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185.戦場で必要なスキル

 リシャールとの交渉はジャックに任せ、オレは買ったばかりのフライパン片手に場所を探していた。腹がぐーっと不満を告げるのだ。食事を作る直前に戦いに突入したから、空腹だった。腹と背中がくっついちゃう、そんな歌があったけどこの状態なんだろうな。


 ぶつぶつ言いながら、オレは家事の為に聖獣を召集した。


「ヒジリはいつものかまどを作ってから、兎肉よろしく。スノーは水を用意したら果物の調達! ブラウは野菜や肉のカット。手を抜くなよ。それと……コウコはオレの隣で、絶妙な火加減を披露してね」


 出番がイマイチ少ないと文句を言う赤蛇の機嫌をとる。


『わかった』


『はぁい』


『聖獣は便利屋じゃないぞ』


 ヒジリ、スノー、ブラウとそれぞれに個性的な返事をして動き出す。取り出した鍋に水を満たしたスノーが影に飛び込み、慣れた様子でヒジリもかまどを作った。ちなみに場所は街の中央付近にある大通りだ。


 広場らしき場所がなくて、一番使えそうだった土地は魔法陣を壊した時に陥没したままだった。鼻歌を歌いながら包丁を取り出し、ノアに手渡す。ヴィリがにやにやしながら硬い肉を叩いた。爆破されなきゃいいや。


 お料理は戦場でもっとも重宝する特殊技術だと思うわけで、異世界に来るなら絶対に覚えておいた方がいい。オレは魔法と日本人の繊細な味覚で、食べたことある味を再現できたけど……クッキーが爆発した時は焦ったもん。過去に料理を経験しておけば良かったと後悔した。


 大量のテントを引っ張り出したライアンとサシャは、傭兵に指示して机や椅子を並べ始めた。街の住民は大通りを占拠した、中央の国からきた占領軍の動きをただ見守る。


「あ、手の空いてる奥様がいたら手伝って。ご飯作るから」


 見守る女性達に笑顔で声を掛けると、歓声が上がった。こういうとき美形は得だ。異世界転生に「美形」設定は必須だと思う理由がここ。性格が多少歪んでても、顔が良ければ大半は許されるものだ。


『ご主人様、僕は何を……』


 後ろからシャツの首の辺りを噛まれ、引っ張られて気づいた。マロンがいたんだ。コイツ、貴金属や宝石を作れるとか言ってたけど、前回も料理スキルはなかった……ん?


「マロン、これと同じ鍋作れる? フライパンってんだけど」


『作れるぞ!』


 一瞬で複製された。あれ? もしかしてオレが必要な聖獣って、出てきた順番と違うよね。


 ヒジリ、マロン、コウコ、スノー、ブラウの順じゃね? もっと言えば、ブラウはいなくてもよくね? 大きく首をかしげてぶつぶつ呟くオレの足元に、突然兎の耳が出た。


 知らない奴には、地面から兎が生えたように見える。


『なんとなくだけど、主が僕をディスってる気がする』


 イイ勘してるな、青猫。野菜を空に浮かせて風の刃でカットするブラウへ、親指を立てて肯定する。必要以上に野菜が細切れになった気もするが、スープの具なので問題なし。青いトマトも入れておいた。


「うぎゃああ!」


「なんだこれ」


「ああ、ご苦労さん。ヒジリ」


 労うオレの足元に大量の兎耳が並んでいる。地面に生えた兎耳を掴んで引っ張ると、ごっそり本体が抜けた。ニンジンの収穫に似た光景を繰り返すが、手伝おうと手を伸ばしたライアンに注意した。


「あ、抜けないよ」


 聖獣の影領域は、オレの影を起点としてる。つまり契約者以外は触れられない、ただの影だった。ライアンが引っ張っても外に出てる耳が千切れるだけ。子供のオレがひょいっと軽そうに抜いたので、手伝おうとしてくれたんだろう。


「兎の解体、お願い」


 これだけはスキルがあろうがやりたくない。人間の喉かき切っても平然としてるくせにおかしいけど、皮剥いだり肉を骨から削ぐ作業は苦手だった。


 手慣れた様子でノアが解体を始めると、隣でサシャも手伝い始める。ブラウは淡々と野菜をカットしていた。その間にジャックが鍋のお湯に野菜を均等に入れ始める。


「今日のスープはトマト味ね。塩加減は後で調整するから、トマト潰して入れておいて」


 ざっくりした指示だが、何度もオレと料理をした連中は「おう」と返事をしてトマトを叩き潰していく。青いからトマトスープは赤じゃなく青……と思うだろ? 違うんだな、火を通すと赤くなるんだ。つまり甲殻類と一緒。


 異世界らしい奇妙な状況だが、トマトスープが赤いのは口をつけるオレとしては助かる。違和感がないもんな。紫キャベツはいまだにドキッとするもん。


 大量の兎肉を前に、うーんと唸った。串焼きにするか、スープに入れるか。ただ、この肉を柔らかくするために黒酢に漬けるから、酸っぱくなるのが欠点だった。


「串焼きにしよう!」


 収納から取り出した黒酢を倍くらいに薄めて、空中に浮かせた兎肉へ塗す。イメージはビニール袋に入れた食材だ。揉んで裏返してまた揉む作業を繰り返し、手応えが柔らかくなったところで鍋が足りないことに気づいた。


「マロン、暇なら鍋作って!!」


『大きさと形はどうする? ご主人様』


「あのスープ鍋の形で、大きさは倍くらい」


 ジャックが巨大おたまでかき回す巨大鍋を見て、マロンが作った鍋に兎肉を流し込んだ。


 ビニール袋の底の三角を切り落とした形なので、ゆるゆると片側から流れ出る。


 この風景はあれだ!


「肉は『飲み物!』」


 ブラウとハモって、げらげら笑い出す。意味がわからない傭兵達は突っ込む気もない。いつものことと流してくれた。


「キヨ、串に刺すのか?」


「あ、頼む」


 レイルが率先して肉を串に刺す。ベンチを取り出したオレが座ると、隣にレイルが座った。残るベンチにも数人が腰掛け、当たり前のように肉を刺し始めた。手を刺すような間抜けはいないが、手際の悪さが気になった奥様が声をかける。


「ちょっと、代わりな! こうやって刺すんだよ」


 ぽっちゃりした奥さんがどかっとベンチに座り、傭兵から奪い取った串に肉を刺す。少し肉を捻りながら刺した様子に、一斉に傭兵達が真似し始めた。


「なんだ、あんたら占領しに来たのに飯作ってんのか」


 呆れ声に苦笑いをプラスする器用なリシャールに、串を渡した。


「ほい、食べたきゃ手伝え。働かざるもの食うべからず!」


 受け取った串を手の中でくるりと回し、リシャールが尖った先をオレに向ける。


「攻撃される武器や口実を捕虜に与えたら、こうなるのはわかってんだろ」


 口調が崩れているが、こっちが本性か。傭兵連中と似てるなと思いながら、オレは肩を竦めた。ちなみに右手に持った肉を左手の串に刺していく作業は止めない。


「刺してみれば? あんたも南の兵も皆殺しになるだけだよ」


「それでもボスを倒せば、残りは烏合の衆だぞ。傭兵に報酬払ってんのは、あんただろうし」


 傭兵は雇い主が死ねば契約終了だ。そう匂わせるが、傭兵達に殺気だった様子はない。ノア、包丁を投げナイフみたいに持たない! オカンはオレに何かされそうになれば戦う気らしい。しかしジャックは笑ってるし、サシャやライアンも肩を竦める程度だった。


 隣のレイルが先に口を開く。


「傭兵の雇い主はキヨだが、殺されても契約解除されない。それと、聖獣が黙ってないだろうな」


 唸りはしないものの、ヒジリが足元から爪を光らせていた。ブラウは風の刃を得意とするから、遠くからでも簡単に攻撃を届かせる。マロンは真後ろに控えてるし、コウコの炎があればこの街は秒殺で火の海だった。スノーはまだ戻ってないが、居たら氷を突き立てると思う。


 だが、この場で1番のチートはオレ自身だった。


「あのさ、レイル。聖獣や傭兵がいないと、オレが無能みたいに聞こえるじゃん?」


 くすくす笑うオレに、レイルは目を見開いてから大笑いした。


「そりゃ失礼した!」


 二つ名持ちの死神の実力は有名だから省いた。そう言われればオレも反論はない。実際突きつけられた串をもう少し近づけたら、結界で折れるのは確実だった。


「……手伝う」


 余裕のある周囲とオレを見て、何か納得したリシャールは手際良く串に肉を刺した。途中でネギ入りやピーマン入りを作ったら、後ろの傭兵からブーイングが起きたが、お前ら……ちゃんと野菜も食え!!

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