204.腐るのはどちらが早いか
南の国の王侯貴族が捕まり、兵士は投降した。これで主だった抵抗は終わりなので、戦争は終了だ。そして国民はなぜか歓迎ムードだった。
「まあまあ、小さいのに頑張ったのね」
「小さくないもん」
むっとした口調で言い返したオレだが、現在金馬ことマロンの背に乗せられている。勝利のパレードだと言われたが、英雄扱いのオレが子供枠なのはおかしいだろ。近所のおじちゃんおばちゃんに「可愛いわね」「お菓子をやろう」と甘やかされながら、王城まで街中を縦断した。
開きっぱなしの門をくぐり、中に入ると絢爛豪華だった。そりゃあもう、これでもかってくらい金かけたのが分かる。品がいいかと問われたら、全力で首を横に振る物件だが。
なぜ柱に金の天使を突き刺した? 絨毯敷くくせに下に高級大理石が必要か? 天井の絵画、いつ見るの……。
ツッコミどころ満載の王宮内は、とにかく値段が高そうな物を片っ端から並べたんだろう。そうとしか思えない。金の壺の隣に、陶器の壺が並んでるが……両方とも花瓶じゃない。花が飾ってないのに、どうして専用テーブルに乗せて廊下に置いてあるのか。
庶民の家庭で育ったオレには、到底理解できない美意識だった。
「下品」
ぼそっと呟けば、後ろに控えるクリスティーンが同意した。
「本当に品がないわ。あの花瓶なら、小ぶりでふんわりした花が似合うもの」
大きな花瓶を指差して指摘する彼女は、大国の公爵夫人であり……自身も侯爵家でお育ち遊ばしたお嬢様らしい。花瓶の花にダメ出しし、壺の下の台に品がないと眉をひそめる。豪華な絨毯の模様が天井の絵画と相性が悪いと指摘した後、ついに頭を抱えて溜め息を吐いた。
「他国のセンスに口出しするのは悪いと思うのよ、でも……許せないわね」
玉座の間に入るなり、彼女は肩を落とした。言われるまでもなく、オレもセンスが悪いと思う。玉座が金ピカだ。あれだよ、秀吉の黄金の茶室を思い出すレベルだから。後ろの壁まで金にしたのは、明らかに成金趣味だった。
「ひとまず、売れそうな物は他国や金持ちに売っ払おう!」
この国の人がオレ達の侵攻を歓迎したのは、王侯貴族の横暴に耐えかねていたから。つまりこの城にある豪華で高価な品物は、彼や彼女らの財産ってわけだ。
「売っぱらった金を国民に分配して、共和国でも作ればいいよ」
うんうんと納得して、選挙制度を思い浮かべる。だが腐敗した政治家まで連鎖して思い出したため、すこし唸ってしまった。
別の制度だと後は社会主義しか思いつかない。難しいな。ちゃんと歴史の勉強しておけばよかった。古代ローマは選挙? いや、貴族院みたいなのがあったような……。
考え事をしながら歩いていたせいで、足元が疎かになっていた。
オレの知る玉座の間は、皇帝の玉座の前まで段差はない。金の椅子や天井の絢爛豪華な天使の絵を眺めながら歩いた足元に、段差があった。爪先が引っかかり前に転がりかけて、驚異の反射神経で手をつく。ところが後ろから来た別の奴らに押し倒された。
「ぐぎゃ……」
「ちょっ! 重っ!!」
「いてぇ」
様々な声が重なり、最後は悲鳴も混じる。潰された最下層で呻くオレは、ずるずると前に這い出た。段差で膝と腹を打ったが、まだあまり痛くない。半分ほど出たところで振り返ると、6人も転んでいた。
「キヨ、無事なの?」
少し離れて壁の絵を見ていたクリスティーンは無事だった。彼女に引き摺り出してもらい、改めて後ろで縺れた連中を確認する。
下からジャック、ノアとサシャ、レイル、ユハ、なぜか知らない子供。ん? お前、どこの子だ。
身なりのいい子供は、きゃっきゃとはしゃいで手足をバタつかせる。その度、最下層になったジャックが「くそっ、後で……覚えて、ろ」と切れ切れに文句をこぼして撃沈した。
「金持ちっぽいガキだな」
ジークムンドが強面で近づく。注意する前に首根っこを掴んで回収された。顔に大きな傷があるジークムンドに正面から覗き込まれ、子供はひっと息を詰まらせる。これは泣く直前の動作……と思ったら、大喜びでジークムンドの顎を撫で始めた。
「ざりざりぃ」
無精髭が気に入ったらしい。ほっとするやら気が抜けるやら。溜め息をついて額を押さえたオレに、クリスティーンが同情の眼差しを注ぐ。大泣きされるよりマシと顔を上げ、子供と目が合う。
頬を染めた子供は、ジークムンドの腕をぺしぺしと叩いた。降ろせと言うのだろう。仕草で察したジークムンドが床に下ろすと、一目散に駆けて来た。腹に激突する前に、ヒジリがのそりと間に入って牽制する。
さすがはオレの名を持つ相棒だ! もふっと彼の黒い毛皮に抱きついて頬擦りすれば、驚いた顔の子供が「すげぇ」と叫んだ。そして予想外の言葉を放った。
「おまえとけっこんする」
「「「はぁ?」」」
一斉に傭兵達が声を重ねた。少し離れている正規兵は、突然の大声に首をかしげるだけ。倒れた仲間を起こしていた傭兵が子供を取り囲んだ。強面のゴツいおっさん集団に、怯んだ様子で身を縮める子供が唇を尖らせた。くしゃりと顔が歪んで、ぽろりと涙を零す。耳が痛くなるほどの大泣きだった。
ジークムンド1人の時は平気だったけど、大勢だと迫力あるからな。不良に絡まれて相手が1人なら逃げるチャンスを伺うが、複数で壁際だったら詰んだと思うものだ。怖いのはわかるが、金糸の刺繍が施された高そうな上着で、涙ごと鼻水を拭くのはやめろ。
「つうか、この子……誰?」
「顔は知らなかったけど、この南の国の王太子ね」
王太子は次の国王だ。国が残った場合は後継なわけだが……ん? どうしてここで歩き回ってるんだろう。自由に歩かせていいのか。侍従とか護衛はどうした。
同じ疑問を持ったクリスティーンが、騎士に指示して子供を確保させた。捕獲された獣よろしく、手足をばたつかせて暴れる。しかし騎士は荷物のように小脇に抱え、がっちりホールドだった。明らかに歳の離れた弟がいそうな扱いだ。
「もう聖獣の契約が解除されたから、王族を残す必要はないんだろ?」
ノア、残酷な指摘をしない。意味は分からなくても不安そうな顔をしてるぞ。小学生低学年くらいかな? 両親はさっき捕まってたが、側近がいないのはおかしい。
王太子ってことは長男だけど、国王は結構なおっさんだったし……王妃も似たような年齢で……あれ? 気のせいかな。オレの計算違いかも。もしかしたら老けて見える属性だけど、実年齢は若い……なんて。
「この子の親は」
「国王と若い側妃の子だったか。たしか15番目くらいの……」
「なるほど」
やっぱり、そんな属性はなかったか。
どうして子供を放り出して母親が消えたのかはさておき、国王のおっさんが頑張った結果の子宝なわけだ。両手を伸ばして抱っこをせがまれるが、脇に抱えられる捕虜だから、我慢しなさい。視線で諭して目を逸らした。
変な罪悪感あるけど、まあいいや。ヒジリに寄り掛かっていると、ひょいっと背に乗せられた。豹の背中はゴツゴツしてるし、歩くと左右に揺れるのに不思議と落ち着く。これは黒豹だからじゃなく、ヒジリだからだろう。
「この子はどうなるの?」
この辺の質問は傭兵じゃ答えられない。案の定、ジャックたちはそっぽを向いた。レイルが眉を寄せて言葉を選ぶ。
「よくて幽閉、悪くて処刑」
選んでも最悪だった。本当? と首をかしげてクリスティーンを見ると、彼女は背を向けていた。騎士達は苦笑いして首を横に振る。これはあれか、聞いてくれるなという意思表示だ。
「王族って贅沢できる代わりに厳しいんだな」
オレも一応王族の端くれだし、今後は皇族にお婿に行くんだから気をつけないと。実力があるうちはいいが、土の下で腐る可能性がある。こんな子供に求婚されるようじゃ、囚われたら違う意味の腐による身の危険も感じる。この世界で強さは必須条件っぽかった。
外見を良くしてくれと頼んだ時、カミサマが微妙な反応を見せた理由にようやく納得し、オレはくしゃりと金髪を掻き乱した。




