184.二つ名が役立つなんて
国王に恨みがある? それとも王族が嫌いなのかな。どっちでもいいよ、南の国攻略作戦できちんと働いてくれたら、それ以上の事情に興味はない。
「まじか? リシャール」
「このガキに従うのかよ」
兵士の中に多少口の悪いのが混じってる。リシャールをよく知る連中なんだろう。心配するのはよくわかる。にっこり笑って彼らを見回しながら、オレはのんびりと待った。結論を出すのはオレじゃない。向こう側なのだ。もし攻めるのが嫌だと言ったら、彼らは拘束されて聖獣の監視付きで捕虜だった。
「お前ら、チャンスなんだぞ」
「わかるけどよぉ」
濁した部下の言葉は想像がつく。だからオレはさらりと続きを口にした。
「こんなガキに従えるか、実力もわからねえのによ〜って感じかな?」
むっとした傭兵達の一部が殺気立つが、オレが自分で言った言葉だからね。彼らも承知しているので、表情が強張ったり拳を握ったものの、目の前の兵士に食ってかかることはなかった。
「遠からずだ」
リシャールがあっさり肯定した。この辺の度胸は凄いと思う。部下に向かいそうな殺気も悪意も全部引き受けるつもりなんだ。カッコイイじゃん。
「実力なら保証してやれるぞ」
レイルが口を挟んだ。ここで戦闘訓練でも見せてやる気か? 地位じゃ黙らないだろうし……そう考えながら見守ると、赤毛の情報屋は彼らしい手法で黙らせた。
「雷神ジャック、菩薩のノア、黒い疾風、風神、炎爆ヴィリ、剛腕のジーク、赤い悪魔――何を示すかわかるか? 全部、ここにいる『死神』の配下だ」
「「「「はぁあ?」」」」
南の国の兵士達が驚きの声をあげ、一部の奴はオレを指差した。物騒な二つ名が続けば、彼らも目の前の傭兵集団が異常だと理解したらしい。
そもそも傭兵はここまで大人数で行動しない。雇っても10人くらいの集団だろう。しかも二つ名を持つ傭兵は一握りで、各集団に1人いるかいないか。それがここまで集まってるのは、実力を証明するよい判断材料だった。
そう考えると、二つ名もちばかりのジャック達の班はすごいんだな〜。他人事のように聞きながら、今更ながらに感心しているとくしゃりと髪を乱された。
この世界の奴らは、人の髪を撫でくりまわすの大好きだ。髪を整えて結んであっても関係ない。こっちに来てから、前世界の一生分ぐらい撫でられた。
「キヨ、他人事みたいな顔してんじゃねえよ。お前が死神なんだからな」
ジャックがげらげら笑いながら、ひょいっとオレを抱き上げた。掲げて見せつけるようにしながら、肩車してくれる。
めちゃくちゃ子供扱いじゃね?
「その厨二過ぎる二つ名、オレは認めてないぞ」
「そうか? カッコいいじゃん」
にやにやしながら登録したレイルに言われたくないな〜。くそっ、お前が情報屋の赤い悪魔だってバラすぞ! やらないけどな、情報屋がどれだけ危険な職業か知ってるからさ。
ゲームとかで真っ先に口封じされる役だよ。可哀想……と同情するとこだが、コイツは強いから返り討ちにするけど。
「チュウニって何だ?」
やっぱり通じなかったか。サシャの不思議そうな繰り返しの言葉が、完全にカタカナになってる。くそっ、この場面で理解してくれるブラウがいないのは辛いな。
ぐしゃぐしゃにされた髪を、ブラシを取り出したノアが直してくれる。オカンのスキルが凄いいい仕事してるけど、赤いリボンでポニーテールは間違ってる気がした。
「ノア、どうしてリボンが赤なの?」
「死神の血の色をイメージしてみた」
「ああ……っ、うん、そう?」
オカンは、アーティストにジョブチェンを狙ってないか。漫才っぽいやりとりが続く中、ジャックが不思議そうに呟いた。
「なあ、どうして死神が嫌なんだ?」
「だってそんなに殺してない。オレが殺戮者みたいで聞こえが悪いだろ」
「自覚ないみたいだが、めちゃくちゃ殺してるぞ」
「……現実を突きつけないで」
死神と呼ばれるほど殺した自覚はない。でも人を殺したのは、この世界にきた初日だった。レイルやユハに依頼されて、北の国のひとつの部隊を全滅させたのもオレ。西の自治領でも殺したっけ。
突きつけないで欲しい。オレだってこの手が綺麗だなんて思ってないけど、リアムに触るには自分を誤魔化さないと手が伸ばせなくなる。
黒髪に象牙色の健康的な肌、青く真っ直ぐな瞳。彼女は文字通り箱入り娘で、お嬢様育ちだ。オレは一目惚れだけど、彼女は多分違う。いつか他に好きな奴ができた時、天秤にかけられるんだぞ。死神とそのイケメンを!
なぜイケメンかって? ブサイクが彼女の隣に並ぶのは許さん! リアムが止めても抹殺する。それはさておき、死神とイケメンなら絶対にイケメン取るだろ。くそっ、想像だけで泣けるわ。
ぐすっと鼻を啜ったオレの目が潤む。あたふたする傭兵達がなんとか機嫌を取ろうと慌て出し、その様子をみた南の兵士がざわめいた。ヒジリがゆらゆらと苛立ちをこめて尻尾を揺らし、コウコが威嚇音を出すに至り、ようやくオレが立ち直る。
「取り乱しちゃった」
自嘲をこめて呟くと、内心での恋心の暴走を知らぬ彼らは、慌てて首を横に振った。きっと彼らの中で「キヨは思ったよりナイーブ」と勘違いされただろう。
『主ぃ、獲物捕まえたぁ』
ぬぼぉっと足元から青猫が現れる。驚いて肩を揺らしたオレが数歩下がると、マロンにぶつかった。いつの間に後ろに馬が立ってたのか、全然気づかなかったぞ。
「悪い」
『いえ、青猫は何を持ち帰ったのやら』
呆れまじりのマロンの呟きに視線を戻すと、ブラウは何かを引っ張り出した。靴、いや足もついて……足だけじゃなくて体が全部ついてる。
「ブラウ?」
『ちゃんと主の申し付け通りだよ。通信方法が知りたかったんでしょ。これが答えだもん』
褒めてくれと言わんばかりの口調で胸を張る青猫は、くるんと一回転して腹を見せた。反射的にしゃがんで撫でてしまうのは、実家の猫のせいだと思う。なんて言うのかな、条件反射ってやつだ。
『主殿、なにやら魔法陣を持っておるぞ』
ヒジリが臭いを嗅いだ獲物……失礼、ブラウが捕まえた誰かの手に紙が握られていた。これが青猫のいう成果なのだろう。
「死体に触るの、やだ」
不衛生とかじゃなくて、固い指を解いて紙を引っ張り出すのが嫌だった。考えてゾッとすると身を震わすオレに、ジャックが苦笑いした。
「死神が死体嫌いだなんて、笑い話じゃねえか」
むっとして言い返そうとしたが、口を噤む。慣れた様子でナイフを使い、指を切り落として紙を回収してくれたからだ。幾ら死体でもオレには出来ないな。切り落とすのも「悪いな」って思うし、冷たい手に触るのも絶対に嫌だった。
「ああ、ありがとう。助かった」
受け取って開いた紙は、ぐしゃぐしゃに丸まっていた。ひとまず広げてから覗き込む。滲んでる場所もあるけど、確かに魔法陣だ。問題はオレがこれを解読できないことにあった。
多少勉強はしたが、大まかな仕組みくらいしか知らない。じっくり眺めてから結論を出した
「ヴィヴィアンに回そう」
宮廷魔術師なら、きっと解読してくれるはず。そう考えたオレの呟きに、リシャールが呟いた。
「まさか……魔女ヴィヴィアン?」
傭兵でもないのに、ヴィヴィアンも二つ名もちなのか? 首をかしげたオレに、レイルがナイフで果物の皮を剥きながら教えてくれた。
「あのお嬢さん、作った魔法陣を実際に使ってみたくて傭兵に混じって魔獣退治してた記録があったぜ」
「……メッツァラ公爵家、キャラ濃いな」
転がった青猫の腹を上から下まで揉みながら、オレは肩を竦めた。油断したすきにブラウにがしっと爪で拘束されて蹴りをかまされる。どこまで猫なんだ!? と抗議するより前に、大型猫科猛獣ヒジリに首根っこを掴まれ、影に引き摺り込まれた。
『たぁ〜すけてぇ〜』
本気なのかギャグなのか。迷って見送る間に、青猫は黒豹に誘拐された。通信方法を探ってきたブラウは偉いが、そういや同じような命令を出したスノーはどうしたのか。見つけられなくて泣いてたら可哀想だ。
「スノー、帰っておいで」
『主様! 私の獲物を青猫が奪ったぁ!!』
泣きながら飛び出したチビドラゴンを受け止め損ね、しゃがんだ格好で尻餅をつく。それでも泣きじゃくるスノーは興奮して気づかず、仕方なく撫でながら落ち着くのを待った。
『みんな、軟弱なんだから』
ふんと鼻を鳴らして機嫌の悪いコウコに、機嫌を取るため頬擦りしたら、後ろから馬にリボンを噛まれた。オレは1人しかいないのに、どうしろってんだ。




