213.事情を説明しろっての
『僕が裏切っている、と?』
悲しそうな声が背にかかる。
「馬鹿だな、裏切ってると思ったら背中なんか見せねえよ。気づけよ、お前が変な態度をとるからだろ」
吐き捨てて向かってくる敵に銃を構える。異世界人特製の「こっちからは攻撃できちゃうけど、弾を弾いちゃう」卑怯な結界の中から撃ちまくる。避ける必要がないのは楽だった。
次々と撃ち抜く。動けなくするのが目的なので、狙いを腹に限定した。肩や足を狙ってもいいんだけど、動きがはやい場所は外しやすい。銃弾は撒いてやるほどあるが、節約しちゃうのは貧乏性なのかな。
「キヨっ! てめえ、勝手に暴走しやがって!」
駆け込んできたレイルが木の影から援護する。それを受けて、さらに敵を排除した。半分ほどが腹を抱えて呻く状況で、残りが逃げ出す。追うかと首をかしげるレイルへ、左右に首を振って否を伝えた。
「……んで? こないだの情報で動いたのか」
賞金稼ぎの話だよな。豪勢な懸賞金がオレにかかってるなら、囮になるのはオレしかいない。しかも撃たれても平気なんだから、当たり前だろ。
「うん」
頷くと乱暴に肩に担がれた。あまりに予想外の行動で、拒むのも抵抗も忘れる。
「え?! なに、え?」
「うるせえ。黙ってろ」
叱られて、どうやらかなりご立腹だと気付いた。オレが無茶したからか。中央突破で敵の囮になったため、向こうはほとんど銃声がしない。治癒ができるヒジリを置いてきたから、負傷者の損害もないはず……。
「マロン、おい」
ぽつんと立ってる栗毛の馬を呼ぶ。歩きかけて、足を止めた彼が影に飲まれた。逃がすかっ!
「ブラウ、マロンを連れて来い!!」
『はぁい』
複雑な状況に静観の構えを見せていた青猫が、尻尾を揺らして追いかける。ヒジリはまだ治癒をしているだろうし、隠しものを探すコウコは使えない。担がれたままオレは最低限の命令を出して、がくりと項垂れた。
「オレさ……下手なんだよ、悩みを聞いてやったりするの。誰かを慰めるとか……コミュ障だぞ。くそっ、引きこもりに戻りてぇ」
ぼそぼそぼやく声に、「ああそうか」と適当な返事しか返さないレイルに尻を叩かれた。ぱちんといい音がしたが、痛みはさほど感じない。
小さな羽を広げて飛んだスノーが、オレの尻の上に着地した。なぜそこなんだ? もそもそと服を掴んで移動するスノーが、肩にしがみついた。
『主様、マロンは……』
そこでどさっと下ろされる。乱暴だが、頭を打たないよう庇うあたり、レイルらしい。集まった傭兵達が不満そうな顔をしていた。木の根元に背を預ける形で追い詰められたオレは、大人しく彼らを見回す。
「俺らはあんたを守る壁だぞ」
「勝手に暴走するな」
「あんたの替えはいねえんだ」
「ちゃんと説明して動け」
口々に荒い口調で叱られ、半笑いで受ける。じゃないと泣きそうだった。なんだろ、心配されて叱られるのって擽ったい。何度同じ状況になっても、泣きそうになるのかな。
一通りの説教が終わったところで、スノーがもじもじしながら膝の上に乗った。小さな手を前で揉みながら俯く。反省してる様子のチビドラゴンを抱き寄せ、ぺこりと頭を下げた。
「悪かった。今後はやらない!」
傭兵達に約束すれば、空気を読んだ連中はさっと散った。まだ夜明けの陽が差し込んでいない。少し寝られると欠伸しながら引き上げるジャックが、ちらりと視線を寄越した。頷いて手を振る。諦めたのか、無言で責めるノアもテントに引き上げた。
囮になる作戦をきちんと説明しなかったせいで、かなり怒らせたみたいだ。確かに指揮官が暴走すると止める奴いないし、レイルが血相変えて駆け付けたのもわかる。冷静になると理解できるけど……あのときはオレも手一杯だったんだよな~。
マロンが何か隠してるどころか、悩んでるじゃん。あまりオレに近づいて来なかったのも、それが理由だろう。ヒジリやブラウ、スノーは素直に甘えられるし。ツンデレだけどコウコだって距離感を詰めてきてる。なのにマロンだけおかしかったんだ。
こっちをじっと見てるくせに、近づかない。手を伸ばしても避けないけど擦り寄ってこない。絶対に変だ。だから話をしようと思ったんだけど、切り出したタイミングや言葉が悪かった。混乱させちゃって、たぶん傷つけた。
裏切ってる、そう切り離された気分にしたのはオレが悪い。悲しそうな声の響きが、すごく胸に痛かった。なのに突き放すような言葉しか出てこなくて、口に出してから後悔するなんて最低だ。八つ当たりかねて、敵には酷いことしたかも。
挙句にうまく行かなかったからって、レイルにめそめそ愚痴るとか……反省が追い付かないくらいどん底だからな。でもオレがつけた傷なら、オレが癒さないと! 他人任せに出来ない。
「レイルは?」
「おれはいいだろ」
そうだな。別に全員追い払わないとできない話じゃない。抱っこしたスノーに声をかけた。
「スノーは知ってたんだろ」
『はい、ごめんなさい』
言わなかったことを詫びるスノーは、少し震えていた。肌寒いのに、冷たい鱗のスノーを離さないオレの肩に、レイルが上着を掛けた。礼を言う間に、新しい上着を取り出して羽織っている。
本当にこの世界で知り合った奴は過保護ばっかり。
『マロンは……南の国を滅ぼしたかったんです。でも前の主人との約束があって、だから我慢して……ずっと苦しんでました』
出会った時に守護する国を離れていた聖獣は、ヒジリ、マロン、スノーだ。砦が本来中央のものだと考えれば、地下にいるマロンはおかしかった。あれじゃ閉じ込めたみたいだ。スノーのように不可抗力ではなく、ヒジリみたいに自分から移動したわけでもなさそう。
「前の主人の命令で、コウコを操ったの?」
『……っ、僕は契約しなかった人なので』
知らないとも、話したくないとも取れる態度だった。スノーは事情を知る第三者で、当事者じゃない。責め立てたら可哀想だ。大丈夫、今度は間違わない。責めていい時と許して緩める時を間違えちゃいけないよな。白い鱗の背中を優しく撫でた。
「いいよ、マロンに聞く」
『主ぃ、捕まえたぁ』
間延びした声で、ブラウが戻ってきた。巨大化した青猫は、小さなポニーを咥えている。猛獣に捕まった草食獣みたい。
「よくやった、ブラウ」
褒めて喉をゴロゴロ言わせて、マロンを咥えた口を開かせる。ぼたりと落ちたマロンの背中に、べっとり唾液と血がついていた。おまっ! 傷になるまで噛んだのか。
「ブラウ、やりすぎ」
『えええ? 連れてきたじゃん』
ぶつぶつ文句を言う青猫だが、さほど怒っていないらしい。毛づくろいを始める自由さは、実家の猫そのものだった。
『ご主人様……僕』
「裏切ったと思ってないから、ちゃんと事情を教えてよ。どうしてコウコを嗾けたの?」
『気付いて、たんですね』
しょんぼりしたマロンの濡れた背中を、取り出したタオルで拭いてやった。膝から下ろされそうになったスノーは、慌てて腕にしがみつく。そのまま肩に居座るあたり、彼も不安なのだろう。好きにさせた。
伸ばして座った膝の先に、青猫が腹を乗せて丸まる。重いが我慢だ。毛皮は温かい。のそりとヒジリが背中側から身を寄せた。状況が状況だけど、もふもふ天国? モフれないやつも混じってるが。
「うーん。おかしいなと思ったのは、コウコが誰に操られたか分からないと言った時かな。聖獣ってこの世界で一番強いはずなのに、その赤龍を操れる人はいない。なら同列の聖獣しかいないと思った。でも他の聖獣にそんな能力なかったから」
マロンが洗脳に近い能力を持っていると知って、すぐにピンときた。コウコが操られたのは、マロンの能力だ。同格の聖獣による固有スキル、油断してれば負けるのも仕方ない。彼女自身も気づいてたんじゃないかな。言わなかっただけで。
「マロンはね、一度コウコに謝るべきだ。そうしたらもうこの話は終わり」
打ち切ってもいい。別に話したくない過去を掘り起こそうなんて考えない。オレだって過去のあれこれはリアムに隠しておきたいし……誰でもそういう秘密を持つ権利って許されていいはずだ。だが驚いた顔でこちらを見た後、マロンはぽろぽろと大粒の涙を零した。




