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199.食事の順番は揉める

 帰還して合流したジークムンドやレイルと野営地に戻れば、ノアが慌てて駆け寄った。肩を掴み、首が取れそうなほど前後に揺すられる。


「ちょ……なにっ」


「キヨ、酢を出せ。黒いやつだ」


「ん……? 黒酢?」


 こいつら最初は酢を嫌ってたくせに。ノアの手を解いて、収納から黒酢を出す。黒酢炒めを作った後は、保管していた。たまにドレッシングに入れたりした程度なので、意外と余っているのだ。


「よし、これで炒めるぞ」


「黒酢炒めになったの? 他は……」


 透き通った塩味っぽい骨と肉のスープ、パン、大量に串を刺した肉、以上。いや異常だ。肉ばかりじゃねえか。栄養が偏ると言っただろう! むっとしながら見ると、渡した野菜はざく切りにされ、少量の肉脂と一緒に並んでいた。


 脂身の部分が勿体無いので、肉に味付けながら炒めようということらしい。サラダ代わりか。確かに生野菜を嫌う傭兵には、炒め野菜の方がいい。食中毒防止も兼ねて、加熱は野営の基本だった。


「黒酢はどのくらい入れるんだ?」


 ノアがすこし垂らして味見するを繰り返しているので、横から手を出した。


「このくらい」


 どぱっと思ったより入れる。先に小麦粉を塗した脂身が熱せられた巨大鍋は、一気に水蒸気で見えなくなった。酢が蒸発した湯気って目に滲みる。しっかり結界で遮りながら、そこへ野菜をどさどさと大量投入する。


「そんなに入れるのか」


 咽せながら確認したノアに肩を竦め、炒める役を交代した。手が疲れるので、普段はブラウに風で鍋を揺すらせている。


 コウコは慣れた様子で鍋の下の火加減を調整し、スノーが隣で果物を冷やし始めた。氷水を溜めて冷やす方が、冷気を当て続けるより早く冷えるのだ。熱伝導だか、理屈はよく知らないけど。


 あっという間に作られる食事に、手の空いた傭兵が食器を準備した。この辺は言わなくてもやってくれるので助かる。手伝った方が早く食べられるから、彼らも文句なく手を出す。戻ったばかりのジークムンドも手を洗って混じった。


 どことなくジークムンドの機嫌がいいのは、皆に「酸っぱい」と嫌厭された地元の調味料が受け入れられたためか。出来上がった料理を並べ、大量にあるスープや炒め物の鍋を選んで避ける。


 彼らも慣れているので、何も言わずに余分に作ってくれた。食器によそわれた黒酢炒めは食欲を誘う匂いで、刺激された腹がぐぅと鳴る。夏の梅干しみたいに唾液が溜まった。


「では、恵みに感謝して……いただきます!!」


「「「いただきます」」」


 一斉に食事を始める彼らをながめ、少しだけ手をつける。それから後ろの鍋から専用の器によそい、聖獣達にも与えた。


「ちょっと向こうに行ってくるわ」


「おう? 後でいいんじゃねえか」


「ボスも先に食べろ」


「俺らが後で運んでやるからよ」


 傭兵として厳しい現場で生きてきた彼らにとって、食事の時間は最優先だ。食べられるときに食べ、眠れるときに寝る。当たり前のことで、捕虜は後でいいと暗黙のルールがあった。


 食事なんて捕虜に与える必要はない。そのルールでさえ、彼らはこだわった。だからオレ達と同じタイミングで食べさせるなんて、贅沢だと思ってるのかも。


「あのさ、オレがやるんだからいいじゃん」


 お前らの時間を削ってるわけじゃない。個人的な感傷みたいなもので、他人が腹空かせて羨ましそうによだれ垂らして見てる前で、おいしそうに食べるのが気分悪いだけ。先に食べさせたからって、主従や捕縛された立場が逆転するわけじゃない。


 この世界じゃ生温い考え方だろうけどさ。むっとしたオレの口調に、ジャックがぴたりと食事の手を止めた。


「キヨが食べないなら俺も後だ」


「じゃあ俺も」


 数人がそう言って動き出そうとするから、溜め息をついて座り直した。


「わかった、食べてから行く。それでいい?」


 無言で頷く彼らは、再び食事に手をつける。南の兵と捕虜の分は分けてあるけど、すごい勢いでお代わりが連発された。飢えてる感がすごい。


『主殿、茄子が入っておらぬ』


 前に作った茄子の黒酢炒めを思い出したのか、食べ終えたヒジリが茄子を強請る。言われて思い出すと、茄子を少ししか出してなかった。だって、サラダだと思ったんだもん。炒め物にするなら、紫キャベツもどきも出せばよかった。明日のスープかな。


 ついつい明日の献立を考えながら、聖獣のお代わり専用の大きな皿に乗った炒め物をごそごそ探る。茄子を乗せてやろうと思ったのだが、これってマナー違反だよな。迷い箸? 探り箸? 忘れたけど、祖母にめっちゃ叱られたやつだ。


 偏って乗せてやり、今度はコウコのお代わりから硬いニンジンを除く。ピーマンに似てるけど中身が詰まった野菜を横に避けるブラウの皿に、スノーが手を突っ込んで食べていた。ここは問題なさそうだ。


 スノーは野菜や果物中心なので、肉のスープを残してブラウに分けていた。小さな手で入れ物をひっくり返すのは危ないから……注意して世話を焼く間に、傭兵達は食べ終えたらしい。


「キヨ……なんか、親みたいだな」


『聖獣にとって主人は親も同然よ』


『魔力ももらうし、こうして食事も』


 コウコとスノーが話すのを聞きながら、はっとする。いけね、末っ子の馬忘れた! マロンはまだドラゴンのところで見張りをしてるんだろうか。馬だから足元の草でいいのか? 一応聞いて食事を出すか。


 大急ぎで自分の皿の残りをかっこみ、頬をリスの様に膨らましたまま「ほひほーははぁ」と声を出した。


「行儀が悪い」


 ノアに叱られ、ジャックと2人がかりで両側から頬を押される。結局頬張った分を食べ終えて、改めて両手を合わせる羽目になった。これが「急がば回れ」か!


 ご馳走様と改めて言い直し、果物片手のスノーの横を通り過ぎる。コウコはスノーに付き合うらしく、追いかけてこなかった。ヒジリはのそのそ歩き出し、足に首から肩にかけてを擦り付ける。


「マロン、悪い。見張りありがとう!」


 やっぱり足元の草を食べていた。他の聖獣がしっかりご飯食べたので、さすがに悪いことをしたと眉をひそめる。彼の器に野菜炒めを乗せて差し出すと、しばらく匂った後で口をつけた。


 酸っぱいのは聖獣なら問題ない。もそもそ食べる彼の速度が途中から早くなる。味は気に入ってもらえたらしい。食べ終えたマロンはご機嫌だった。馬の尻尾があんなに左右に振られるの、初めて見る。


『ご主人様、ドラゴンを一時的に解放しようと思うのです』


「呼び戻せるならいいよ。あ、ヒジリ。彼らを治せる?」


『……後で使うのであったな』


 仕方ないとぼやいて前に出るから、舐めるのかと思ったら魔法陣でドラゴンを包んで治癒する。光が消えた頃には、破いた羽も元どおりだった。


「ヒジリ、気のせいかな。舐めなくても治せるの?」


『当然であろう』


「じゃあ、なんでオレは毎回舐められるんだよ」


 必要がない行為じゃないかと抗議すると、ヒジリは髭をピンと張って言い放った。


『舐められないなら、今後主殿の治療を拒否する』


 ぺちっと軽く叩いたものの、承諾するしかない。なんて不遇な主人なのか。主従が逆転してないか?


 少し長い草の間を歩くオレの肌は、あっという間に虫に喰われて赤くなっていく。気付いたマロンがひょいっと襟を咥えて背中に乗せてくれた。おかげで足が虫の餌食にならなくて済む。ぽんと彼の首筋を叩いて礼を口にした。


「サンキュ、マロン。後で回収できるならドラゴンは離していいよ」


 餌を探すのも大変だし、好きにさせておいて使う時だけ呼んでもらおう。卑怯な作戦に、マロンが甲高い鳴き声をあげた。途端にドラゴン達はあたふたと散っていく。


 騒がしい空を見上げると、鳥があちこちに飛んでいた。ドラゴンが飛翔したことで、驚いたのだろう。こういう鳥が襲ってくる映画あったな〜、怖いやつ。


『主人、持ってきてあげたわ』


 後ろから偉そうなコウコの声がして振り向く。手がないのにどうやって? と思ったオレの前に傭兵達が鍋や器を抱えて並んでいた。オレがいない間に、傭兵の指揮官は赤蛇になったのかな。

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