186.そこ、規律を乱さない!
近所の奥さん方の手も借りた食事を、「いただきます」の挨拶で食べ始める。きちんと列を作って食事を受け取る、傭兵の整然とした様子は好感触だった。
いつもの倍の量を作ったので、一番の苦労は串さし作業だ。のんびりと串を裏返しながら、足元でお座りした聖獣の器に肉を置いた。名前入りの専用器をマロンが作ったので、皿と碗にしてもらう。ついでにメモ用紙にイラストを描いた。
神殿で使う足がついた器の絵だ。そう説明したが、実際は実家の猫に使っていた餌用の器だった。器に足があると、四つ足の動物は食べやすいんだよね。
ブラウは一瞬動きを止めたが、使ってみて満足したらしく余計な発言はしなかった。何か? とナイフ片手に脅した成果もあると思う。
『主様、お待たせでした』
大量の果物と一緒に現れたスノーを膝に乗せて、焼いた肉を直接食べさせる。みんなが先に食べてたから拗ねたチビドラゴンも、これで機嫌が直った。
「聖獣も飯、食うんだな」
近づいたリシャールが不思議そうな顔をする。彼の説明によれば、聖獣は霞を食べて生きる仙人のように考えられていたらしい。この南の国で聖獣が重要視されてないのは、戦ってる最中に気付いた。
他国のように聖獣の存在で一喜一憂しなかった。それどころか、聖獣がいるのに攻撃されたし。
「食べなくてもいいんだけど、食べるのが楽しいらしいよ」
緊張するノアを抑え、オレはせっせと肉をひっくり返した。沢山あるので、右からひっくり返してくると左に届いた頃には、また右に戻らないと焦げてしまう。忙しい作業をこなしていると、額に汗が浮かんだ。
「キヨ、水分補給」
麦茶を出すノアは、さり気なくオレとリシャールを引き離そうとする。ジャックも警戒しているのか。オレの代わりに肉串を回しながら、間に入り込んだ。
「なぜ、この子供をそこまで守る?」
「逆に守らない理由がない。キヨは、俺らの希望だからな」
照れるな〜、オレの話かよ。汗をタオルで拭いて麦茶を飲み干したが、串の番を交代されたのでスノーを抱っこしたまま椅子に座った。トマトスープに興味津々のスノーを、碗の前に下ろす。持ち帰った大量のリンゴもどきの皮を剥き始めた。
連中の話は気になるので耳を傾けるが、ケンカにならなきゃ放っておくつもりだ。取り出したナイフで、くるくると器用に皮を剥いてカットする。皿に並べる側から、誰かが手を伸ばして奪った。
食べ終わった奴が数人手伝いに入り、スモモに似た甘酸っぱい実を切る。傭兵は一般兵士より近接戦闘に長けていた。そのため人殺しの技術のひとつとして、ナイフの扱いが上手い。くるくるとよそ見しながらも皮を剥いて並べると、奥さん達が手を伸ばしてカットした。
集まった子供や自分の家族にも食べさせながら、女性達は首をかしげる。
「あんたら、変な集団だね」
「ご飯は一番大事でしょ」
にっこり笑って、奥さんの言葉を受け流す。占領軍が攻めてくると聞いたのに、実際に来たのは美少年率いるゴツい集団で、大量の傭兵団だった。略奪が始まると警戒する間もなく、外に捨てられた南の兵士を巻き込んで城を落としてしまう。
傲慢に振る舞い搾取するだけの王子や貴族を牢にぶち込んだ時は、住民達もすっきりした。家族の仇を討てたと泣く人や、娘や妻に手を出された男らの興奮した雄叫びも響く。ここまででも十分なのに、王都からの転移魔法陣を地面ごと陥没させて壊し、これから王都へ攻め込むという。
聖獣や二つ名持ちの傭兵を従え、戦いに特化した子供かと思えば……手慣れた様子で料理を始める。率先して働き、街の住人にも振る舞う奇妙な奴――オレの評価を淡々と語る奥さんは、フライパン片手に勇ましい姿を見せた女性だった。
「オレはこの世界の常識に従わない。ただやりたいように生きる」
夢を語る口調で、相手を特定せずに問いかけを発した。
「傭兵が野蛮だって誰が言い出したの? 孤児を放置するのはどうして? 貴族や王族はそんなに偉いのかな。逆らわないで従う理由なんてないのに。聖獣はこの世界の守り手なのに、滅多に契約しないのはどうしてだろう……答えられる人、いる?」
傭兵連中は「また始まったぞ」と苦笑いして果物で口を塞ぎ、聖獣はそれぞれに毛繕いや昼寝を始める。面白そうな顔で付き合うのはレイルだった。
「傭兵差別は、孤児を見捨てた裏返しじゃねえか? 差別された傭兵が乱暴を働いた事例はほとんど報告されてない」
情報屋らしく、きっちり理詰めで返してきた。にっこり笑って、レイル相手に話を続けた。
「王族や貴族だって人間だ。なのに従う理由はあるの? それは正当で、絶対に覆せない?」
「生まれる前から決まってた」
周囲の全員が従うから正しい、そう言い切ったリシャールへオレは肩を竦めた。皮を剥いたリンゴを、両手で掴んで齧るスノーの頭を撫でる。
「疑問を持たなかっただけだろ。だって楽だもん」
「違うっ!」
神経を逆撫する言葉を選んだオレに、リシャールが勢いよく否定した。楽を選んだと言われて歯軋りするくらい、悔しい思いを積み重ねて……でも貴族を倒そうとしない。
この世界が膿んでいる一因だった。世界観が固定されて、中世ヨーロッパみたいな階級が根付いてしまった。これは神が革命を起こそうとしても、新しい技術を投入しようと動かなかった根っこ部分だ。
「オレはすべての聖獣と契約した。その意味がわかる? この世界の誰も契約出来てないのは、あんたらが惰性で現状を生きてるからさ」
身を起こしたヒジリが、かぷりと手を噛む。多少血が滲むが甘噛みの範囲だった。ぺろぺろと血を舐める間に傷は癒えたが、何を思ったのかコウコも腕に噛みつく。牙が刺さった肌をオレは無造作に舐めた。すぐにヒジリが治癒する。
「彼らがオレの血を欲しがるのは、契約で魔力を共有してるからだ。オレも最近気づいたんだけどね」
偉そうに語ったものの、全員と契約するまで気づかなかった。興味深そうにメモを取るレイルに、情報を追加する。
「そうそう、聖獣に噛まれるのが名誉って習慣も、契約者が噛まれるのを見て羨んだ結果だと思うぞ。聖獣にとって契約者以外の血は意味をなさないからな」
後ろでマロンが羨ましそうに足を踏み鳴らす。そういえば、こいつだけオレの血を飲んでないんだっけ。無造作に手を差し出すと、指先じゃなくて肘のあたりを噛まれた。肉が薄いところは痛いからやめて。唸ると、べろりと首筋を舐められた。
「結構痛かった」
ぼそっと文句を言い、膝の上のスノーにお願いする。
「スノー、こないだの果物とってきて。あの芋虫みたいの」
『行ってきます!』
膝の上から足元に飛び降りたスノーが、ご機嫌で影に飛び込む。その姿を見送った傭兵達が、我関せずの姿勢を崩した。
「キヨ、もしかしてキベリか?」
「やった!!」
「おい、他の奴にも声かけてこい」
高級フルーツの名前に興奮した傭兵の一部がテントの下から、わらわらと街の方へ向かう。あまり散らばると後が面倒だ。
「こら、そこ! 規律を乱さない。各班長に行き先を申告すること」
「「「了解」」」
了解は使っちゃダメだろ。以前にも教えなかったっけ? 眉をひそめたオレの横で、レイルが大笑いしていた。
「おまっ、ガキの引率者みたいだぞ」
「外見は逆なのにな」
引率される側のガキが、ガタイの大きな連中を纏めてる姿は確かに異常だ。リシャールは驚いた顔してるが、軍として動いている以上報告義務はあるからな。オレが動くとき、何人か行方不明だと置いていくことになるし。ホウ・レン・ソウは大事ですよ。
近所の勇敢な奥様を通じて振舞った食事を堪能した南の兵士は、リシャールほど疑り深くないようだ。オレはすっかり「いい人」枠に収まったらしい。敵対する国の侵略軍のトップなのに、穏やかな目を向けられていた。餌付けって、人間にも有効なんだな。
ふと気になった。属性って外見で区別つかないのに、絶対のものだ。成長速度や得意な魔法にも影響する。それって……なんだろう? 尋ねても「そういうもんだ」で返されるとわかってる疑問は、頭の隅にこびりついて離れなかった。