13.盾となる名誉(1)
優雅に口をつけるリアムの仕草が綺麗で、思わず見惚れてしまう。本当にどこもかしこも綺麗な存在だった。声も好みだし……同性でもいいかな、って気分になる。
「前の世界の”烏龍茶”に似てる気がして」
「そうか」
なぜか嬉しそうにリアムは頬を緩めた。絶世の美貌のちょっとはにかんだ顔って、可愛い。
鼻血でそう。
「こちらでも同じ名称なのだ。共通の話が出来そうだ」
……あ、そういう意味か。たぶんだけど自動翻訳されてる気がします。リアムにとって聞こえてる発音が、前の世界の発音と同じ保証はできなかった。だって、翻訳して話してるんだよな? なら、オレが”烏龍茶”といった言葉が、違う発音や意味の似た単語に置き換えられてる可能性が高い。
でも、リアムが喜んでるならいいや。
「そうだな」
だから同意だけして微笑み返した。
ここで、まさかの事態が起きる――リアムが僅かに頬を赤く染めたのだ。やばい、可愛すぎる。というか、同性だってリアムも理解してる筈で……。
恥ずかしくなって互いに俯いてしまう。手元の菓子を引き寄せて口に運び、ちらりと隣を窺った。同じように上目遣いで見つめるリアムと目が合い、もう……悶えるしかない。
転がりまわりたいような、立ち上がって叫びたいような……複雑でもぞもぞした感情が湧き上がった。喉が渇いてお茶を一気飲みする。よく心得た侍女が白磁のポットを傾けた。満たされるお茶を見ながら拳を握り締め、意を決して口を開く。
「あの……」
何を言おうとしていたのか、後になって一切思い出せない。
パシッ。乾いた音が響いて、足元の芝が跳ねる。 反射的にリアムの手を引いて、芝の上に押し倒した。上から覆い被さった直後、侍女の悲鳴が聞こえる。倒れこむ彼女の手から落ちたお茶のポットが、派手な音を立てて割れた。
銃撃、それも遠距離からの狙撃だ。
判断した理由は2つ。ここは宮殿の中でも奥に位置する。敵が近づいたら迎撃されて大騒ぎになる筈だった。なのに、今もって騒ぎは起きていない。
もうひとつは、銃声が聞こえなかった。この世界に消音器があるか知らないが、戦争中にサイレンサーを使う理由がない。つまり、銃声が消えるほどの遠距離から狙われている可能性だ。
そして遠距離ならばなおさら、銃声の心配は不要だった。逃げる時間を稼げるだけの距離があるからだ。サバゲーでも使った経験はあるが、照準がずれるため夜間戦闘でもなければ使用しないのが常識だった。
伏せたまま、侍女が倒れた方向と芝の上の痕跡を確認した。どうやらリアムを狙った銃弾が逸れて、オレの足元の芝を撃ちぬいたらしい。リアムを背後に押し倒す形で倒れたから、顔が向いている方角に敵がいる。そう判断して顔を上げた。
侍女の頭部から赤い血が流れる。倒れた時にケガしたのならいいが、最悪、銃弾が当たったかも知れない。ぴくりとも動かない彼女の様子に唇を噛んだ。
こんなに簡単に、この世界は人が死ぬ。殺されるし、殺す。理解していたようで、まだ甘かったのだと突きつけられた。
「痛……っ」
腕の中で聞こえた小さな声に、思わず息を止める。
「ケガしたのか?」
「頭を打った」
倒れた時にぶつけたようだ。銃声が聞こえないから何発撃たれたかのわからない。まだ狙われている可能性があるので、身を起こすことも出来なかった。
「ゴメン、もう少しだけ我慢して」
「狙撃か?」
「たぶんね」
もそもそと腰に手をやり、銃がないことに気付く。謁見はもちろん、皇帝陛下との私的なお茶会に銃や武器を持ち込める筈がなかった。丸腰だと気付いて青ざめる。
「銃、持ってる?」
あるわけない。皇帝が自ら戦う必要はなく、そんな事態になれば負けが濃厚という意味だ。案の定首を横に振るリアムに「そうだよなぁ」と情けない声を出した。
万が一にも銃弾がリアムに届かないよう、己の身体を盾にする形で胸の下にリアムの頭を抱き込む。頭の方角にいる敵からは、オレが邪魔になってリアムを狙えないだろう。
「参ったな」
呟くが、ふと周囲が異常に静かなことに気付いた。侍女が派手に悲鳴を上げ、磁器のポットが甲高い音を立てて割れる――護衛の騎士からすれば、十分異常事態だろう。
誰も助けに来ない。それどころか様子を見に来る奴もいない。
「リアム……おかしくないか?」
「ああ、遅い」
リアムの言葉に、やはりおかしいと確信した。通常ならとっくに誰か駆けつけているのだろう。
耳を澄ませても何も聞こえない。そして銃弾による襲撃も止まった。
考えられるのは――
「陛下、ご無事ですか!」
駆け込んだのは騎士ではない。豪華な装いの貴族だった。謁見のあと着替えていないのか、普段からこんな派手な衣装なのか。どちらにしても彼は違う。
「こちらです」
身を起こして呼べば、慌てて駆けつけた貴族が手を差し伸べる。先に立ち上がって同じように手を出せば、見比べたリアムはオレの手を取った。
「このっ下賎が、下がれ! このような輩の手を取るなど……陛下は襲われたのですぞ」
35歳ほどの男は唾を飛ばして怒鳴り散らす。まるでオレが犯人で陛下を害したと言わんばかりの発言に、リアムは面倒くさそうに吐き捨てた。
「余の友を下賎と呼ぶか……リュアシム伯」
苛立ちを込めた呟きに、リュアシム伯と呼ばれた貴族はさらに失言を重ねた。
「友、ですと? 陛下に銃口を向けた賊に対し」
「あれ? 変だな」
小首を傾げて疑問を呈するフリでオレは呟いた。このまま失言を聞いてやってもいいが、もう十分すぎるほど馬脚を現した小物ににっこり笑う。
「お前も気付いたか?」
あまりに簡単すぎる推理に、リアムも笑みが零れた。
「違うもんな、コイツ」