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205.攻め落とした権利? 放棄で!

「結婚はしない」


「やだぁあああああ!」


「もう結婚する相手が決まってるもん」


「……僕、頑張るから」


 何を頑張っても、オレは男だ。ついでに婚約者は高貴な黒髪美人さんで……今は男装の麗人だけど。そういう趣味は断じてない。


 南の元王太子殿下の申し出をきっちり断り、クリスティーンが証人になってくれた。非公式だけど、王族からの求婚だからね。断ったことを誰かに記憶しておいてもらわないと、面倒なのが貴族社会なのだそうだ。曖昧な日本人スマイル、愛想笑いを披露したら婚約成立させられそう。


 ジャック達に確認したところ、王太子は確かに一度捕獲したらしい。国王や王妃と一緒に牢に入れたが、この国の鉄格子は隙間が大きかった。頭が抜けた勢いで転がり出て、たまたま交代で兵士が入れ替わった時に外へ出たのだろうと推測される。この世界、防犯カメラないから確認できなかった。


 捕獲された兎のように再び檻に戻される子供を見送り、後ろで草を貪るマロンを手招きした。


「ねえ、今の子が相手でも契約しない?」


『ご主人様が、どうしても! と言えば考えます。でも折角自由になれたんです。もう56代も見守ってやったんですから、現状維持を希望します』


「……56代か。それは長かったね」


『本当ですよ。ほぼ毎年国王が変わる時期もありましたから、きちんと顔を覚えてない奴もいます』


 どっかの国の総理大臣じゃないんだから、それは変わりすぎだろ。最短と最長の期間に興味が湧く。


「最短と最長は?」


『初代は15年でしたか。最短は……2ヶ月? たぶん3ヶ月前後でした』


「それはご苦労さん」


 かなり政情不安な王室だったらしい。代替わりの際に処刑はしなかったんだろう。血筋が絶えたら大変だから、あり得るのは塔に幽閉とか。


 そういや、この王都の外壁を支えるように塔がたくさん立ってたけど……。嫌な符合点は気づかなかったフリでスルーした。中に元国王やら、王弟がたくさんいそうで嫌だ。面倒臭い。


「この国のことは、オレは関知しないから」


「権利放棄するのか?」


 レイルが奇妙な言い回しで確認したので、大きく頷く。すると今度はジャックが「俺も」と手を上げて宣誓した。ノア、ライアン、サシャ、と続いて王城を攻めた主要な二つ名持ちが、異口同音に同意する。


 突然の連鎖に目を見開いて凝視すると、煙草を咥えたレイルが火をつけながら説明した。煙をオレに吹きかけないのは偉い。


「城を落とした功績者が統治の権利を得る。指揮官のお前が放棄したので、現場指揮官ジャックへ。それから二つ名持ちの傭兵は、戦場だと指揮官扱いなので全員意思を示す必要がある」


「……げろ」


 ぽかっと叩かれて頭を押さえると、品がない発言が悪いとレイルが笑った。


 最終的に南の国の処遇が決まらず、かといってオレの意向で併合も出来ない。属国扱いにして、誰か管理者を選ぶ事で決着した。


 王都襲撃の際に頑張ってもらう予定だったリシャール達が役に立たず、ドラゴンは暴走したため予定が狂いまくった。だがこれでリアムのところへ帰れる。土産は東の国の兵士を脅して買いに行かせるか。自分で選びたいから、こっそり密入国すればいいや。


 物騒なことを考えるオレの首根っこを掴んで、レイルが溜め息をついた。


「その顔で何考えてるか分かるが、東の国に関しては攻略方法があるぞ」


「……なんで攻略しないとダメなのさ」


 面倒だからお土産だけ買って帰る。帰るったら、帰るんだ! リアムに「おかえり」ってはにかんだ笑みで言われたい。それから膝をついて手の甲に口付けながら「ただいま、可愛い人」ってキザなセリフを吐きたいんだ! 


 某アニメでやってたし、男装の麗人の舞台でも観た。異世界で美形になったら絶対にやってみたいこと、ナンバー10に入る野望だぞ。世界征服なんて100位以下だ。


 むっとしながら手を解こうと暴れるが、ジャックが向かいで大笑いする。


「猫の子じゃねえんだっ、は、離してやれ、って」


 オレを解放する内容なのに、笑いすぎて呼吸困難に陥った彼に感謝する気になれない。ジャックめ、夕飯のおかず減らすからな。


「お前、東の国は南に味方したんだ。敵だぞ?」


「別に攻撃されてないもん」


「いや、攻撃された」


 思い返してみると、確かに攻撃されてた。それを散らすようヒジリやブラウに命じたのはオレだ。だって、南の民に武器向けたから……別に倒す気はなかったんだけど。


 言い訳はスルーされ、倒した事実だけが重要視された。戦勝国の理屈が通って、敗者の歴史を塗りつぶすって話が目の前で実現していく。


「結局どうするんだよ」


 ライアンがライフルの手入れをしながら尋ねる。彼にとって世界情勢より、相棒の状態の方が大事らしい。命を預けるライフルだから、時間があれば念入りに手入れするのが彼の流儀だった。他の傭兵だって、眠る前に枕元で手入れしたり分解して動きを確認してる。


 物騒なようだけど、それだけ危険な状況を生き抜いてきた証拠だろう。傭兵は最前線で使い潰される駒だったんだ。


「東の国の攻略法があるなら売ってよ」


「高いぜ」


「いいよ、東の国をあげる」


「いらん」


 即答された。レイルの奴、欲がないな。そう思いながら首を傾げると、ぽかっと頭を叩かれた。さっきから気安く叩くが、レイルとオレの身長差から手を置きやすい高さのようだ。くそっ、まだ成長期だから絶対に追い抜いてやる!


「他にあげるものない。それとも金でいいの?」


「おれが金で満足すると思うか?」


 勢いよく首を横にふった。全然思わない。金がなければ、奪えばいいとか言いそうなタイプだけど。自分も含めて仲間が生活に困らなければ、それ以上の金を得ようとしない。


「おれが欲しいものをくれるなら、今までの貸しもチャラにしてやるよ」


 続けて鼻先に人参をぶら下げられたら、さすがに警戒する。これを齧ったら代償がでかそうだ。ノアが甲斐甲斐しく横から水筒を差し出した。受け取って考えずに口をつける。冷たいスポドリもどきを二口飲んで返した。


「欲しいもの……それって、物?」


 オレの聞きたいニュアンスを敏感に感じ取ったのは、思ったより少ない。顔色を変えたのはレイルだけ。興味深そうに肩を竦めるジャック、サシャは眉を寄せた。ノアは興味がないのか、荷物からタオルを取り出す。汗をかいたオレの首筋を拭き始めた。本当にオカンだな、ありがたい。


「者だ」


 今までにない短い響きは、ぴりりと緊張感が伝わるほど重かった。情報の代償として、誰かを寄越せと命じる。澄んだ薄氷色の瞳を真っ直ぐに覗いて、互いに無言の時間が続いた。


 先に緊張を緩めたのはオレだ。暗い感情が見当たらないのに深刻な響きは、レイルの中にある感情そのものに触れた気がした。オレが困ったとき助けてくれて、窮地に飛び込み手を差し伸べて家族になり、先の見通しが立たないクソガキに情報を与えた。こんなお人好しが欲しがるなら、くれてやってもいいんじゃないか?


「2つだけいい?」


 無言で頷くレイルににっこり笑う。


「レイルが欲しがる人って、東の国の人で合ってる?」


「ああ」


 即答された。濁されるかと思ったけど、誤魔化しも駆け引きもない。目を逸らさないレイルに近づいて、手を伸ばした。まだ身長差があるから、悔しいけど爪先立ちだ。届いた赤く短い前髪をかき上げて条件を提示した。


「渡す前に確認していいなら、連れてくのを邪魔しない」


 相手の意思確認と誰かの見極め、それだけは譲れない。もし重要人物で後から必要になると困るんだ。そう匂わせた響きに、レイルが強張った表情を無理やり笑みに塗り替えた。


 ああ、かわいそう。上から目線のつもりはないけど、こういうレイルの表情を見ると苦労したのだと感じた。それでも同情を表情に出すほど子供じゃない。オレは浮かべたままの笑みを維持し、レイルの返事を待った。


「邪魔しなければ構わないぜ」


 いつもの軽い口調が、すこしだけ震えた声で台無しだ。それも気づかなかったフリをして、子供の無邪気さでやり過ごした。

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