198.マロンの新しい能力(1)
「オレの作戦に文句があれば残っていいぞ」
にやりと笑って突き放すと、最初に降参したのはジャックだった。両手を上げて「降参」と呟いた彼に、ノアとサシャが続く。ライアンも木の上から飛び降りて頷いた。
二つ名持ちが次々とオレについたことで、顔を見合わせたジークムンド班の連中も諦めたらしい。そもそもお前らに被害を出さないための作戦だからな? オレだけなら、そう……ドラゴンの上に乗って「この国はオレの配下にする」って悪魔みたいな言葉吐いてみたかったんだ。
「あの……僕達はどうしたら……」
トップのリシャールが捕まったので、副官だか補佐官だか分からない青年が顔を見せた。彼らにしてみたら、リシャールが突然オレにナイフを突き付けた事件は、晴天の霹靂だ。
ただでさえ味方の数が少なく、明らかに傭兵部隊の方が強い状態で、捕虜よろしく王都へ進軍中だった。オレの味方をすると言い切ったリシャールが反逆した状態で、自分たちが切り捨てられる心配をしたのだろう。
こんな森の中で食料も武器もなしで放り出されたら、確実に魔物の餌である。南の国で支給された粗末な銃を握る彼らは、必死だった。
「リシャールの行動は承知してると思う。だから君達は――」
「まて、彼らは関係ない!」
後ろで叫んだリシャールに、ノアが猿轡を噛ませた。捕まえた時点で手足の拘束しかしてないのは、誰だ? あとで叱っておかないと。
「ひとまず、あのテントとベッドで休んでてくれる? あ、料理が出来たら分けるから」
傭兵と違い、南の兵は森の中の進軍に慣れていない。訓練はしただろうが、彼らは寄せ集めだった。森の中を歩く際に足音を立てる時点で、失格なのだ。そんな連中が疲れていないはずはない。
「え? 休む、んですか」
「そう。明後日くらいまで、ここで野営だから。動く予定ないからケガ人いたら申告して。サシャ」
名を呼ぶとサシャがすぐに駆けつける。果物の皮を剥きながら包丁片手なので、いまいち迫力ないが……これでも有名な傭兵なんだよな。彼の肩を叩き、引き合わせた。
「このサシャがケガ人の管理ね。食事はこっちで作るから、取りに来て」
「はぁ」
「今のところ、これ以上反抗してこなければ何もしない。次に攻撃したら……容赦しないけどね」
にっこり笑って副官らしき青年を戻した。無事に帰ってきた仲間の肩を叩いて喜ぶ彼らは、オレの言葉に聞き耳立ててたんだろう。数人がこちらに頭を下げた。
「捕虜はどうする?」
「普通に扱うよ。だってまだ使うもん」
オレの発言に、傭兵達は反論しなかった。逆に強面連中がにやりと笑ったので、リシャールがビビってるぞ。
オレは使うと言ったら、どんな物でも者でも使うぞ。コネや金で動かせるなら遠慮なく利用する。そんな主義を知ってる連中は、さすがに付き合いが長くなってきたので理解したようだ。
「で、ドラゴンを操れる聖獣は誰?」
ヒジリは目を逸らす。ブラウは欠伸し、コウコは『本当に?』と不安そうだ。この場で一番突き抜けた反応を見せたのはスノーだった。
『マロンですよ』
金属で鍋や包丁を作る以外にも能力があったらしい。操れる……もしかして、ドラゴンを追い立ててきた時も使ったのか?
夕暮れが近づく空が赤く色づき始めたため、順番を組み立てる。
食事の用意、南の兵達のテント確認、ドラゴンの洗脳についてマロンと話し合って、いけね……リシャール達の扱いも決めなくちゃ。
レイルがシフェルが動いたって言ってたし、ここで数日動かないと、懸賞金目的の連中も押し寄せるから担当を決めて。
やることが多過ぎた。溜め息をついて、それぞれにサブリーダーを作ることにする。
「おーい! 担当者を決めるぞ!!」
ぱっと手元の作業を止めて集まるあたり、傭兵達は仕事になると頼れる。公私の区別の付け方がえげつない。
「食事はノアに任せる。向こうのテントやベッドの確認と管理はサシャ……でいいか。ケガ人の関係もあるから、誰か補佐に入って」
「俺がいく」
ライアンが名乗りを上げたので頷いた。
「リシャール達の監視は」
「任せろ」
ジャックが声と同時に拳を突き上げたので、見張りだけだと言い聞かせた。気合が入ってる時のジャックは危ない。渋々頷いてる様子から、オレが消えたら何する気だった? 気付いたら折れてたとか言って足をポキっとやりそうだ。
「絶対に手を出すなよ。傷が増えてたら、ジャックの責任だからな!!」
しっかり念を押した。信頼に足る人物なんだが、ある意味一番危険かも知れない。オレを保護対象と見做してるから、害を為すと感じたら排除に走る――あ、ヒジリと同じタイプだ。
「ええ?! 逃げようとしたらどうするんだ」
「逃すな」
ぼそっと返したら、また悪魔だと罵られた。頑張ってるのに、オレへの評価酷くねえ?
足を折らずに、これ以上殴らずに逃さず確保。たったこれだけだろう。そんなに難しい注文つけてないし、立候補したのはジャック自身だからな。
さらに日差しが傾いて、見える景色が赤一色に染まった。不吉なくらい赤い夕焼けに、傭兵達が不安げに空を見上げる。
パンと手を叩いて、オレは彼らの意識をこちらに集める。それから大量の食材を収納から取り出し、傭兵達に放り投げた。慌てて受け取る連中があたふたしてるのを見ながら、さらに重い塊肉も投げる。
「ちょ! ボス」
「食料なんだから、もっと大切に」
「あ、落ちるぞ」
「そっちで受けろ」
騒がしい連中は、さきほどのフラグめいた不吉な感覚を忘れて走り回る。全部渡し終えると、多すぎたかもしれないと苦笑いした。反応が楽しくて、つい出し過ぎた。
「それじゃ、調理よろしく」
「「「おう」」」
料理慣れした熊属性やら当番をすることが多い奴が返事を寄越す。ひらひら手を振って歩き出したオレの首筋を、ひょいっと咥えた黒豹が背に乗せた。一回転させられて乗るのも、二度目だと恐怖心は薄い。コウコがヒジリの足を伝ってオレの腰に絡み付いた。
蛇革のベルト――これは絶対に口に出せない。しかしニヤリとした青猫は何か察しているようだ。ウィンクして通じる異世界知識で頷きあう。前にシフェルに尋ねたら、爬虫類の皮は装飾品として一般に流通しないと言われた。聖獣が2匹も爬虫類だから仕方ないのかも知れない。ドラゴンからたくさん取れそうだけど、倒せる奴も少ないので無理か。
とてとてと短い足で歩くスノーが駆け足になったところで、ヒジリが彼を咥えた。捕食される獲物に見えるのはオレだけか? スノーは小さな声で礼を言うと、大人しく咥えられている。ブラウが咥えたら、スノーは全力で暴れたかも……そう思って肩を震わせた。
森を戻る形で進めば、すぐにドラゴンが見えた。マロンが得意げに嘶き、興奮した仕草で前脚を持ち上げる。ナポレオンの肖像画みたい。あれは白馬だったけど。
「マロンにしか出来ないお願いがある」
お願い、と両手を合わせて頼むポーズをすれば、嬉しそうに長い首を縦に振った。ちょっとツバも飛んでるが、ここは抗議しない。機嫌を損ねられると困るから、後で浄化しよう。
『ご主人様の命令なら、何でも』
「本当? やっぱりマロンは頼りになる。あのね……そのドラゴン達を洗脳して王都襲撃させたいんだけど」
『え、魔王がいる』
マロンが顎の外れたような口を大きく開いた顔を見せた。こぼれた言葉に後ろを振り返るが、離れた場所にテントが見えるだけだ。もう一度マロンへ視線を戻すと、彼と目が合った。
「え? オレのことじゃないよな?」
自分を指差して尋ねると、そっと目を逸らされる。言葉以上に明確な返答だった。
くそ、ついに魔王に昇格かよ! いや、昇格じゃなくて降格……どっちでもいいや。そんなに非道な作戦なのかな。
この世界に毒されたと思ってたのに、オレの方が毒を撒き散らしているらしい。今更ながらにそんな思いが過った。この場にシフェルかレイルがいれば「今更?」と指摘され、ダメージはさらに深くなりそうだ。




