194.ドラゴン襲撃
破られた翼に悲鳴をあげたドラゴン達の目が怒りに揺れる。傷つけられた痛みと、大切な翼を奪われた怒りで突進してきた。
「ちくしょう!! やっぱこっちか!」
なぜかオレに向かって――翼を傷つけたのはヒジリなのに、スルーされた。くそっ、絶対にこの中で一番弱そうな奴を選んだだろ!!
ごつい傭兵も強い聖獣も避けたドラゴンに、集めた冷気を凝らせる。近づいたら氷を突き立ててやる!!
翼が破れた状態では高く遠く飛べないドラゴンが、ぐぅと呻いた。喉を膨らませる姿は、たぶんブレスを吐こうとしてる。氷の槍を盾に変更するか、今ある結界を広げるか。迷ったのは一瞬だった。
結界を広げる方が早い。それに集めた冷気がもったいないから、ここは攻撃に使うべきだろ。魔法はイメージが大事だから、過去に遊んだゲームで青光りする氷の槍を具体的に思い浮かべた。ごそっと魔力が抜ける。
「貫け、アイス……なんたら」
名前が出てこなくて、必殺技がカッコ悪い名称になったが、氷の槍が大量にドラゴンを突き刺した。複数の槍を束ねて柱にし、彼らを凍らせて行く。ドラゴンって、スノー達と一緒で冷たいと動きが鈍くなるはず。
ぐぎゃあああ! 断末魔のような悲鳴をあげたドラゴンが、地面に縫い止められて暴れた。地響きがするものの、槍を抜いて逃げられる余力はない。
まとめて倒したが、1匹がじたばたと飛んで逃げるのを見送る。追いかける気力なんてなかった。
ほっとしながら尻餅をつくと、後ろでマロンが襟を咥えて起こしてくれた。親切は嬉しいが、余計なお世話だ。今は座らせてくれ、ただ眠いわ。
『さすがは主殿よ、ケガを治そう』
ああ、そういやヒジリは勘違いしてたっけ。近づいた黒豹が肩の絆創膏もどきを剥いで……動きを止めた。
「ああ、うん。なんつうか、その……噛んだのはマロンなんだ」
『…………』
無言になったヒジリだが、ひとまず傷を治すことにしたらしい。ぺろぺろと舐めてくれた。絆創膏もどきより早く痛みが引いて行く。
『それで、マロンはどこへ行ったのだ?』
治療を終えたヒジリの声に、オレはけろりと返した。
「後ろだろ」
「馬ならすごい勢いで走ってったぞ、空を……」
指差した先はすでに馬の尻尾すら見えなかった。きょとんとしたオレの前に、ブラウがぺたんと座る。
『魔力もらって、興奮しちゃったのかねぇ』
呆れたと呟くブラウの言葉が妙に引っ掛かった。
「興奮しちゃうのかよ、オレの血だぞ」
麻薬成分でも入ってるのか? 首をかしげると、ヒジリが何でもないことのように教えてくれた。そういう大切な話は契約した時か、契約前に教える物だと思うけどね。オレに関することなのに、後から知ることが多すぎた。
『主殿の血と魔力は、我らの封印を解いて活性化させるゆえ……マロンも喜んだであろう』
「封印を解いて、活性化……」
やっぱ麻薬扱いじゃん。何それ、怖い。
『文字通りだよ。僕らの力は普段封印されてるんだ。契約者はストッパーで解放者で、ついでに餌なの』
『我は主殿を餌などと思ったことはないぞ!!』
しょっちゅう噛まれてるけどね。餌扱いはしてないと……それ以前の問題として、やっぱり契約の時に説明すべき重要事項だぞ。
「聖獣の契約者がよく噛まれるのも、それを羨む王侯貴族が多いのも、魔力や血を得るための手段を勘違いした結果か」
リアムが羨ましいというから噛ませたけど、彼女は契約者じゃないから、ヒジリに力を与えることはなかった。つまりオレをよく噛むヒジリが一番能力を解放してる。合ってるよな?
「そういう意味があったのか」
「ボスの趣味だと思ってたぜ」
好き勝手言う傭兵を手で追い払い、戻ってきたコウコとスノーを見つめる。確かに彼らも最近は能力が高くなったし、強くなってる気がした。それはオレの血や魔力を近くで回収しているから、だとすれば。
「一緒にいる時間が長い聖獣ほど、強いって解釈は正しいの?」
『およそ合ってる』
ヒジリがヒゲをぴくぴくさせながら、肯定した。聖獣を解放するのは契約者の血や魔力で、それを得るために契約する。でも滅多に契約しないってことは、相性のいい魔力や血でなければ役立たないのかも。この辺は彼らも本能で選んでそうだから、説明を求めても仕方ないか。
「あれ? 聖獣に噛まれるのは名誉だって言ってなかった?」
ヒジリがよく口にしてた言葉だ。リアムを噛むように頼んだ時も、そんなこと言ってただろ。魔力の供給だなんて聞いてない。
『名誉であるぞ。何しろ契約者の証明ゆえ』
「あ、そう言う意味」
聖獣と契約することが名誉で、噛まれるのは契約者だという意味になる。イコールで結ぶ「聖獣と契約」「噛む」「名誉」が並んだ状態で、話を省略した結果が、ヒジリの説明だったのだろう。
ぐるりと4匹の聖獣を見回し、納得した。全員、オレと契約してから新しい力を見せてる。
出会った頃のヒジリは治癒をすぐに使わなかった。でもオレと契約した後は治癒してたよな。ブラウもただの猫として転がり込んで、契約してから風の刃を操った気がする。コウコと戦った頃も、爪と半々で使ってたのに今は爪をほとんど使わず、風の刃のみだ。
コウコは操られて暴走してた後で契約したから、炎を吐くのは最初からだ。でも最近のブレスは勢いが強くなった。スノーは契約者のない封印された状態で食べられたから、オレがドラゴンに喰われた時の血を飲んで復活した。そう考えると、契約の意味がうっすらと見えてきた。
「契約した後は魔力を食べ放題とか……ないよな?」
魔力をコントロールするアクセサリーを着けていないのに、魔力制御が出来ると思っていた。あれは逆だ。制御するほど魔力が残されていなかった。契約した聖獣に魔力を喰われたのだ。
唸りながら考え込むオレの肩を、ジャックが叩く。手を払いながら「今忙しい」と答えたオレに、もう一度ジャックが手を伸ばした。珍しいと思いながら顔を上げると、飛んでくる8匹のドラゴンが視界に入った。
ぐぎゃあああ!! 怨嗟に満ちたその鳴き声に、顔が引きつった。さっきの倍かよ、おい。なんでオレばっか狙うかな~。前方にも無力な人間がいるだろうに……。南の兵士も傭兵達も襲わないドラゴンを捕まえても、魔獣と話は通じない。がくりと肩を落とした。
『ご主人様! 獲物です』
得意げに空を駆けるマロンは、逃げた1匹を追い回して奴らの巣を突き、敵を増やして帰ってきたって展開か。足元でじたばた足掻く3匹のドラゴンを睨みつけた。こいつらが呼んだのか? マロンが連れ帰ったのかも。
「……誰か、聖獣との契約解除の方法教えてくれよ」
この阿呆な金馬を解除して、ついでに青猫も放り出してやる。八つ当たり気味に唸りながら、オレは手元に大量の矢を作り出した。鏃まで再現した氷の矢を、操った風に乗せる。弓なんて必要なかった。加速させることも向きを変えることも自由自在だ。
矢が真っすぐに飛ぶのは弓を使うからで、オレの操る風による発射方法ならUターンだろうが、静止した状態からの再攻撃も可能だった。
空中で喚き散らしながら飛ぶ矢に「追尾」を命じて魔法で操る。こういう時呪文が必要ないのは助かる。考えた通りに矢を操るオレは夢中になり、後ろから忍び寄る影に……気づくのが遅れた。
「よし、動くな」
首筋に当てられた刃がひやりと冷たい感触を伝える。びくりと肩が動いたのは、予想外の場所に冷たいものが触れたからだ。
「ボス!?」
「やっぱり敵か」
「よりによってキヨを人質にするとは……」
様々な声が上がる現場だが、傭兵達に緊迫感はない。それどころか「やめとけ」「無駄だ」と忠告まで飛んでいた。オレの結界の威力を知ってれば、当然の反応だ。しかし付き合いの短い彼はこの反応が理解できない。
木の上から狙うライアンの銃口がオレに向いてるのは、跳弾狙いか? 後ろの男を直接狙え、跳弾するとしてもオレが怖いだろ。
「リシャール? 何馬鹿なことしてるんだ」
声でわかる相手の名を呼び、オレはゆっくり振り返った。