196.泥沼の情報戦
病気の妹や年老いた母。人質を取られた彼らを見捨てるのを待ってるなら、オレが動けば彼らはどうする? こちらが悪いと一方的に責め立て、士気を高める気だろう。
中央の国の侵略だと吹聴し、人々の怒りを高める。仮想敵国を作り出す気だった。そう考えながら、レイルに声をかける。
「なあ、情報操作って得意?」
「それなりに」
何かやらかす気だと気づいたレイルが、にやりと笑う。悪ガキみたいな共犯者の顔で、互いの右手を握り合った。
「オレは正義の味方だと思うんだ。聖獣コンプリートしたし」
「正義は立場により異なるぞ」
「ふーん、レイルでも同じことするくせに」
同じ立場なら、南の国の人間を煽動して王族を追い落とすだろ。確信を持って告げれば、意味ありげに笑みを深める。それは肯定だった。
「貴族の考えそうなことは想像がつくさ。おれも元は王族の端くれだ」
「奇遇だな。にわかだけど、オレも王族なんだ」
にやにやしたレイルの言葉に、彼も同じ結論に達したと理解した。貴族連中はオレ達を悪者にしたい。南の兵に仕込みをしたのは、負けかけたときの保険だった。中央から来た連中に潜り込ませ、中で騒動を起こさせるための起爆剤として。その保険が役立ちそうな今、すでに王都はあらぬ噂が広まっているだろう。
中央の国の兵士が攻め込んで、辺境の街を壊滅させた。オレ達は南の兵士を捕虜や盾として利用し、南の国を滅ぼそうとしている。だから戦わないと殺されるぞ――そう言われたら、人々は必死で歯向かうだろう。
なら、逆の情報が流れたら?
「呪縛から解放して、自由にしてやる」
「さぞ喜ぶだろうな」
南の王侯貴族の横暴は、民だって承知している。出来れば王族を交代したいはずだ。土地との契約があるから王族を殺せない。だが、オレは聖獣の主だった。
オレがいれば、新しい王族を選定できる。しかもこの南の国の聖獣であるマロンを従えていた。逆らう余地はないんじゃないか?
宗教という概念がないこの世界で、唯一の崇拝対象が聖獣だった。そんな聖獣をすべて従えたオレは、どの国の王族より上に立つ。気に入らない王族を消し、新しく選んだ手駒を王族に据えることが可能なのだから。
逃して言葉にしない部分を察したレイルが、煙草に火をつけた。独特な甘い香りが漂う。麻酔効果のあるハーブを楽しみながら、彼はついでのように残りの情報を口にした。
「シフェルが動いた。宰相と一緒に貴族への根回しだ。東は篭城戦の準備で、備蓄を増やしてるぜ。傭兵もかき集めてるってよ。あと……」
勿体ぶって、レイルは煙を吐き出す。
「シンが頼って欲しいとさ。何か無茶を言いつけてやってくれ。後は黒髪のお姫様からの預かり物だ」
ちゃんと渡したぞ。念を押しながら渡されたのは、青い宝石が輝く黒い絹の紐だった。戦場にいる恋人に己の髪色や瞳の色を使った編み紐を送るのが流行っている、そう教えられて顔が綻ぶ。
「可愛いなぁ。本当にリアムって最高」
「今の言葉以外に何か、伝えたいことはあるか?」
中央の国へ一度戻るようだ。伝言があれば預かると言われて、少し考えてしまった。咄嗟にカッコイイ言葉が出てこない。
「愛してる、すぐ迎えに行くから……くらい言ってやれよ」
くすくす笑いながら揶揄うように告げるレイルへ「オレの前に言うなよ」とぼやく。そんなやり取りを邪魔する物音が響いた。
さっと地面に伏せたのは、物音が銃声だったからだ。地面を伝う足音は、オレらを探す傭兵だろう。
小さく口笛を吹いて位置を知らせ、少し離れた茂みに飛び込んだ。広い範囲を検索するため、魔力感知の方法を変更する。魔力節約の網目を張り巡らすオレは、左に感じた敵に向けて銃の引き金を引いた。
乾いた音の直後、太腿を赤く染めた男が両手を上げて武器を捨てる。投降する意思を示す男に、オレは眉をひそめた。
おかしい――この程度のケガで投降するなら、なぜ傭兵集団に銃撃を仕掛けた? 他の銃声が聞こえないのも変だ。この男1人の単独犯?
「……ああ、言い忘れたけど」
ぼそっとレイルが付け加える。まだ煙草の火を消さない余裕ぶりだった。煙と匂いで居場所バレるのに、それでも勝つ気だろう。実際大した敵じゃなかったけど。
「貴族連中が連合組んで、お前に懸賞金を懸けたぞ」
「――それって、喫緊の最重要情報じゃね?」
どう考えても、アホ貴族に躍らされた連中の襲撃じゃねえかよ! 茂みの近くに銃弾が撃ち込まれるが、魔力感知を切り替えて波紋にしてみた。驚くほどいるじゃん……。
「魔力が少なすぎると、魔力感知に引っかかりづらいんだよな〜。ったく、面倒くせぇ」
ぼやきながらレイルが周囲の様子を窺う。巻き込まれた形だが、ちゃんと銃を抜いてるあたり、オレを襲う連中を迎撃してくれるつもりだ。
感動しながら、銃を3つも引っ張り出した。全部弾込め終わってるから、これで50発くらい行けるか。オートマの銃は便利だ。
かちっと安全装置を外し、遠慮なく撃ち込む。人に銃口向けたんだから、多少のケガは我慢してもらおう。
『主ぃ、手伝うぅ?』
「手伝わないという選択肢はないだろ」
『どっかで聞いたなぁ……』
思い出せないと唸りながら、足元から飛び出した青猫が巨大化する。銃弾が数発撃ち込まれるが、風が弾いて足元に着弾した。爪先ぎりぎりだからな!!
「うぉっ! ふざけんな、ブラウ! 跳弾した弾がこっち来……え?」
文句言いながら立ち上がってしまい、がちゃっという金属音と同時に大量の銃弾を浴びた。これが集中砲火ってやつか。結界できっちり弾きながら、慌てて茂みにしゃがむ。
ん? ここらにレイルいなかったっけ?
『主殿、赤毛から伝言だ。頑張れ、だったか』
黒豹ヒジリがのそりと身を起こした。彼も普段の黒豹サイズから巨大化して敵を蹴散らす気らしい。聖獣がついているとビビらせる目的もあるようだ。ヒジリの姿を見るなり、悲鳴をあげた数人が逃げ出した。
「キヨ、首を下げろ」
言われた通りに身を低くすると、ライフル弾が頭上を飛んでいく。ライアンの援護だ。彼を守るため、サシャが銃を構えてライアンの近くに控えた。腕のいい狙撃手は貴重で、さらに狙われやすいからな。連射出来ないのがライフルの欠点なんだよ。
「殺すなよ」
一応声をかけたオレの隣に、ずざーっと音を立てて滑ってきたノアが「何でだ?」と尋ねる。ケガひとつない二つ名持ちの傭兵達は、それぞれに配置についていた。
この辺は兵士と違って勝手に判断して動くから助かる。少し先の茂みにジャックの気配を感じた。近づくヴィリの手元にあるの……あれ、爆弾だろ。
「ヴィリが……っ」
「ああ、問題ない。煙と光、多少の釘だけだ」
「ちょっ」
問題だらけだろ!! 最後の釘はなんだ? 尋ねる前にヴィリが投げた爆弾が放物線を描く。手榴弾に似た塊は、オレが両手で掴むくらいあった。投げる腕力の凄さは感心する。
ドンっ!! 激しい振動と音、衝撃が広がってあちこちで呻く声が聞こえた。かなり効果的だったのは認める……悔しいけど。
慌てて確認すると、ほとんどの敵が点滅していた。ケガ人多発だ。まだ警戒しながら集まってくる傭兵に、ジークムンド達がいない。
「ジークは?」
「ああ、レイルの情報戦の手伝いを頼まれてついてった」
オレ、司令官だよな? 侵略の指揮をとる、一番偉い人のはずなんだけど……部下は勝手に動くし、扱い酷くないか?
「キヨ、忙しいから手伝ってくれ」
くそっ、もう情報関連はあっちに任せた! どうせ現場の人間だよ、動くのがむいてるよ!! 心の中で文句を言いながら、大股に傭兵を従えた姿に、南の兵士がざっと避けた。危険人物認定されたが、これで兵士の離反は減るだろう。
『主人、襲撃者を集めてきたわ』
『僕もです』
コウコとスノーが得意げに「褒めて」と告げるので上空を見ると、大木より高い位置で吊り下げられた連中が泣き喚く。いい大人がみっともない、そう思うより早く合掌した。




