203.聖獣の契約解除?
南の国をうっかり傭兵達が制圧してしまったわけだが、ここで帰るには問題があった。東からの増援である。彼らはまだ諦めていないようで、公爵家に嫁いだ王姉を担ぎ出して南の王家存続を図った。よくある話なのだが……。
『ご主人様、契約解除に成功しました』
槍が刺さって休養したはずの金馬は、影から顔を出すなり得意げに嘶いた。そして放った言葉がこれだ。契約解除――ああ納得した。
「そっか、今までご苦労さん。マロン」
ぽんと首筋を叩いて労うオレに、マロンの歯が食い込んだ。なぜだ、自分で契約解除って言ったじゃないか。馬の歯はすり潰す系だから、地味に痛いんだぞ……肩を噛まれたまま唸るオレに、マロンが鼻を啜って半泣きで訴える。
『酷いです、頑張ったのに』
「いや、だから解除だろ? もう自由なんだから」
『そんな自由は要りません!!』
じゃあ、どうして解除しちゃったの。もう呆れて言葉も出ないので、じとっと彼の金瞳を覗き込む。立派な角もあるし、新しい主探せばいいだろう。目は口ほどに物をいう。しっかり視線で説得したところ、気の毒になったのかヒジリが乱入した。
『主殿、わかっていて虐めてはならぬ』
大きく首をかしげたため、ヒジリが『理解しておられぬのか』と愕然と呟いた。何かオレが見落としてる話があるのなら、早めに説明して欲しい。コイツら、自分達の常識で話するけど……オレは異世界人だから。威張ることじゃないが、全然この世界の常識を理解してないぞ。
『マロンはこの南の国の聖獣だから、王族との契約を解除したのよ』
「……出来るの?」
王族が生きて血筋が続いていると解除できないと思ってた。随分ブラックなシステムだと認識してたのに、任意で解除可能なんだ?
オレ達の会話に、傭兵や騎士達も何も言えずに聞き入る。その外側で南の民が聞き耳を立てた。自国の問題だから当然だが、途切れ途切れに聞き取った情報は後ろに伝達される。途中で伝言ゲームになってるようだ。最後の人はまったく別の話になってたりして。
疲れた肩を自分で揉みながら、コウコの説明に耳を傾けた。
『契約だから解除の条件があるの。王族が聖獣を攻撃したり、約束を破れば破棄できるわ』
「槍で攻撃されたから破棄できた、で合ってる?」
ミニ蛇コウコとチビ竜スノーが頷いたため、何も知らなかった民はどよめいた。契約した王族の血筋が絶えなければ、国は守られると思ってきたのだろう。オレだってそう習ったから、初耳の知識だった。
「へぇ……そんな仕組みか」
レイルが感心したように呟き、複雑そうにクリスティーンが眉を寄せる。国を守護する契約の前提条件となった約束を破らなくても、今回はマロンに南の兵の攻撃が刺さった……聖獣マロンには大事件だった。確かに守る気は失せる。
「仕方ない、わね」
自国では同じ間違いを犯さないようにしよう。心に誓う騎士団とクリスティーンをよそに、オレは唸っていた。北の国は何らかの方法で聖獣を操ったぞ。もしかして?
「コウコは契約継続してる?」
『破棄してないわ。だって主人の母国になるんだもの』
ほっとして肩の力を抜く。西の国は王女がいるから、ブラウとの契約は継続してるはず。
『主様、僕も契約解除したい』
小さな手をもじもじさせながら、白トカゲが爆弾発言をする。スノーの契約国は……東じゃなかったか? なぜオレに尋ねる。
「スノーがしたいなら止めないよ」
『本当ですか?! すぐに解除します』
蛇の尾に似た尻尾をぶんぶん振るスノーは、小さな両手で頬を包んで踊る。小さな後ろ足でくるくる回るご機嫌具合だが、転びそうで危ないので抱き上げた。
『僕は主様に愛されてる』
ここはノーコメントで行こう。めっちゃ頬がピンクだけど、そういうフラグは不要だぞ。恋愛感情はない。強いて言うなら、愛すべきペット枠だから。
「いま、目の前で大事件が起きてる気がするわ」
クリスティーンが額を押さえて溜め息をつく。戦場でも紅を引く女騎士は、通信用の魔道具片手にその場を離れた。彼女は真っ赤な色が良く似合う。金髪に白い肌の美女だから、迫力あるな。もしリアムにプレゼントするなら、淡いピンクか。桜色の方が可愛さが際立つだろう。
「レイル、頼みがある」
「なんだ? 裏工作なら任せろ」
「やだな、常にオレが腹黒い策略ばかりみたいじゃないか。そうじゃなくて、淡いピンクの紅が欲しいんだ。出来たらケースも可愛くて、花模様が理想」
「……お前、そんな趣味が」
どんな趣味だよ。むっとして唇を尖らせると、抱っこしたスノーの前足がぐっと押し戻した。
『主様でしたら、オレンジの方が似合うかも』
「は?」
そこでようやくレイルの言葉の意味がわかった。もしかしてオレが使う意味で返した……とか? にやにやしながら火をつけない煙草を指先で遊ぶ男に、風の塊を投げつけた。顔にぼふっと直撃したレイルが顔を顰める。
「オレが使う前提がおかしい。リアムへの土産だよ」
似合いそうだと言った奴、顔覚えておくからな! 後で覚えてろ!!
「最初からそう言え。紅なら東の特産品だったか」
女性物は買わないからわからん。首をかしげるレイルの後ろから、ジークムンドが声をかけた。
「東の国の化粧品は人気あるぞ。土産なら知ってる店を紹介してやる。表通りの店は他国人を騙すからな」
あちこち出歩く傭兵は地方の特産品に詳しい。娼館に寄ったりする彼らだから、お気に入りの子にプレゼントすることも多いようだ。ジークムンドに「よろしく」とお願いした。もう一度要望を伝えておく。頷く彼が請け負ってくれたので、きっと問題なく入手できるはずだ。
「お前の部隊は、この世界の縮図だな」
レイルが感心したように呟く。
「あの連中は東、こっちは北、あちらの数人は中央だ」
「ユハは西だったかな。南はジークがそうだったかも?」
黒酢をくれた時にそんな話をしていた。そう考えると確かにあらゆる国の人間の集団だ。さらに属性も竜のオレから始まって、犬、猫、熊、牙、魚……ほぼコンプリートじゃないか? 50人ほどの集団なのに、傭兵は属性も出身地もごちゃごちゃだった。
「よくトラブルにならないもんだ」
煙草に火をつけて吸い込みながら、レイルが不思議そうな声を出した。彼も孤児を拾い集めて組織を作ったから、生活環境や習慣の違いで起きる騒動をいくつも経験している。大人だと言っても、傭兵は自分勝手に生きる奴が多いから纏まらない。
そもそも傭兵の集団は出身地が偏ってる。元は互助会の一種で、同じ習慣を持つ連中が結束したのが始まりだと教えてもらった。平民も貴族も敵の状態で、同じ価値観を持つ奴が固まるのは理解できる。
「異世界人が混じってるんだぞ? ごちゃごちゃに決まってるだろ」
食事ひとつ取ったって、ケンカから始まる連中だ。新しい物や知識を持ち込めば「常識がない」と言い放つ傭兵に慣れただけだ。そう言って肩を竦めたオレに、レイルは呆れ顔で指摘した。
「お前が強制的に纏めたんだろ。もっともジャック達の影響が大きいけどな」
確かにそうか。オレが何か非常識なことを始めると、ジャックやノアが擁護してくれる。ライアンやサシャも否定しないで手伝った。ジークムンドが自分の部下の統率を引き受けるから、オレは指揮官の苦労なんてしてない。
「恵まれてるんだな〜」
にこにこと脳天気なことを呟いたオレの腕の中で、スノーが大声を出した。
『主様! 解除できました』
「え? 早っ……じゃなくて、現地に行く必要ないの?」
『なかったです。僕も初めて知りました』
興奮で頬を赤くした白トカゲが、ぶんぶんと尻尾を振る。得意げに『初めての契約解除です』と告げるスノーを複雑な心境で眺めるオレの足元で、ブラウがぼそっと呟いた。
『初めてのおつかい……』
あれか、幼児をぐるりと関係者が守りながら買い物や届け物する番組! 思い至った途端、盛大に吹き出して腹が痛くなった。