191.朝食は目玉焼きだろ
噛んだ舌の先が痛いが、無事に到着した。不満じゃないが、何もなさすぎて……物足りなさを覚えてしまう。この世界に来てから、基本的にずっとトラブル続きだったせいか。何かないと寂しい気もする。
外壁の周りをぐるっと歩けば、指定した場所で夜営する傭兵基地に辿り着いた。魔力感知に引っかかったのは、木の上で見張りをしてる4人の気配だった。
通りすがりに手を上げて合図しながら通り過ぎ、テントの中で寝てる連中を起こさないために焚火に寄っていく。これは獣避けの意味もあるので、かまどを使わずに外で焚くのだ。見張りが火の番をしているのが常で、近づくとジャックが銃を片手に出迎えた。
「お疲れさん、何かあった?」
「ああ、小さい魔獣が数匹襲ってきた程度か」
ふーんと言いながら指差された方角を見ると、確かに小型犬サイズの魔獣が数匹倒れていた。死んでるのは間違いない。動かない魔獣を見にいく趣味はないので、欠伸をしてマロンの背から飛び降りた。
「眠い」
『今日は我の背で休むと良いぞ、主殿』
尻尾を振りながら、マロンとの間に割り込むヒジリ。機嫌よく交代した割に、嫉妬深い。他の聖獣はそうでもないのに。不思議に思いながら彼の黒い毛皮に包まれて、焚き火の前でうたた寝する。
日が昇り、明るい光が顔に差し込む。眩しさに寝返りを打ったが、そのせいで意識が少し浮上した。
「おは……、ボスが帰ってきたのか」
「おい!」
「うるせえ、黙れ。キヨが起きるだろ」
ぼそぼそと周囲の声が耳に届き、仕方なく大きく伸びをして身を起こした。ごちん、妙な音がして頭が痛い。
「いててっ」
頭を押さえて涙目で確認すると、上に覆い被さっていたジャックの顎にぶつかったらしい。彼も痛かったようで、顎を押さえて呻いていた。
「悪い、ってか……何してたの?」
『主殿の顔にかかる朝日を遮っておったぞ』
「え?! ごめん。痛かった? あと、ありがとう」
謝罪と心配と礼をいっぺんに口にするが、顎を打ったジャックは手を振って「気にするな」と一度に返した。声にならない姿に、もしかして舌でも噛んだかと心配になる。昨夜のオレもそうだが、あれは地味にいつまでも痛い。
ちらっと視線をヒジリに向けて、教えてくれた礼を口にするが、舌が痛い話はしなかった。絶対にベロチューされるからな。獣の生臭いディープキスはお断りだ。
「キヨ、食料はこれ使っていいのか?」
「うん。スープ中心でお願い」
了承した数人の傭兵が料理を始める。よく言い聞かせたので、人を殺したナイフの使用はなくなった。専用の包丁をマロンに大量生産してもらってもいいな。材料はこの街にたくさんありそうだし。
鍛冶屋が多い土地なら、良質の金属はたくさん手に入るだろう。金属錬成が出来るマロンがこの南の国の聖獣なのも、土地に関係あるのかな。もしかしたらマロンが聖獣だから、この国は鍛治が発達した可能性もあるのか。
卵が先か、鶏が先か。そこでふと気づく。宮殿で卵料理が出たことあったけど、もらった食材に卵はない。収納なら割れないのに、どうしてだろう。
「うーん、ないと思うと余計に食べたい」
「どうした? キヨ」
ようやく痛みから立ち直ったジャックが首をかしげる。唸るオレの姿に、言ってみろと促す彼に尋ねた。
「卵料理が食べたいんだけど、卵って分けてもらわなかったよな〜と」
「「当たり前だ(ろ)」」
「「ボスだからな」」
また仲間外れか? 異世界人だから常識ないって言われるんだろう。むっとしながらノアの解説を待つ。いつも一番丁寧にオレの疑問を解決してくれるのは、オカンだけだった。
「ノア、ちょっといいか」
ジャックが手招きして事情を説明すると、ノアは奇妙な顔をした。オレが何を理解できていないか、分からない。そんな顔は久しぶりだった。事前情報として、オレが考える朝食用卵の話をする。
「あのさ、オレのいた世界だと毎朝卵を食べるんだ」
「家で鶏を飼ってたのか?」
「いいや?」
会話が噛み合わない。なぜ卵を食べるのに、家に鶏が必要なんだ? そりゃ、飼ってりゃ生みたて食べられるけど。早朝から鳴きまくって煩いから、都会じゃ無理だな。
「この世界で卵って貴重品なの?」
宮殿では普通に食べてたけど、もしかしたら高級品で贅沢な食べ物だったりして。
「一般家庭でも鶏がいれば、卵は手に入る」
「つまり?」
互いに何が言いたいのか、何が引っかかってるのか不明のまま、見つめあって首を傾げた。息もぴったり! なのに、会話はすれ違う。
『主ぃ、この世界の卵は日持ちしないんだよ』
「え?」
まさかのブラウの発言に、卵の賞味期限を脳裏で思い浮かべる。確か……常温はダメだけど、冷蔵庫なら2週間は生で食べられたんじゃないか?
そのまま伝えたら、目を見開いた傭兵達の顔に「ボスの非常識が始まった」と書かれていた。
「生で食ったら死ぬぞ!」
「うそっ! 卵って安全な食べ物じゃん」
殻に包まれて、さらにカラザ? とかいう白い紐で固定されてるから、黄身は割れない清潔な食べ物だろ。お値段も優等生だと聞いてるぞ。
前世界で料理しなかった奴の情報だが、スーパーで売ってたりテレビで見たのは覚えてる。大丈夫、ボケてないから!!
必死に訴えた結果、最初にオレの勘違いを指摘したのは、またしてもブラウだった。さっきから足元の影に手をついて顔と前足だけ覗く青猫は、思いがけない指摘をした。
『料理チートの異世界漫画読んだ知識だけど、日本以外の卵は生で食べられないんだってさ』
「知らなかった」
卵ってスーパーでしか買ったことないから。言われてみれば、鶏の住んでる環境は藁の上にフンや抜けた羽根が散らかってた。あの上に落ちたら、大腸菌とかつくだろ。鳥も大腸菌でいいのか? まあ重要じゃないから流そう。
殻は食べないから平気だと思ったけど……確かにこの世界に来てからオムレツになったり、固ゆでの卵は食べた。豆腐と並んで夢の食事に「TKG」がランクインするのか。生卵を温かい白米の上にかけて、醤油で食べる……いつか魔法で叶えてみせるぞ!
ぐっと握り拳で頷くオレのつま先を、ブラウがぽんぽんと叩いた。
「ん?」
『TKGできたら、僕にも一口』
アニメで観た憧れの食べ物らしい。しょうがねえな、オレの感動を少しだけ分けてやるよ。まず鶏を見つけて来い。ひそひそと命じると、面倒くさそうにしながらも青猫は頷いた。そうだ! 孤児院の土地に空いた場所があるから、情緒教育を兼ねて鶏を世話してもらうのはどうだろう。
「いずれ、半熟の目玉焼きも食べたい」
広がる夢を広がるままにうっとりしていたら、ノア達は自分の仕事を淡々とこなしていた。
「キヨ、朝飯出来たぞ」
「おう、ありがとう!!」
収納から聖獣用の器を取り出す。大型の収納物を片っ端から預かったため、最近の傭兵達は収納内に余裕がある。そこへ食器や鍋を詰め込んでもらったので、オレがいなくても料理は出来るようになった。その場合の材料は現地調達となるけど。
「この魔獣、食えそうだぞ」
「「まじで?」」
ジャックが倒して放置した巨大ネズミを引っ張ってきたジャッキーに、引きつったオレの声が返る。なぜか複数の傭兵がハモった。近づいたジークムンドが、ジャッキーの黒髪をぐしゃぐしゃに乱しながら「まあ、食えなくはない。まずいが」と付け足す。
どうやら非常食として食べられるらしい。ジークムンドの言葉から判断して、オレはボスとして言い放った。
「よし、今日はそのネズミは保存することにして……作った飯を食おう」
どちらも傷つけないよう、遠回しに断る。空気を読む日本人らしさを最大限に発揮し、くるりと背を向けた。その後ろからネズミを引きずるジャッキーがついてきて、串に刺して焼き始める。さあ、このネズミを食べる羽目になるのは……誰だ?!