210.根絶やしって食べ物?
ジャックに無残な死体を見せなかった父親の気遣い、双子故に弟の感情を共有し怯えた妹。運が悪かったと諦めるには、ジャックの正義感は強すぎた。愛されて育ったから、ジャックは愛情を他人に向けられる。なら……ノア達もそういう事情があったのかな。
自分がこんなに詮索好きだと思わなかった。そう己を罵ることで、知りたがる気持ちを封印する。目を閉じたまま、もう一度寝返りを打った。どうしても寝られない。温かいヒジリの毛皮に顔を埋め、真っ暗な状態を作っても気持ちがピリピリした。
気配を窺うと、皆寝ているっぽい。オレが寝返り打ったり溜め息つくと邪魔だろう。もう寝られないなら起きて見張りと焚火でも見てるか。のそのそと起き上がるオレに、ヒジリは目を開けて音もなくベッドから飛び起きた。聖獣に睡眠が必要か分からないけど、ついてくるのを止める気はない。
今日は1人だと暗くなりそうだから。ヒジリが寄り添ってくれるのは有難い。足音や気配を可能な限り殺し、テントから出た。思ったより明るい。話を聞いたときは月に雲がかかってたけど、今は顔を見せていた。見張りが驚いた顔をするが、ひらひら手を振って歩み寄る。
「どうしました? ボス」
この呼び方はジークムンド班の奴か。すっかりボス呼びが定着したオレだが、この集団の中で最年少なのに……重鎮扱いだな。苦笑いして隣の地面に腰を下ろす。ヒジリがのそりと後ろに寝そべり、寄り掛かるよう促してきた。素直に礼を言って背を預ける。
「ちょっと眠れないんだよな」
「……やっぱ子供には早かったか。夜にする話じゃなかったな」
考えすぎて眠れなくなったんだろ。言い当てる響きに振り向くと、ジャックが乱暴に隣に座る。尻尾を巻き込まれそうになったヒジリが、するりとオレの腕に尻尾を絡めた。それを撫でながら、首を横に振る。
「朝にする話でもないけどね」
混ぜっ返して軽く受ける。収納から取り出した鍋に水を溜め、一気に温度を上げる。沸騰した湯の中に紅茶缶の葉を適当に入れた。それから少し待ってカップに注ごうとして……お玉片手に固まる。
「茶葉、どうしよう」
「これを使え」
今度はノアも起きてきた。なんなの、皆――気遣いすぎじゃね? ライアンとサシャも焚火の向こう側に陣取り、冷えてきただの適当な話を始める。ざわざわと小声で会話するオレの後ろから上着を掛けながら、ベルナルドが溜め息をついた。
「我が君が起きておられたのは、全員気づいております」
身内だけのテントにしておいてよかった。そうだよ、戦場の厳しい環境を生き抜いた彼らが、同じテント内で起きてるオレに気づかないわけない。人数多い大テントにいたら、全員起こしちゃうとこだった。
「うん、悪い」
受け取った茶漉しを使い、お玉ですくったお茶をカップに入れる。気づけば無言で並べられたカップは7つもあった。すべてにお茶を注いで、全員が口をつけたところで、サシャとライアンが顔を見合わせてぼやく。
「どうせジャックの話だろ」
「キヨは意外と悩む性質だからな」
『……非常に残念なお知らせがある』
今まで無言だったヒジリが、ここに至って口を開く。全員の視線が集まる中、のそりと向きを変えた黒豹は最新情報を告げた。
『スノーが東の国と契約を解除したであろう? その方法を、主殿は問わなかったが……あやつ、東の国の王族を根絶やしにしたぞ』
――根絶やし。つまり根っこまで絶やしたわけで、それって……どういうことよ。
「根絶やしって、根っこまで絶やす意味の?」
『他の根絶やしは知らぬ』
肯定されてしまった。視線を向けると、居心地悪そうに全員が逸らす。
えっと、東の国の王家は誰も残ってない、で合ってる?
「……くそ、もう死んだのか」
拳を握って地面に叩きつけたジャックの悔しそうな声に、焦げ茶色の髪を見ながら申し訳なく思う。今回の南の国への遠征計画を話した時、東の国にも足を伸ばすと聞いて期待したんじゃないか? 己の手で弟の仇を取れるかも知れない。傭兵になり武力を手に入れたが、王族に手が届かなくなった。
ひとつを得ればひとつを失う。だが実家を巻き込んで、宰相の父や優しい義母と妹を巻き込めなかった。だから実家の力を借りずに、他国の侵略という形で、王家に幕を下すことを望んだんだとしたら。
スノーが勝手にさくっと殺してしまったのは……知らなかったとはいえ、悪いことをした。
「ごめん、スノーが殺っちゃったみたいで」
さすがにヒジリも死体は蘇らせられないよな。ジャックに殺させてやりたかった。しょんぼり肩を落としたオレに、彼は優しかった。
「いいや、そういう意味じゃなく……お前が悪いんじゃないさ、キヨ。ただ同じ目に合わせてやりたかっただけだ」
しんみりした空気が広がる空間で、ヒジリが欠伸して付け加えた。
『ならば呼び戻して、また壊せばよいではないか』
何をごたごた迷っているのだ。そんな言い草に、オレは眉を寄せる。周囲で気まずそうにお茶を啜る傭兵達も顔を見合わせた。
いつの間にか見張り役を交代したらしく、ジークムンドが大きく目を見開いた。
「おいおい、まさか……」
蘇るのか? そんな言葉に、黒豹はあふんと欠伸をしてヒゲを丁寧に整える。手を舐めて顔を洗うヒジリの仕草が一通り終わると、彼はあっさり爆弾発言をした。
『すべての聖獣の主人がおるのだ、この世界で不可能などあるまいに』
「「「はぁあああ?!」」」
「何それ、神の領域じゃん」
「カミって何?」
ぼそっと尋ねるサシャに曖昧に微笑んだ。説明が面倒くさい。だって神様の定義を宗教の観念がない奴に、どう説明したらいい? 聖獣みたいと言ったら、その先で聖獣と神の違いを説明出来なかった。オレの語彙力ゼロが露呈してしまうじゃないか。
『キヨは異世界の神になる!』
「それをいうなら新世界だろ」
のそりと頭を覗かせた青猫を足蹴にした。そのアニメは好きだったぞ。くそっ。話がズレまくった。
「ごめん、ヒジリ。まるで死人を蘇らせられるように聞こえたんだけど?」
『そう告げた。違って聞こえたらおかしいであろう』
「うん」
頷いたものの、どうしよう。何か変だぞ? 聖獣の主人コンプリートって、そんなにすごいの? オレ、マジで神になりそうじゃん。絶対に嫌だけど。
神様ってほんのちょっとの感謝と祈りで、大きな奇跡をばら撒いて歩く善人だぞ。オレには無理だ。見返りなしに何かしてやるのも、初見の人の願い事を叶えてやる気もない。誰かを罰したり、気持ち次第で見逃したり……たまに他所の世界から異世界人を拉致するお仕事だろ。ただの自己中じゃねえか。
バチの当たりそうなことを考える。
「オレが使えるの?」
『主殿のみだ』
「蘇った後は普通の人? 記憶がなかったり別人になったりしない?」
『そのような事例は知らぬ』
責任取らせることが出来るかも知れない。ジャックの弟を殺し、妹を苦しめた男を裁く権利を……オレを助けてくれた兄貴分のために使えるなら、それって必然だよな。まさに得るべくして得た能力だ。
「よし! 決めた」
立ち上がるオレを、胡散臭そうな目で見る傭兵達へ、腰に手を当てて宣言する。
「東の王族を一度蘇らせて、さくっと処刑しよう」
いいアイディアだと思ったのに、彼らは固まった。その後ぼそぼそとディスられる。
「人でなしだ」
「俺だったらそのまま死なせて欲しい」
「キヨだからな〜」
「ジャックにとっては幸運か?」
様々な意見が出揃ったところで、固まっていたジャックが口を開いた。
「……ありがとう、で合ってるか?」
困惑した様子で周囲に確かめる彼の肩を、ノア、ライアンの順で叩く。巻き込まれた被害者を見る目で、ジークムンドがトドメを刺した。
「断ることも勇気だ」




