200.まさかの増援あり
南の兵士達を呼んで「きちんと分けるように」言い聞かせたが、喧嘩を始めたので食事を取り上げた。ひとまずリシャールが居ないと纏まらないので、彼を条件付きで解放する。
「キヨ、甘いのもいい加減にしろ。寝首をかかれてからじゃ遅いんだ」
ライアンが珍しく声を荒らげた。叱られながら、こういうのも悪くないと思う。盲目的に慕って従ってくれるのも悪くないけど、叱ってくれるのはオレを心配した証拠だった。居心地の良い空間を作ってくれるジャック達を見回し、ちゃんと条件を説明する。
「条件付きだから問題ないんだ。暇してるブラウに、この青年の監視を頼む。つまり人質ってわけ」
「人質の価値があるのか?」
サシャが不思議そうに青年を見る。王侯貴族じゃないし、上司でもない。雇い主ですらない部下がどうして役に立つ? そんな疑問にも丁寧に答えた。
「オレを狙った条件が、コイツの病気の弟だっけ? のせいだろ。逆に考えるなら、コイツを見捨てられるならオレに逆らう意味がない」
養子だけど北の王族だぞ。北の国を怒らせてまで、オレを人質にする価値があるんだろう? 彼らにとって仲間はそれだけの価値がある。
オレの説明にジャックが大きな溜め息を吐いた。それから首が折れそうな勢いで撫でられる。明日の朝、寝違えたみたいに痛くなったら、ジャックのせいだ。むっとしながら手から逃れた。
「そういう計算は出来るのに、どうして自分の危険は計算できないんだ? 危ないからやめて欲しいんだ。わかるか?」
「うん」
ジャックの言いたいことは分かる。オレが無茶ばかりするから、心配して止めようとしてくれた。オレの異世界でのお父さんだから、素直に頷く。
じっと目を合わせて覗き込んだあと、ジャックは両手のひらを空に向けて笑った。
「しょうがねえ。お前の面倒は見てやるから、安心して無茶しろ。でも文句は言うぞ」
「分かった、ありがとう。ジャック、ノアやサシャ、ライアンもいつもありがとう」
お礼を言ったオレに照れたのか、ジャックがぼそっと指摘した。
「それと、病気の弟じゃなくて妹だろ」
「その辺は重要じゃないから」
言い返したオレに、「このっ、生意気言いやがって」とジャックが抱き上げて肩車された。ここは木が近いから怖いんだぞ。頭打つかと思った。でも子供扱いもいい加減慣れて、今は心地よい。
子供の頃をやり直してるみたいだ。
リシャールが間に入ることで、食事の分配は問題なく行われた。捕虜にした襲撃犯にも食事を与える。さすがに襲撃犯を自由にする気はないので、逃げられないように縛ったままだった。
顔に傷があるゴツいおっさんによる「あーん」で食べさせられ、ゲンナリして項垂れている。食事抜きより、精神的に堪えたみたいだ。これはこれで拷問かもしれない。
土産だと果物持参のレイルが合流する。情報屋の肩書きだが、本当に神出鬼没だった。オレの居場所は赤いピアスで筒抜けだけど。
「おれなら絶対に御免だ。絶食するぜ」
心底嫌そうに口を開いたレイルに、ジャックがげらげら笑い出す。ツボに入ったのか、腹を抱えて笑うジャックの眦に涙が滲んだ。もう苦しそうだけど、放っておこう。明日腹筋が痛くなるぞ、それ。
溜め息をついたオレの肩を叩き、レイルが情報が2つあると指で示す。頷いて少し距離を置いた。心得ている傭兵達は、周囲を警戒するものの離れてくれる。
「何かわかった?」
「良い話と悪い話。ひとつずつだ」
「どっちでもいいよ」
最終的に2つとも聞くのは確定事項だ。ならどちらから聞いても、答えは同じだった。
「ふーん。ひとまず……南の国に東から増援が入った。王都周辺に陣を築いて防衛するつもりらしいぞ」
こっちが悪い話ね。頷いて次の話を待てば、レイルは煙草を咥えて舌打ちした。
「湿気ってやがる……ああ、悪い。もうひとつも増援だ。シフェルは動けないんで、クリスティーンが騎士団と有志の兵を連れて明日にも合流予定。お前を狙ってる貴族の情報付きだ」
「は?」
間抜けな反応をしながらも、レイルの煙草に手を触れる。少しだけ指先に魔力を込めて、乾けと念じた。気をつけないと燃やしてしまうので、熱を直接かけるのはやめておく。
「サンキュ」
礼を言って火を着けたレイルが吸い込む。自分でも麻酔効果のあるハーブだと言ってたが、中毒性があるんじゃなかったか? コイツ、もう中毒患者じゃん。
「有志の兵って何」
「竜殺しの英雄で、孤児を救う聖者様なんだとさ。祭り上げたウラノスの工作のおかげで、お前は中央の国の有名人だぞ。御殿でも建ててもらうか?」
「やだよ、似合わないもん」
知らない間に有能な女宰相は、あれこれと裏で動いてくれたらいし。にしても、オレを看板にしなくてもいいだろう。見栄えならシフェルでいいし、王族ならシンでも構わなかった。まあ、柵がない異世界人という便利なカテゴリーは、使い勝手が良いのか。
「そんなに集まらないだろ」
「それが驚くほど集まって、抽選になった」
集めた兵が戦場に抽選で出られるって、オレなら外れることを祈る話だが……話を聞く限り逆だ。当たったら「よっしゃ!」と拳を突き上げる姿が想像できた。
「責任取れないけど……」
「誰も期待してねえよ、そんなん」
くしゃっと顔を崩して笑う。レイルのこういうところ、突き放した感じの優しさが好きだ。歳の離れた兄がいたら、きっとこんな感じだと思った。
煙草の煙をオレに吹きかけない気遣いを見せるレイルが、一瞬顔を顰める。背中を気にする素振りはすぐに消えた。首をかしげ、迷ったが問うことにする。こそこそ探るのは気が引けた。
「背中、何かあるんだろ? 教えてよ」
「……何の話だ」
「言わないなら、シンお兄ちゃんに聞くけど」
オレが「お兄ちゃん、教えて」と言ったら、国家機密まで口にしそうな義兄の存在を匂わせる。
「くそっ、目敏いな」
僅かな仕草だけど、気づいちゃったんだから聞きたくなる。何か嫌な記憶に繋がってると察したけど、そこは気づかないフリさせて欲しかった。子供は素直で残酷な生き物だからね。
オレがこの世界に来て、最初に銃をくれた。生きる方法を与えてくれて、暴走した時も探して走り回り、怖いのに前に立ちはだかる――金目的じゃ、そこまでしてくれないのは、世間知らずのオレだって理解する。
孤児を拾うお人好しだから、冷たいフリして懐に入れた子猫に優しい男なんだ。ずっと子猫でもいいけど、出来たらレイルが困ったときに力になれる従兄弟でいたい。生意気にもそう考えていた。だって出世払いだと言いながら、支払いを催促しないんだぜ?
情報屋で食ってるくせに、こんなに無料奉仕するお人好しだった。知らなかったと後悔するのは、絶対に嫌だ。
「誰にも言うなよ。ガキの頃の古傷の痛み止めだ」
ウィンクして茶化した口調を作るが、その言葉に嘘はない。そう感じた。ただ深刻に事態を捉えていないのもわかるし、オレに同情させてくれる気なんてなさそうだ。
ガキの頃……つまり北の国を追放された前後の話だと思う。王弟の息子として、罪人扱いされたときに傷を負ったのか。古傷が今でも痛いのは、心理的な影響が大きい。つまり触れちゃいけない傷跡って意味だった。
「ふーん、レイルはおっさんなんだ?」
「このっ! 言いやがったな、まだ従兄弟のお兄さんだぞ」
「ギブっ、うわああ」
首を絞める仕草で転がされ、両手を挙げて降参する。一瞬だけ視線を合わせて、互いになかったことにした。立ち上がって埃や草を払っていると、呆れ顔のノアが近づいてきた。
「何やってんだ、キヨ」
「ん? ああ、連絡しとくよ。援軍が来るってさ。指揮官はクリス」
「今頃、か?」
手柄だけ奪いに来たんじゃねえか。そんな口調で後ろからジャックが距離を詰める。傭兵にしてみれば露払いをさせられた気がして気分が悪いのだろう。確かに危険度はそれなりだったが……。
「オレがっ、いた、から……楽、できたろ?」
自分で言いながら笑ってしまった。腹を抱えて告げた内容に、ライアンが「まあな」と相槌を打ち、レイルが辛辣な一言を放った。
「お前じゃなくて、聖獣のお陰だろうが」
「違いない」
サシャのトドメで、オレは今度こそ尻もちついて笑い出した。




