ね飛ばされるか真っ二つ?
呼んだのに申し訳ないが、ここは全力回避だ。タイミングと距離を測って、ぽんと地を蹴る。舞い上がったオレの身体がマロンを飛び越え、彼の後ろに着地した。
「よしっ」
『呼ばれたのに……』
しょんぼり歩いてくるマロンを、今度は抱きしめてやる。元の大きさに戻ったマロンの首筋に顔を埋め、栗毛に黒が混じった鬣を撫でた。
「勢い怖いんだよ、次は人の姿で駆け寄ってこい」
『こう、ですか?』
ぱっと馬が消えて、オレによく似た子供が立っていた。うん、これはお約束のあれが欲しい。
『やだ、その子そっくり。あなたの子?』
「そうそう、それだよ!」
巨大なままの青猫とハイタッチするオレを、レイルが呆れを含んだ目で見ていた。それから短くなった煙草を収納空間へ放り込む。この世界、収納があれば携帯灰皿不要かよ。すごい便利だ。まあオレは喫煙予定ないけどね。
「ボス、飯ぃ」
「オレは飯じゃありません!」
これまたお約束回収だ。ほくほく顔で歩くオレの手に、少し小さな手が触れた。でも繋がないでそっと指を掴まえただけ。ぎゅっと繋ぎ直せば、驚いて見上げてきた。
「なに? 嫌だった?」
首を横に振るマロンを連れて、天幕だけの料理用テントに入った。小さな子供になったマロンはオレによく似ている。だから起きてきた傭兵も特になにも言わなかった。一部の連中は、前にマロンの変身を見ていたから、すぐに納得する。
取り出した椅子に立たせて、ナイフと芋を手渡す。きょとんとした顔のマロンに仕事を言いつけた。
「この芋を剥くのが、今回の騒動の罰だ」
『でも』
「言い訳や反論したら、芋の数増やすぞ」
ごろごろと芋を追加して転がした。
『あの……』
「まだ追加が欲しいのか?」
忍び笑う傭兵の後ろから、ジャックがのそっと顔を覗かせてぼやく。
「金馬の聖獣殿、なにも言わずに芋を剥いとけ。また増えるぞ」
「キヨは容赦ないからな」
普通の子供にするように、ぽんと頭を軽く叩いたノア。そんなことないと抗議するオレの後ろで、マロンは照れたように俯いて芋を剥き始めた。不器用で、芋の大きさは半分になってしまったが……これまたお約束だと大笑いした青猫。我関せずで食事まで休憩する黒豹……スノーは笑いながら小さな手でナイフを器用に扱い、剥き方をマロンに指導し始めた。
『なんだか楽しそうなのが腹立たしいわね』
悪役のようなセリフで、コウコが戻ってきた。奇妙な香を焚いた犯人を探しに行った彼女は、しっかり仕事する有能な龍だ。ずるりと数人の男を引っ張り出した。
影に収納された時点で、当然ながら息の根は止まっている。これじゃ事情聴取ができない。オレに掛けられた懸賞金の、掛け主に繋がる情報が欲しいのだ。
「コウコ、生きてるのはないの?」
『主人ったら、あたくしがそんなミスするわけないじゃない。影に入れたら死んじゃうから、残りは吊るしてあるわ』
びっくりした。前半の言葉で全員しっかり殺しましたと言われたかと思ったぞ。しっかり者だったコウコに腕を出すと、するする巻きついた。ミニ龍こと赤蛇状態のコウコは、ご機嫌で首や肩に絡みつく。この冷たさも慣れると悪くない。
「ご飯できるまで休んでて。食べたら案内してもらうから」
コウコがちろちろと赤い舌を覗かせたあと、ぴたっと動かなくなった。爬虫類って、寝てても目蓋が開いてるから分かりにくいんだよ。
ノアやサシャが指揮をとり、手が空いてる連中が手早く芋を剥く。苦戦するマロンも、だいぶ慣れてきた。芋のサイズは相変わらず半分になってるが、当人はスノーや他の傭兵と楽しそうに過ごしている。
話を聞き出すのはいつでもいい。前の主人の命令を守ったのに、オレが叱ったら可哀想だ。板挟みで苦しんだんだろう。右を向いてたのに、左に行けと命令されても、体はひとつ。そんな状況でおろおろする人の良さが、マロンらしい。
『ご主人様、食べ終わったら……話を聞いてもらってもいいですか』
小さなサイコロみたいになった芋を、恥ずかしそうに差し出しながら、オレの小型版マロンは歩み寄った。だからにっこり笑って「いつでもいいぞ」と答えるのが正解だ。
オレを狙う貴族は野放し、コウコが香を使った実行犯を拘束中、東の国の貴族連合とやらも後回しにしてる上、マロンの話も聞かなきゃ……。あ、リアムへのお土産買ってない。やる事は山積みだった。




