212.卑怯くさいけど有効
硝煙や血の臭いに混じり、果物のような香りがする。見上げた空は白みかけだが、戦うには光が足りなかった。まだ目が慣れない。
テントから飛び出すと、目の前を銃弾が横切った。反射的に下がろうとして、後ろのヴィリとぶつかる。飛び出した彼が慌てて、オレの頭を抱き込みながら転がった。
「っぶね」
「悪い」
感謝も込めて謝り、ヴィリの腕から転げでた。ベルナルドが手を伸ばし、それを掴んで飛び起きる。小銃を撃ちながら平然とオレを起こす男の後ろに、忍び寄った影へ銃口を向けた。構えた瞬間、指が安全装置を外している。繰り返し身体に覚えさせた動きだった。
人を殺して後悔するのはいつでも出来る。いま優先すべきは、自分を殺そうとする敵の排除だった。サバゲー感覚だって何だっていい。見えた敵を、次々と撃ち抜く。命中精度が悪い気がして眉を寄せた。
いつもより外してる?
「キヨ、援護!」
「あいよ」
レイルの声に慌てて気持ちを引き締めた。襲撃者の数は、オレらとほぼ同数。どこかから編成がバレてる。しかも正規兵を使ってないから、こっちと同じで傭兵かも。
余計なことを考えるのも後にしよう。レイルの赤毛を追いながら、近く敵を片っ端から撃ち抜いた。命中率が悪いなら、2発ずつ撃ち込んでやればいい。横を走り抜けた黒豹が、左側の敵の喉に噛み付いた。
びくっとする。見落としていた。なんだろ、集中力が落ちてるのか。寝起きとか関係ないはずだけど……疑問を浮かべたオレの後ろで、ブラウが風を叩きつけた。
『なんちゃらタイフーン!』
「ブラウ、技の名前はちゃんと覚えろ」
何その聞いたことあるような、ないような不思議な単語。笑いを堪えて叫ぶと、青猫は飄々と答えた。
『だって、このアニメ観てないもん』
中途半端な聞き齧りだと白状した青猫に、右側の一団を示した。あっちはユハ達のテントがある方角だ。苦戦する仲間を助けるよう命じると、鼻歌まじりに戦場を歩いていく。軽い足取りなのに誰にも踏まれず、蹴られず、平然と抜けていった。
甘酸っぱい香りが広がる。足元の影からスノーが顔を出した。踏みそうになって、たたらを踏む。引っ込んだチビドラゴンは別の場所から飛び出て、近くの男の足を凍らせた。
『ふふん』
得意げに胸を張るスノーの後ろで、コウコが不機嫌そうな声を出す。
『明け方に無理やり起こされるのは、大嫌いなの』
「わかる!」
そこは同意しかない。自然に目が覚めるまで寝かせて欲しいよな。訓練とはいえ殺気で目覚める経験が、いま役に立ってるわけだけど。
足の氷を銃の台座で砕こうとした男の髪が、ミニ龍の炎に炙られた。何という運の悪さだ。まだ若そうなのに、髪が全滅だぞ。こっちは同情しかないわ。
「死ねぇ!」
「何をっ! 賞金はオレの物だ!!」
降りかかる敵の声に呆れた。そこは叫んだら、気付いて避けられるだろ。殺したけりゃ、黙って襲え!
同時に左右からかかって来た敵に、すっと膝を曲げて身を沈める。それでも器用に追いかける態勢を取れたのは、左の男だった。こっちのが技術も体術も上だ。見極めた優先順位に従い、左の男の口に銃口を突っ込んだ。遠慮容赦なく引き金を引いた。
降って来た血を結界で防ぎ、腰のベルトからナイフを抜く。接近戦で最強なのはナイフだぞ。そう教えた赤毛の情報屋を思い浮かべながら、立ち上がる勢いを利用して喉に突き立てた。
「ぐっ……」
息の詰まる音がして右側の男が崩れ落ちる。左の男はひっくり返っていた。頭は飛び散り、無残な状況だ。結界がなきゃ、オレも血や脳漿を被ったかも……。
顔を上げた先で、数人を倒したレイルが息をつく。疲れからか、目元を押さえたレイルの姿に違和感を覚えた。
……おかしい。
見回して、状況の異常さにいまさら気づく。オレ達が苦戦するような実力者、そんなにいるわけなかった。だって、この傭兵団は二つ名持ちばかりだ。自覚なしでもらった称号だけど、1人で小隊を翻弄できる実力者が二つ名を与えられる。基準として、複数の二つ名持ちが認めた実力者ばかりのはず。
ほぼ同数なら、オレ達の方が有利だった。オレだけだって5人は倒したのに。拮抗してる戦局に違和感を覚えて、足を止める。
「キヨ?」
「結界張るから待って」
戦いの中で常に魔力を使って結界を張るのが、オレの普段の戦い方だ。なのに、どうして結界を常時展開しなかった? 意識して結界を張れば、きちんと作動する。と同時に、周囲の物音や匂いといった刺激をカットした。
ひとつ息を吸って吐き出す。銃弾を弾いた手応えを確認しながら、顔を上げて戦場を確認した。視界が突然クリアになり、頭がスッキリする。霧が晴れたように意識がはっきりし、右手の銃を構えて、左手を添えた。動く的に銃弾を放てば、狙った場所に当たる。
命中度が下がったのは、起きてすぐだからかと思ったけど……何か薬のような物を撒かれたのか? 結界で遮断したオレは問題ない。つまりレイルがふらついたのも、その影響の可能性が高かった。
「ヒジリ、ブラウ、コウコ、スノー、マロン」
聖獣の名を全員呼んで集める。戦いの最中に援軍の聖獣を引き上げるのは危険だが、この際仕方なかった。結界をものともしない眷獣である彼らは、足元の影から姿を見せる。
『どうしたの? 主』
きょとんとした顔をするブラウを見ればわかる。聖獣には影響が出ていない。人間にだけ効果がある何かが使われたんだ。
「薬品か香だと思う。何か撒かれたっぽい。頭がぼんやりして動きが鈍くなる。ブラウ、吹き飛ばせるか?」
これは風を操る青猫の得意分野だ。金瞳を細めて外を見つめたブラウの尻尾が、ぱしんと地面を叩いた。
『いけるよ。目に見えない物をすべて吹き飛ばせばいい』
そのくらいは簡単だと笑うブラウに任せる。
「ヒジリは治癒を頼む。ふらついてる奴や頭を押さえてやる奴を優先で」
『承知した』
青猫に続き、黒豹も結界の外へ出た。これで最低限の防御は取れる。
『主人、犯人はアタクシが見つけるわ』
ちろちろと舌を覗かせる赤いミニ龍が、黒い笑みを浮かべる。蛇や龍は宝の守り手だった。つまり隠された物を見つける能力は一番高い。任せると頷けば、するすると足に絡み付いてから影に消えた。
『僕も主様のお手伝いがしたいです』
スノーが小さな手を広げて必死にアピールする。もちろん、お前にも仕事はあるぞ。
「氷の応用で、周囲の温度を少し下げられるか? 少しでいい」
あまり気温を下げると、スノーやコウコが活動できなくなるからな。ぽんと頭に手を置いて、ぐりぐりと乱暴に撫でると嬉しそうに頷いた。
「マロン、悪いがオレを乗せて走ってもらうぞ」
『囮になる気ですか……ご主人様らしいというか、呆れますけど』
「結界張るから安全だぞ」
『いいですよ』
ぽんと地を蹴って、マロンの背に手をついた。跳び箱のように力を込めて飛び上がれば、裸馬の背に跨れる。この世界来てチートな運動神経もらって、本当に助かってる。こういう場面で尻を押してもらうの、カッコ悪いもんな。
「よし、頼む」
結界を一気に小さくした。オレとマロンだけ囲む形だ。見た目には結界が消えたように見えただろう。襲いかかる男を蹴飛ばし、マロンが走り出した。手綱がないので、鬣の一部を握らせてもらう。
音は拾うが臭いを遮断した結界により、外の状況が分かりづらい。だがブラウが大きな竜巻を起こして、ついでに5人程の敵を巻き添えにしていた。あれが「なんちゃらタイフーン」か?
彼のチャラけた言い方を思い出し、吹き出す。気分がすごく楽になった。傭兵達の戦いの合間を、わざと姿を見せつけながら抜ける。テントを張った一角を抜けた途端、銃弾が叩きつけられた。
「うわっ、うるせぇ」
結界に遮音をつけ直す。夕立の雨音に似た爆音が止んで、しんと静まり返った。ある程度走ったところで、止まるよう指示する。飛び降りてマロンの背を叩いた。
「お疲れさん……で、マロンは誰の指示で動いてるの?」
追いかけてくる敵を睨み、マロンに背を向けたまま核心をつく一言を放った。




