12.淡い自覚(3)
2倍……つまり、12歳の外見のオレは異世界に来て縮んだわけじゃなく、竜の属性相応の年齢に変換されたという意味だ。しかも成人後は10倍年を取らなくなる。
そこで指を折って計算してみた。
えっと……10倍ってことは、生まれて100年したら……成人が20歳として、2倍の40歳で成人する。残りの60年を過ごしても6歳しか老けない……つまり最初の100年で外見26歳。
計算あってる、よな。
不安に首を傾げながら、もう一度計算する。たぶん大丈夫だろう。だとすると、オレは年齢相応で24歳だから12歳の外見になったわけだ。
「犬や猫だったら、大人の外見で『転移』したってことか」
「転移、お前は魔法で来たのか?」
互いに首を傾げ合い、その間に侍女が紅茶を注いだ。かなり時間を置いて、それぞれに納得した顔で頷きあう。
「……いろいろ違いがあるのは理解した」
「教えることがたくさんありそうだ」
くすくす笑うリアムに釣られて気持ちが和らぐ。美しい黒髪が揺れるたび、気持ちも揺れる気がした。短くショートに整えた髪は、伸ばしたらどれだけ綺麗だろう。本当に女性なら良かったのに……。
皇帝の婿になれると自惚れる気はないが、異性なら努力したと思うのだ。無駄でも隣にいられるよう必死に足掻いた筈――いや、これから足掻いて隣にいられる『友人』ポジションは狙おう!
「教えてくれる? リアム」
大切な宝物のように名を口にする。人の名前を聞いて、その名前の響きに“美しい”とか“似合ってる”なんて言葉が浮かぶと思わなかった。そういうのはモテる奴が口にする言葉で、きっと慣用句と同じで決まった単語だと考えていたから。
心の底から、本心でそんな『イケメンなセリフ』が浮かぶなんて。でも恥ずかしいから口に出せず、じっと目の前の少年を見つめた。
「もちろんだ。しばらく宮殿に滞在してもらう。魔力制御や戦闘に関してはシフェルに担当させよう」
シフェルか。厳しそうだが、子供の外見に惑わされてる部分もあるから、うまくやれば平気だろう。何より、アイツは結構強そうだ。どうせ習うなら、上手な奴に習いたい。
「お前の護衛をかねて、下につける部隊を選ばねばならない」
「……部隊」
大事になってるぞ。オレが希少種だからって護衛はともかく、素人の下に部隊なんか預けちゃダメだろう。全滅したら責任取れないし。
ゲームでパーティーを全滅させた苦い記憶が過ぎる。あのあと、他の奴らにボロクソ言われたっけ。
トラウマって程じゃないが、その全滅したゲームが原因で、結局ネットゲームはやめてしまった。まあ、最終的に回りまわって、リアルなサバゲーを始めちゃったわけだが。
「文化や知識は俺が教える」
「え? 皇帝陛下って忙しいんじゃないの?」
「いや、暇だ」
暇だと言い切る戦争当事国の皇帝――これって普通なのか? この国を中心に東西南北から攻め込まれてる状況で、トップが暇なのは……おかしい気がする。
「暇……?」
「ああ、戦は騎士団と傭兵達、政は宰相や文官がいる。俺は国の象徴であり、負けたときに首を取られる役目くらいしかない」
けろりと物騒な発言をした皇帝陛下を頭から足の先までじっくり眺めて、大きく溜め息を吐いた。“大将の首を取られたら負け”のルールは、どうやら異世界でも有効らしい。
妙に達観した感じで自分の行く末を語るリアムは、それがどうしたと言わんばかりの声色だった。
「いやいや……首取られるって。それで済まなかったらどうするの」
こんな美人だぞ? 敵国に連れ去られて、あ~んなことやこ~んなこと――良い子の自主規制――されちゃうかも知れないだろ!! ましてや、そ~んなこと――赤面しつつ過激すぎて自主規制――されたりしたら……。
ぶっ殺す。そんな輩はオレが確実に、転生も出来ないくらい粉々に砕く!!
かつて『大人のピンク本』で読んだ、他人様に説明不可能な状況を思い浮かべて、ちょっぴり殺気が漏れる。慌てて抑えるが、勝手な想像は妄想となって膨み続けた。
「それで済まない事態か? 国を乗っ取りはしても国民を虐殺はしないだろう」
当たり前だが、リアムは普通に受け答えする。違うんだ、オレが心配してるのは……国民の皆殺しじゃなく、リアムの貞操問題なのだが。
説明する気はないけどな。
オレの人格を間違いなく疑われるレベルの妄想が、脳裏で踊っていた。もう少し大人の外見になったリアムが涙を浮かべて、破かれたシャツをかき合わせながら、助けを求めてオレの名を……。
いけない。これ以上は、鼻血出る。それ以前に不敬だし、何よりリアムは同性だ。
そういう腐った趣味は断じてない――断じては取り消そう。もし両思いになれたら、腐るかもしれん。目の前の美人に迫られたら、断れずに腐る自信はある。
流されて異世界来ちゃうくらいだ。誇り高かったり、意地を張る余地は一切ない!
胸中の情けない断言を誤魔化すように、外面は整えておく。
「……そっか、オレのいた世界では国民皆殺しはなかったけど、他の国の人間で人体実験したりして数十万単位で殺した話とかあったから」
卍模様の連中とか。物騒なたとえに眉を顰めたリアムは、ごくりと喉を鳴らした。顔色が青ざめたのがはっきり分かる。
「怖い……世界だった、んだな」
「まあ過去のことだよ、少なくともオレが生まれる前の話だけどね」
ひらひら手を振って、物騒な話を薄めておく。ついでに頭の中のえっちぃ妄想も追い払った。
話が一段落したと判断したのか、絶妙のタイミングで新しいカップに交換され、お茶が注がれた。見た目は紅茶の琥珀色だが、香りは別物だ。記憶の片隅を必死でつついた結果、中国茶の一種だろうと当たりをつけた。
「これ、紅茶じゃないね」
指摘して口に運ぶ。この香りは……烏龍茶?
「烏龍茶みたい」
「よく分かったな。最近お気に入りのお茶だ。ところで“烏龍茶”というのは、これの名か?」