206.作戦会議より夕食優先で
「お疲れ様でした」
夕食の準備を始めた傭兵達と野菜を切っていたら、聞き慣れた声がかかった。まあ、そろそろ出てくるかな? と思ったよ。だって、さっきクリスティーンが急に帰ったし。夕飯ぐらい食べて帰ればいいのに、と肩を竦めたけど。
予想通りすぎた。丁寧な口調と、嫌味なくらい整った顔、別嬪の巨乳な嫁さんをもつ色男だ。これで中央の国の公爵で、さらに強いとか詐欺だから。
イラっとしながら吐き捨てると、ブロンズ色の髪をかき上げたハンサムが言い返してきた。
「キヨも似たり寄ったりでは?」
「自覚してるよ。それでも腹立つの!」
だんっと大きな音で、大根っぽい外見のカボチャ味の野菜を切る。放り投げると、空中で一回転したブラウが一口大にカットして鍋に入れた。
『今の、忍者っぽくない?』
「うん、ぽい」
同意して残りの野菜も同じようにカットしながら、もっと修行するよう言い聞かせた。忍者に憧れるのは外国人だけじゃなく、異世界の聖獣も同じだった。真剣に聞いた後、きりっとした顔で野菜を切っていく。ブラウ本人が飽きるか、無駄だと気付くまでこの方法で手伝いをさせよう。
「そんで? オレは東の国を落とす予定だけど、何か変更があったのかな」
クリスティーンが先ほど連絡を入れたから、その辺の事情は知っているはずだ。正規兵を率いたシフェルと交代する理由がわからなかった。もうクリスティーンの巨乳で窒息する気もないぞ。万が一にでもリアムの耳に入ったら、後が怖い。
彼女は平たい胸を気にしている。今まで男のフリをするのに好都合だから、目を瞑っていた。オレが恋人になってから、すごく気にしている。ぺたんこでも、オレは一向に構わないのだが……。女性にとって重大事案だ、ウルスラはそう教えてくれた。
うっかり「巨乳じゃなくても好きだ」なんて言ったら、殺されるから注意しろと忠告もされている。胸の話に触れず「そのままの君が好きだ」が正解らしい。帰ったらすぐに使おうと思っているセリフだった。
「変更、そうですね。東を落とす必要性がないのに、どうして向かおうと思ったのか。お聞きしたいのですが」
「正規兵を率いて侵攻したくせに、何言ってんの」
聞きたいんじゃなくて、参加したいんだろ。呆れ半分で、肉を鍋に入れる。ついでに水を満たしてスープ用に牛乳を足した。この世界の自動翻訳で牛乳だが、実際は6本脚の蜘蛛みたいな外見の動物から絞る。味は普通に牛乳だった。知らずに飲んでた過去を思い、遠い目になったのは仕方ない。
シチュー風にしたいんだが、とろみってどうやって付けるんだ? 首をかしげながら、やっぱり6本脚の蜘蛛から作ったバターを放り込む。カットするの面倒なので、丸ごと塊を溶かした。
「キヨ、少し真面目に話しませんか?」
「真面目だよ。飯の時間が近いんだ。暴動になるぞ」
大きな杓文字でかき回しながら、後ろでそわそわしてる傭兵を顎で示す。ちょうど夕飯時なので、南の民が普通に自宅に帰るのがシュールだ。まあ、食わせてくれと言われても断る事案だが。
王城は被害が出たし、貴族の屋敷も一部壊れた。ドラゴンが攻撃した家もあるが、あいつら空から攻撃したから……高い建物ほど被害が酷いんだ。文字通り、平家や二階家に住む平民は無事だった。落ちた瓦礫で家を失った民は少なく、おかげでご近所さんの助け合いで賄える。
オレは自分達の分だけ心配すれば……って、あれ? もしかして正規兵の分もいるの?
「シフェル達の食事は?」
「ご心配なく。正規兵には雑務班がいますから、今作っています」
なるほど、雑務専門の兵士がついてるのか。戦闘が苦手な運動神経悪い奴を放り込めば、行軍に同行した扱いで給与も出そうだし、いい案だ。うちは傭兵ばかりだから、適用する奴がいないけどね。
「キヨ、小麦粉くれ」
「はいよ」
袋ごと放り投げる。鍋の上をふわりと風で届けた袋が傾き、中身が半分ほど鍋に落ちた。
「ぐあああ! ミスったぞ」
慌てて小麦粉を掬い上げようとしたが、すでにほとんどが沈んでいた。ここから分離する魔法がわからない。小麦粉だけ分離……できる気がしなかった。
しょんぼりしながらかき混ぜる。こうなったらわからなくなるまで混ぜて、食わせてしまおう。シフェルが悪い。話しかけるからだ。八つ当たり気味に睨みつけ、重くなってきた杓文字をぐるぐる回す。
「そんで? 何に関して真面目な話をしたいんだ」
話を元に戻した。この場で話し合いをする気はないが、聞きたい内容の見出しくらい教えてもいいだろう。オレがようやく聞く姿勢になったと判断したシフェルは、端的に纏めてきた。こういうところは頭のいい奴なんだと思う。
「東の国を攻める作戦内容、権利を放棄した南の国の処遇、陛下からのお言付けについてです」
「わかった。じゃあ、お言付けからだな」
一番興味を惹かれた内容を口にすれば、彼はにっこり笑って首を横に振った。
「そうですね、お言付けを最後にしましょう」
くそっ、これだから出来る男は嫌なんだ。
『いい話と悪い話がある。どちらから聞きたい? って尋ねて欲しかったんでしょ』
ニヤニヤするブラウに、追加の野菜を放り投げる。風で受け止めて素早くカットする姿は、なかなか板についてきた。
「ちげぇよ。オレは好物から食べるタイプなの」
「逆だと思っていました」
意外だと口にするシフェルに、見抜かれたようで悔しい。元が長男だから、実は好物を最後に残して弟妹に取られるタイプだった。せっかく異世界に生まれ変わったなら、と自由に過ごした結果、好物を先に食べない弊害を理解しただけ。
ゲームと違ってリセットやセーブ出来ない。遠慮が美徳の日本人気質じゃ、生き残れなかった。図々しいと言われるくらい我が侭を振りかざして、こうして今があるんだ。遠慮なんて役に立たない。
「昔は逆だった」
笑いながら付け加えれば、複雑そうな溜め息を吐かれた。後ろから抱き寄せられ、杓文字を離す。料理はすぐにサシャがフォローに入ってくれたので、そのまま大人しく拉致される。この気配はベルナルドだな。
顔を確認するまでもなく、頭や耳にふさふさの髭が触れる。大切そうにオレを抱き抱える手にシワと剣胼胝があって、ごつごつと大きかった。子供体温のオレに比べて、少し冷たい。
「ベルナルド、来てたんだ」
「我が君が用事を言付けて消えましたからな。メッツァラ公爵閣下にお願いしました」
お願いしちゃったんだ。何か法外な要求されないといいけど。そんな視線を向けると「心外ですね」とシフェルは眉を寄せた。ラスカートン前侯爵のベルナルドだが、未だに実権を握っているお爺ちゃんだ。そんな人に要求しないシフェルなんて……はっ、もしかして。
「何か具合悪いのか?」
「失礼ですよ、キヨ」
ぽかっと頭を軽く叩かれ、舌を出して誤魔化した。それから椅子に腰掛けたベルナルドの膝に座り、腹の上に腕を組んで拘束された状態で首をかしげる。
「なあ、オレは捕まってない?」
「きちんとお話しするまで、こうして捕まえるのが連れてくる条件でしたので」
言外にベルナルドは離してくれないと匂わされた。すでに手が回っている。無理やり解くのも簡単だけど、相手がお爺ちゃんだから無理したら腕が取れそう。いや、ごつい戦士系だけどね。聖獣と契約してるオレのバカ力は、赤瞳の竜をのぞいてもやばいと思う。
「申し訳ございませぬ、我が君キヨヒト様。お詫びは後で如何様にも」
「気にしないで」
ぽんぽんと腹を拘束する人間ベルトを叩く。ガッチリホールドの優れものですよ、これ。膝の上に座ったまま、正面からシフェルと向き合った。きちんと話すればいいだけのこと。
「一口で言えば……南の国に関してオレの要望はひとつ。国境が変更されるような併合はしないでくれ。あと東の国も同じね。攻める作戦は今レイルに頼んでる。欲しい人間がいるんだってさ、代わりにオレが東の国を陥落させる――取引だよ」