187.調味料天国じゃん! 調達、調達ぅ!!
南の国を占拠する予定はなかった。奪われた砦を取り戻したら、あとは「なりゆきで」お任せコースだ。つまり作戦らしい作戦はなかった。複雑な作戦を練ったって、現場の判断でいくらでも変化するのだ。細かく決めても覚えるの大変だし、ね。
「どうしようかな~」
「ん? 迷ってるのか」
珍しいと匂わせる従兄弟の赤い前髪をくしゃりと乱してみる。ムッとした顔で整えるレイルを笑いながら、皆がオレの髪を弄る理由の一端に気づいた。反応を楽しんでるのと、好意を伝える手段なのは間違いなさそう。
「オレが任されたのは砦の奪還だもん。その先は決まってないんだよ。でも、この街の領主だった王子が最悪のゲス野郎だったから、ここは王都制圧しちゃうべき?」
どうせこんな王子を野放しにする王族なら、ろくな治世じゃないだろ。オブラートに包むつもりはないが、多少言葉を省いて物騒な結論を突き付けた。
キベリ収穫に向かったスノーが戻るまで、まだ時間がある。テント下のテーブルにだらりと上半身を乗せて休憩中のオレは、周囲にいろいろ侍らせていた。ゴツイ見た目のおっさん連中、近所の逞しくも優しい奥さん達、一部の敵兵、最後に聖獣だ。
マロンは背中に顎を乗せて寛いでるし、ヒジリは足を噛んだり舐めたりしながら寝転んでいる。いつも通り行方不明のブラウは無視して、腹に巻き付いたベルトみたいな赤蛇コウコは昼寝中だった。ご飯食べた後の腹って温かいよな。猫もそうだけど、変温動物の龍は温度変化に目敏そう。
「制圧しちゃってくれよ」
「そうだね。今の王様や貴族の下じゃあ、ろくな生活できない」
「生活が苦しいのに税金を上げるし」
「俺らを見下して、家畜みたいに扱いやがる」
ぼやく住民の声に、なぜか南の兵士も混じり始めた。不満は満遍なく、あちこちで吹き出している様子。これは制圧しちゃった方が世のためかも知れない。
「じゃあさ、制圧した後は誰が面倒みるの?」
「キヨだろ」
「あんたでいいじゃないか」
ジャックにリシャールの声が被る。やっぱり、そうきたか。
「オレは無理。中央の国に恋人いるもん」
「恋人とこの国の王族になればいい」
そういや、王族は土地と契約を結んだ特殊な一族だって聞いた気がする。勝手に滅ぼしたら大事件なんだよな? 西は留学していた王女がいるから、王太子も国王も処分したらしいけど……。
「王族は土地と契約した血筋だろ。オレは違うもん」
そもそも恋人のリアムは中央の皇帝陛下だから。最後の皇族を連れ出したら、中央の国の契約が切れちゃうだろ。
「南の聖獣の主なら、契約したのと同じだ」
レイルが提供した新情報に、オレは「う~ん?」と奇妙な声を上げた。後ろでのしかかってるマロンが重い。後ろにいるマロンが南の聖獣だとして、聖獣と契約するのが王族なのか?
「マロン、この南の国の王族と契約した?」
『僕はない。だが土地の精霊は契約した。精霊より僕の方が上だから、覆せる』
簡単に覆していいものじゃないと思うが、契約はひっくり返せるようだ。もちろんオレは南の国を中央の国に統合する気はなかった。気候や作物に影響するからな。南で作られる味噌と醤油がなくなったら、次に来る日本人系転生者に殺されるぞ。オレも泣く。
「だったら、誰かを王族代わりに土地の精霊と契約させればいいんだ!」
閃いた! そんな感じで声を上げると、周囲から呆れ顔で溜め息を吐かれたうえで肩を叩かれた。しょうがない野郎だ、みたいな態度は解せぬ。うぬぬと唸るオレを、口角を持ち上げたレイルが興味深そうに覗き込んだ。
「おまえ、食べ物絡みだろ」
見え透いてるぞ。笑いを含んだ声につつかれ、オレは「何が悪い」と開き直った。食べ物は生きていくうえで重要だし、転生者にとって懐かしい故郷の味は……あああ!
「大変だ! お、奥さん……ちょっと教えて欲しい」
いきなりオレが勢い込んで尋ねたので、フライパンを教えてくれた奥さんがのけぞりながら頷く。
「この近所で……いや、遠くてもいい。味噌と醤油が大量に手に入る店を教えて」
「は、はぁ?」
驚きで間抜けな声を漏らした奥さんは少しすると肩を揺らして笑い、自分の胸を指さした。
「それならうちの実家が味噌を作ってるよ。醤油も蔵元に心当たりがある」
「本当!? やった!! 日本酒とみりんは?」
「みりんは知らないけど、コメの酒なら醤油屋が知ってるじゃないかねぇ」
奥さんの言葉をそのまま受け取ると、奥さんが味噌で醤油を知ってる。醤油は酒を知ってる。合ってる? ひとまず順番に回ることに決め、傭兵達の班長を集めた。
「ここで少し休憩。王都へ攻め込むけど、その前に食料品調達を行う。オレは味噌と醤油と酒をGETしてくるから、お前らは肉や魚を……あ、生魚見つけたらオレに連絡! 以上、よろしく」
『主様、キベリ調達しました』
足元から木の枝を引きずり出すスノーを抱き上げ、頬ずりして褒めると嬉しそうにチビドラゴンは尻尾を振った。持ち帰ったキベリは手早く収納へ放り込む。食べるのは後だ。まずは貴重な調味料の収集からスタートだった。
「行ってくる」
大急ぎで飛び出したオレは奥さんの手を引っ張って走る。見送る傭兵達は護衛につくわけもなく、手を振って見送った。その様子が奇妙に思えたのか、リシャールが呟いた。
「誰も、護衛につかなくていいのか? ここは敵国だぞ」
「ああ? アイツに勝てる奴がいたら見てみたいね」
レイルはひらひらと手を振って、欠伸をした。そのまま昼寝を始めるレイルをよそに、傭兵連中も各々食料調達に動き出す。必要経費が入った袋から、ノアが傭兵達に金貨を渡した。
「経費の管理も傭兵なのかよ」
驚いた様子の兵士へ、ノアは事も無げに返した。返事しなくてもいいのだが、キヨがこの国を制圧するなら、この捕虜もすべて戦力なのだ。ある程度の共有意識は必要だろう。面倒見のいい彼らしい考えで、作業の手を止めずに顔を上げた。
「この部隊はキヨ以外、全員傭兵だ。俺らは金で動くが、キヨを裏切るくらいなら命を捨てる。それだけの話だ」
簡単そうに告げるが、傭兵は裏切られ差別される経験で他人を信用しなくなる。二つ名持ちは尚更だった。金は彼らを裏切らない。仲間すら信用しないと言われる傭兵がこぞって、あの子供に心酔する姿はさぞ滑稽だろう。
外から見れば奇妙でも、当人達はいたって真面目だった。
「どうして、そこまで……」
「お前らは使い捨ての駒だ。そう言われた俺らは、いろいろと諦めてきた。手を伸ばすことも止めた指先をアイツは遠慮なく握る。当たり前みたいに、他人を受け入れて笑う。甘い坊ちゃんかと思えば、厳しい面もきっちり持ってて、裏切れば捨てられるのだとわかった。だから安心なんだよ」
「一緒にいるとほっとする。傭兵の俺らに料理を振舞う上官なんているか?」
「そうそう。それに傭兵に文字を教えるんだぜ? 間違えても怒らないで何度も丁寧に教える。そんな奴いないさ」
「孤児を集めて飯を食わせ、教育するって言いだしたのは驚いたよな。ボスは王族になって金もあるんだから、のんびり暮らせばいいのによ。その金を孤児につぎ込むんだ」
ボスほど馬鹿は見たことねえよ――口々にそう言いながら、傭兵達の目は優しかった。受け入れられたから受け入れる。そんな単純な関係じゃないと知れる表情は、兵士が戦場で見た傭兵の殺伐とした一面を打ち消した。
「まあ理解しなくていいさ。ボスは俺らのボスだからな」
爆弾の配線を弄りながら、ヴィリは結論付けた。大切な主君であり、孤児や傭兵の庇護者で、聖獣を従える強者。それだけではないと笑う傭兵の強さに、リシャールを含めた兵士たちの認識が変わっていく。傭兵に堕ちたら負け……そう考えていた自分達が滑稽に思えた。
自由に生き、好きな主を選べる彼らの生き方を羨ましいと感じた瞬間だった。
 




