192.王都を狙え!
断固拒否したが、ネズミをかじる羽目になったのは……ジャッキーが差し出した肉を、考え事しながら受け取ったせいだ。やっぱ残しちゃダメだよね。
一口だけ貰って、残りはそっとノアの皿に置いた。気付いたノアがジャックの皿に移動させ、彼は気づかずに齧る。硬いと文句を言ってたが、まあ、歯応えはジャーキーみたいだった。
ジャッキーがくれたジャーキー……ごめん、何でもない。
「キヨ、目玉焼きなら近いうちに食べさせてやれるぞ」
ライアンが欠伸しながら呟く。何か心当たりがあるようなので「期待してる」と答えておいた。笑顔で髪をくしゃりと撫でるサシャもそうだが、なぜかオレに構いにくるやつが多い。食後の休憩は自由時間なのだが、撫でたり軽く叩いたり……官舎ではしないのに変だと思って尋ねたら、戦場での験担ぎだそうだ。
必ず生き残るためにジンクスとして触るんだと。そこにオレの許可がないところがおかしい。唸りながら乱れた髪を直し、リアムにもらったリボンで結んだ。
「よし、王都まで移動だ!」
傭兵団をひとつにまとめたので、これで進撃の準備は整った。兵力は問題なし、聖獣もいるし、食料品は足りている。鍋も……あ、思い出した。
「マロン! マローン!!」
大声で呼ぶと、離れた場所から全力で馬が駆け寄ってくる。止まってくれると思ったが、ビクッとしたのはしょうがない。勢いすごくて怖いんだよ。
どうやら草を食べていたらしい。え、もしかしてマロンは普通の馬と同じ扱いでいいの? コウコ達が食事にこだわるから、聖獣ってそういう生き物だと思ってた。
『ご主人様!』
呼び方と態度が犬だな〜と苦笑いして、マロンに思いつきを相談した。
「包丁作ってよ」
『包丁ですか? いいですが、包丁では戦えませんけど』
「戦うのはナイフ、料理は包丁」
使い道が違うから。力説したオレの整えた髪をくしゃくしゃと噛みながら、マロンが了承した。頼み事してるから許したが、次は殴るから。
『はぁ。包丁ですね』
材料になる古い鍋をいくつか取り出し、マロンに頼んでおく。その間に地図を広げて、ジャックやジークムンドを呼んだ。主要メンバーが休憩を切り上げて集まったところに、南の王都を指し示した。
「ここを攻めるわけだけど、この道を使おうと思う。どう?」
意見を求めるオレに、ジャックが唸った。
「最短距離だが、予想されて待ち伏せされるんじゃないか」
なるほど。確かに可能性は高い。王都まで真っ直ぐに街道があるから、使えば楽だなと思った。相手もそこを守りに入るのが当然だろう。力づくで押し通るのも可能だけど、被害が多く出る……主に向こう側に。
「ボスが言うなら作戦があるんじゃないか?」
ジークムンドがオレを買いかぶってる。高く買ってくれてもお釣り出せないから、やめて欲しい。思いつきで喋るクソガキ様だからな?
「聖獣で押し切ろうと考えてた」
ごめん、軽く考えた。そんなニュアンスで謝罪の意図を込めた呟きに、ジークムンドが感嘆の声を上げる。
「なるほど、聖獣様の力を見せつけて降伏勧告するのか」
「それなら任せて平気か」
「裏から回り込まれないよう、斥候だけだそう」
「俺のところから、優秀な部下を出せるぞ」
何も言わない間に、勝手に作戦が決まっていく。完全自動化ってやつか――じゃなくて、これはマズイのでは?!
「あのっ!」
「大丈夫だ、ボス。サシャは二つ名持ちだし、斥候の纏め役を頼める」
「ああ、サシャの実力は保証するぜ」
「あ、うん。そこは信頼してる」
問題点が違うんだが? どう指摘したらいいかな。下手なこと言うと、サシャを否定したみたいに聞こえそう。空気を読みすぎて、立ち上がったオレはすとんと座ってしまった。
対策を考えるオレの前で、傭兵達は経験に裏打ちされた作戦を組み立てた。聖獣の実力もしっかり織り込んだもので、ヒジリは満足そうだ。
「それじゃ、キヨ。あとを頼むぞ」
「うん」
思わず頷いてしまい、サシャが数人の傭兵を選んで斥候にでた。見送って溜め息を吐く。どうしよう、正面突破みたいな作戦になってしまった。
真っ直ぐに街道を攻め上がり、途中の2つある街を降伏させる。その辺は地元の兵士を上手に使うらしく、リシャール達に説得を頼むこととなった。
オレは王族ですから! って偉そうな姿と態度でマロンの背に乗り、首や肩や足元に聖獣を勢揃いさせて練り歩く。いわゆる神輿役だった。狙われるけど、オレを撃っても銃弾は貫通しない。ならばライアンが弾道計算して、狙撃手を片付ける算段だった。
こうやって羅列すると立派な作戦みたいに見えるが、行き当たりばったりなのも否定できない。何しろ、王都に着いたらまず外壁を魔法で粉砕するらしい。何それ、怖い。
ヒジリが得意げに『我にとっては容易なことよ』と請け負ってしまった。住んでる人がトラウマになるから、出来るだけ優しく崩してもらおう。その上でオレが偉そうに名乗りを上げて、片っ端から肩書きを並べた挙句、聖獣を従えた姿を見せつける。
オレ、すっごい傲慢で嫌な役じゃない? しかも狙撃されまくる気がするんだ。弾くけどね、弾くけど怖いんだぞ。異世界人の魔法が万能だって証拠ないから! 貫通する弾があったらどうすんだよ! 人前で獣とベロチューしなきゃならないんだぞ?
唸るオレの気持ちも知らず、傭兵達は配置を決めていく。勝手にやってくれるなら、任せよう。現場のことは現場が一番よく知ってるんだから。
「これはあれだな、事件は現場で起きてるんだ〜ってやつ」
「作戦が決まったって?」
リシャールが顔を見せたため、ジャックが説明に立つ。大まかな作戦の方針を聞きながら、リシャールの刺すような視線がちくちくとオレの肌を刺激する。違うんだ、オレが考えたんじゃないから!
言い訳したいけど、ノアに捕まってしまった。
「さて、と。王族らしい恰好の服を用意してくれ」
王族らしい恰好か、前に義兄シンに貰った民族衣装があったな。収納へ手を突っ込んで取り出す。なんで持ち歩いてるかって? そりゃ、オレの持ち物全部入ってるからさ。官舎のクローゼットはいつも空ですよ。
緑の絹に金糸でびっしりと刺繍が施された豪華な衣装に、リシャールが目を瞠る。
「おまえ、本当に王族……なのか」
めっちゃ疑われてた。気持ちはわかるが、リアムの次に美しいこのお顔に高貴さを感じてもいいんじゃない? 尋ねたら、げらげら笑う傭兵達。本気で失礼だぞ。
「キヨは黙ってりゃ、美形の坊ちゃんだ」
「まあ顔はいいな」
ジャック、ライアンの呟きに「顔は、って酷い」と泣き真似をしてみた。スルーされた。せめて構ってほしい。
「キヨ、遊んでないで、こっち来い」
手招きするノアに言われ、別の衣装を探す。どうやらマロンが栗毛なので、もっと派手な色の服が好ましいという。緑も十分派手だけどね。
言われるまま「豪華な衣装」と呟きながら収納から別の絹を引っ張り出した。今度は派手だ。真っ青な絹に銀糸だった。派手だけど、青猫を思い出すのでちょっと……。
また別の服を探す。すべて北の国の民族衣装だが、中央の国の侵攻なんだから……洋装の方がいいんじゃないか? 気づいてリアムに貰った服を探す方向へ切り替えた。
「あった!」
並んだ豪華な絹の横に、紺色のブレザーを取り出す。皇帝陛下への謁見に使うんだから、それなりに豪華な衣装のはずだ。初めてリアムに会ったときの思い出の服を眺め、今着ている服をばさっと脱いだ。魔法で浄化してから袖を通す。シャツのカフスは紫の宝石を、紺のブレザーを羽織り、ズボンをベルトで留めた。
手鏡をかざすノアに頷く。以前より増えたピアスに合わせ、宝石が並んだネックレスやブレスレットを取り出した。じゃらじゃらと大量に巻きつけたところで、後ろから小突かれた。
「何してんだ、おまえ。南の王都を攻めに行くんだぞ? 戦争だ、着飾る奴がどこに居る」
情報操作を終えて戻ったレイルの言葉に、傭兵達とオレがハモった。
「「「ここにいる(ぞ)」」」