183.仕方ないので王都侵攻
「うわ、痛そう」
転移の途中で魔法陣の終点が壊されたため、体の半分だけ転送された兵士の苦しそうな姿に、顔をしかめた。それをコウコの吐いた炎が包み、彼らの無念ごと浄化する。
体が真っ二つになったのに生き残る手段はなさそうだから、仕方ないけど……申し訳ないことをした。そういえば、以前に転移魔法陣を使ったときにシフェル達から注意されたっけ。
魔法陣からすぐに降りる、途中で邪魔しない。それを逆手に取ると、兵力を削れるって寸法だが二度と使わないことにしよう。これはあれだ、『世界の理に逆らう禁忌』ってことで。厨二特有の表現がするする出てきたことで、考えを一度終わらせた。
「キヨ! 投降させた」
絶妙のタイミングで、ノアの声が聞こえる。予想より被害が少なくて済んだ。巨大な赤龍と黒豹に両側から睨まれ、聖獣には勝てないと早々に降参した正規軍の判断の早さよ。すごいな。
指揮官は誰だろう。優秀な人だと思う。期待を胸に彼らに語りかけた結果、5分ほどで判明した。
「指揮官が来てないぃ?!」
語尾を伸ばした間抜けなオレの叫びに、住民達は逆に納得したらしい。あちこちから補足の声が上がった。
「そりゃそうだろ」
「貴族連中が動くわけない」
「指揮官は一番後ろだ」
つまり、兵に守られて一番後ろでぐだぐだしてる奴が、南の国の指揮官か。貴族感丸出しの、派手な衣装の奴が多い。それから不利になるとすぐ逃げる。
聞き出した情報の大半は、兵より住民からだった。よほど不満が溜まってたらしく、情報提供を呼びかけなくても教えてくれた。
「本来の兵力はどのくらい用意してたの?」
兵士の中で階級章を襟につけた奴を選んで、引っ張り出した。尋ねるオレの後ろで、黒豹が鋭い爪を見せつける。するすると小さくなったコウコが赤蛇姿でオレの首に絡みつき、牙を剥いて威嚇した。
「顔はいいのに変な趣味の奴みたい」
ライアン、今の一言覚えとくぞ〜。恨みを込めた眼差しを向けるが、おかげで怯えた階級章持ちの舌はよく滑った。
「集められた兵力はおよそ5000。王子殿下をお助けする大義のもと、自領に侵入した敵を打ち倒すと言われました」
敬礼付きで報告され、なるほどと頷いた。ここにいるのは多く見積もって300前後。そのうちの半数以上が下に落ちた。無事だった奴は住民の袋叩きにあい、撃沈。
王都に敵がめっちゃ残ってる計算で合ってる?
「間違ってないな」
声に出したつもりはなかったが、出てたらしい。苦笑いしたジャックが、ぽんとオレの髪に手を乗せた。後ろで一つに結んだ髪を解いて、手櫛で乱れを直す。この作業は意外と考えがまとまるんだ。
ベンチを収納から引っ張ると、ジャックが並べてくれた。いちいち出すのが面倒なので、多めに取り出す。収納量に驚いた兵の注目を浴びながら、傭兵達は慣れた様子で寛ぐ。この温度差すごいな。感心しながらオレも座った。
「貸してみろ」
器用なノアがブラシを取り出して、オレの髪を梳かしてくれる。収納から取り出した青いリボンを渡し、ノアは絡めて上手に結んでくれた。
戦場だってのに、のんびり構えるオレ達をみた南の兵士から予想外の評価が聞こえた。
「すごい余裕だぞ」
「聖獣従えてるし」
「こりゃ勝てないだろ」
そういう評価目当てじゃなかったが、これが怪我の功名ってやつか。この諺もこの世界じゃ、ブラウぐらいしか理解してくれない。溜め息をついたオレに、後ろから近づいた男が銃を押し当てた。
「手を上げろ」
「はいはい」
一見すると指揮官を人質に取られた間抜けな図だが、オレに焦りはない。まず、近づいた敵に傭兵や聖獣が反応しなかったこと。続いて、今の声に聞き覚えがあること。両手を耳の横に上げた。
「どうしたの、レイル」
振り返りながら名を呼ぶ。渋い顔をして「緊張感のないやつめ」と額を小突かれた。いわゆるデコピンってやつだ。上げた両手は疲れるのでさっさと下ろした。
「従兄弟の気配を見誤るほど、耄碌してないよ」
「お前が耄碌してたら、この世界の9割は耄碌してるよ」
大袈裟なと思いながら、隣に椅子を置いて勝手に座るレイルに水筒を渡した。さきほど大量にスポドリを入れたので、空の水筒6個は満タンだ。受け取って毒味も確認もせずに飲むあたり、レイルも大概だと思う。身内認定すると、レイルは甘いからな。
「それ、毒入りだけど」
「ふーん、金属が変色しない毒?」
にやりと笑った姿に、スポドリを作った辺りから見られていたと気づく。もっと早く到着して様子を見ていたんだろう。
「ちょっと知恵を貸して」
「聞いてやる」
答えてやるとは言わない。でも答えてくれるの確実だから、そのまま話し始めた。
「この階級章がついた兵が言うには、お偉い指揮官は貴族で一番後ろにいたんだって。でも軍の転移魔法陣をオレが壊したから、途中で転移が切れちゃったわけ」
穴が開いた……底の抜けた鍋のような地面を指差す。レイルは言葉通り頷いた。本当に聞いているだけみたいだ。
「指揮官不在の兵が投降した場合、オレに何か義務が生じる?」
「捕虜として確保だろ」
「面倒だな、食料もタダじゃないんだから」
文句を言いながらも頷く。捕まえちゃった以上は仕方なかった。夏のカブトムシと同じだ。捕まえたなら放すか、そのまま飼う選択肢しかない。
「お偉いさんはどうやってここに来るのかな。貴族だから新しい魔法陣持ってたり、しないよな〜。あれ高いもん。それじゃあ馬で?」
「魔法陣はまずない。馬も……どうだ? あいつら、長距離乗れるのか」
レイルが失礼な評価をしたが、兵士達は苦笑いして顔を見合わせるから、どうやら長時間は無理だと考えたらしい。部下にそこまで酷評される上司もどうだろう。
「兵士がいっそ裏切ってこっちについてくれたら、オレの手間は減るのかな」
「寝首かかれないといいがな」
「それはないだろ。毎朝、殺意向けられて銃をぶっ放しながら起きてんだから」
けらけら笑うオレの言葉に、兵士が青ざめる。聖獣を操る淡い金髪の美少年の置かれた環境に、同情の眼差しが向けられた。そう、忘れられがちだが、オレは外見12歳のぴちぴち美少年だから! ブラウがいたら「ぴちぴちは古い」と突っ込まれそうだが、心の声なので大丈夫。
「銃抜く前に突きつけてやんよ」
ぼそっと呟いた瞬間に、気づいた。大軍の一番後ろに指揮官がいたら、頭の方で到着した連中の統率はどうしてた? だって、指揮官は後ろでお飾りなんだよな……ん?
「レイル、お飾りが後ろにいても前にいても、実際に指揮を執る奴が必要じゃないか?」
いいところに気づいたじゃないか。そう言いたげな彼の視線に、にやりと笑って『独り言』を続けた。
「オレなら先頭に使える奴を置く。つまり到着した兵士の中に本当の指揮官がいる!」
真実はいつも一つじゃないと思うが、まあ事実はひとつなわけ。起きた出来事は一つしかない。ぐるりと見回して、誰か名乗り出てくれないかと期待を込めて待つ。
「……誰も出てこないなら、一人ずつ拷問してみる?」
ずいっとヒジリが前に出た。コウコもちろちろと炎を吐き出しながら、10m級アナコンダサイズになる。聖獣の拷問、というより猛獣による甚振りを想像した兵士がざわついた。
それでも前に突き出そうとしない辺り、指揮官はよほど人望があるのだ。
「俺だ。だから部下に手を出さないでくれ」
名乗り出たのは、意外と若い人物で驚く。人のことは言えないが、18歳前後の青年は筋肉の鎧でごつごつだった。腹筋は絶対に6つに割れてるタイプ、もしかしたら8つかも知れない。細マッチョじゃなく、ゴリゴリのマッチョだった。
「指揮官より突撃隊長じゃね?」
ぼそっと呟いてしまった。彼は聞こえたようで肩を竦めて「まあな、性格的に突撃は向いてる」と返す。
「王都へ突撃してみない?」
「はぁ? お前の脳みそどうなってんだよ」
レイルが素っ頓狂な声をあげ、傭兵達も笑い飛ばした。突然の提案に、南の兵士達も顔を見合わせる。オレはじっと指揮官だと名乗り出た青年と見つめ合っていた。
「どう?」
「リシャールだ。いいだろう、その代わり国王の首は俺がもらうぞ」
何やら複雑な裏事情がありそうなキャラ、きたぁ!!!!




