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13.盾となる名誉(2)

 コイツ呼ばわりに無礼だと怒りまくる男は、己の失言も言動の不自然さも気付いていない。


 狙撃犯とは違う男、騎士より先に駆けつけた。おそらく事前に別情報を流して騎士を遠ざけたのだろう。何か目的があって狙撃を命じた筈だ。


 そう、すべてが()()――狙撃犯ではないのに、どうして“陛下に銃口を向けた”という発言が口をつく?


 現場にいなかったくせに、妙に詳しいじゃないか。自白する犯人を追い詰めるオレを援護するように、リアムは腕を組んで伯爵位を持つ男を見据えた。


「誰が、いつ、“撃たれた”と言った? おかしいだろ」


 そこでようやっと自分の愚かな発言に気付いたようだ。青ざめて言い訳を始めた。


「銃声が聞こえ…そう、聞こえたのです。騎士達もそれで動いていますし」


 状況がさらに掴めた。銃声が聞こえたと嘘をつき、騎士達を別の現場に誘導したのだ。彼らが戻るまでの間に、皇帝を害する気だったのか。もしくは皇帝陛下を守り『盾となる名誉』を得たと吹聴する目的か。誘拐って可能性もあった。


 何にしろ、彼が欲にかられてリアムに銃口を向けたのは間違いない。他人の手を介したとしても、そんな奴を許す理由も必然性もなかった。


 怒りが頭を赤く染める。じわじわ熱に侵食される感覚は覚えがあった。


「へえ、そんな言い訳が通ると思われたわけか」


 そこまでオレが愚かだと? 異世界から飛び込んだ一般人風情が、皇帝陛下を守れる筈がない――そう言いたいわけか。目の前が赤くなる怒りは、魔力を暴走させて初めて魔法により炎を操った時に似ている。


 ただ、今は冷静な部分が残っていた。


 大丈夫、暴走はしない。隣に守るべき人がいて、傷つける可能性がある存在がいる。彼を排除して、リアムの安全を確保するまで意識を手放す“無様な”真似は出来なかった。


「バカにされたもんだ」


 手元に武器はない。考えながら首を少し傾げた。銃もナイフも持たないオレが、目の前の男を退ける方法は少ない。子供の身体は35歳前後の外見を持つ大人を倒すなんて、ほぼ無理だった。


 熱くなった頭の片隅に、しゃらんと軽い音が響く。耳に届いた涼やかな音の原因に気付き、オレの口元が三日月に歪んだ。左手が自然な動きで髪に伸び、(かんざし)を引き抜く。


 白金の短い髪をひっつめる形で留めていた簪を抜くと、髪が音もなく解けた。癖のない髪が広がり、耳に少しかかる。気のせいか、髪が伸びるのが早い。


 簪は金属製だった。これならば武器になると、左手で逆手になるよう持ち替える。


「あの、騎士の方々をお呼びして陛下をお守りしなくては……っ」


 続く言葉は途絶えた。過去のオレから想像できない速さで距離を詰め、男を魔力で吹き飛ばす。誰に教えられたのでもなく、身体の強度を高めるための魔力を行使していた。


 睨み付ける先で、男を覆う魔力が見える。淡いグレーの膜となって伯爵から溢れる魔力に、意識して己の魔力を重ねた。侵食するように相手の魔力の色を、自らの赤に染め替えていく。


 倒れた身体にのしかかり、両腕の関節を膝で砕いた。言い訳を続けた男の喉に簪を僅かに食い込ませ、そこで手を止める。


「ぎゃあああああ」


 耳を覆うような悲鳴が庭に響き渡った。


「陛下! ご無事ですか!!」


 ようやく飛び込んだ護衛の騎士の足音と声が聞こえる。だが力を抜かずに、後ろに立つ皇帝リアムを振り返り、小首を傾げた。


 ――この男、どうする?


 明確な疑問を浮かべたオレの目に、リアムがとても美しく微笑んだ。


「無事だ。我が騎士が守ったゆえ」


 そこで一度言葉をきり、意味深な溜めを作る。リアムはオレの下に倒された男を指差した。騎士の1人は殺された侍女を抱えて運び、残った3人の騎士が駆け寄る。すぐに敬礼をして指示を待つ彼らをよそに、リアムは皇帝らしく命じた。


「キヨヒト、余が許す」


 殺せと物騒な言葉は口にしない。だが命じた内容は騎士を含め、この場にいた誰もが一瞬で理解した。


 さっと膝をついて控えた騎士達が見守る中、オレは笑みを浮かべる。


「ひっ……嫌だっ! 嘘だ、私は陛下を……」


 途切れ途切れに嘆願と言い訳を吐き出す口に、心底嫌気がさした。こんな醜い存在が、オレの手を(わずら)わせたことも腹が立つ。


「承りました…っ」


 最後の一言に力を入れて、一気に喉を突いた。笑みを浮かべたまま、他者の命を奪う。その行為にまったく嫌悪感はなかった。過去の世界なら出来なかった行為だが、今はすんなり受け入れられる。


 殺されかけたのだ、オレ達は。皇帝陛下たるリアムを狙い、侍女を撃ち抜き、オレは殺されかけた。何が目的で誰が指示したかなんて関係ない。


 この男は、“リアムが処断した罪人”だった。


 突き立てた簪はわずかに動脈を逸れている。呼吸を求めて動く口が魚のようだ。哀れな獲物を見つめたまま、膝をついて見届ける騎士へ左手を差し出した。心得たように鞘をもって差し出された短剣の柄を握り、引き抜いて目の前の獲物の喉を掻き切る。


「ふ……ぁ、っぐ」


 空気が零れる音が悲鳴となる。絶命の音を聞きながら、手の中の短剣を投げて受け止めた。逆手に持ち直した短剣を男の傷口に立て、90度抉る。


 ひゅっ、空気が漏れるような音が最期で、やっと獲物の息が止まった。胸の上に座ったまま、熱に浮かされた興奮の余韻に浸っていると、騎士のひとりが喉から短剣を引き抜く。


「見事だ、キヨヒト」


 リアムの声に我に返った。それまでに騎士が声をかけたかも知れないが、まったく聞こえていない。熱でふわふわした意識が急激に冷えた。


「こちらへ来い」


 命じるリアムの声に従って、息絶えた獲物から離れる。座っていた胸の上から降りて、肩で大きく息をついた。風が吹いて解けた髪を揺らす。


 まだ興奮冷めやらぬまま、左手で()()()()()()()()をかき上げた。赤い血が髪に付き、頬や首に絡みつく。


 ……触らなきゃ良かった。


 後悔しながらリアムの前に立つと、血に汚れたオレの頬に彼の手が伸ばされる。咄嗟に一歩後ろへさがっていた。


「キヨヒト?」


 不思議そうな皇帝の声に、騎士達が振り返った。全員の視線が突き刺さるなか、オレは首を横に振る。赤い手を隠すように後ろに回した。


「……汚れてる、から」


 触れないと告げる。なぜか泣きたくなった。

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