12.淡い自覚(2)
下がっちゃうの? いや、シフェルにいて欲しいんじゃなく、陛下と2人きりの状況に心拍数が上げる。周囲に給仕のお姉さんはいるが、護衛がいなくなっていいのだろうか。
すでに一度暴走したオレは危険人物指定された筈で、おまけにほぼ初対面だった。
こんなに大量の宝石や金銀鎖で魔力を封じるくらい警戒していた筈。オレ自身、暴走した際はぼうっとしてよく覚えていない。つまり暴走したら、誰かに止めてもらう必要がありそうだった。
万が一、いや億が一でも暴走したら、まず陛下が危ない。ついでにオレも危ない。
毛筋ほども傷つけたら、オレの首は切り離されるか撃ち抜かれる姿しか想像できなかった。きっと始末されてしまう……。
「安心してください。今のあなたに陛下を傷つける実力はありません」
陛下って――強いんだ。安心する反面、弱いと言われた事実に気付く。複雑な思いをかみ殺して、椅子の上でじっとカップを睨んだ。
くすくす笑う侍女が目の前のカップに紅茶を注いでいく。琥珀色の温かな紅茶の香りに、どきどきする胸を押さえて深呼吸した。
言うだけ言うと一礼して踵を返したシフェルを見送り、恐る恐る隣の美人を振り返る。
艶のある黒髪はさらさらと柔らかそうだった。手入れが行き届いた爪は淡いピンクで、あまり長くない。象牙の肌はシミひとつなく、埋め込まれた瞳の蒼が瞬いた。
ああ……無理。隣にいるだけで死ねる。
語彙が足りない脳みそは酸欠状態のようにのぼせ上り、同じ空気を吸うなんて恐れ多い。どうしよう、オレ変な顔してないか? いや一応美形か、陛下には敵わないけど……。
「キヨヒト、お前がいた異世界はどんな場所だ?」
手ずから茶菓子を取り分ける皇帝陛下のフレンドリーな口調での問いに、空転する脳がなんとか答えを弾き出した。
「科学と呼ばれる技術が発展していて、魔法は一切ないんだ。戦いがない平和な国だったから、普通は銃とか扱わないし……あ、えっと扱わないです」
慌てて取ってつけた敬語に、目を見開いた皇帝が口元を押さえて笑みを浮かべた。花が咲くような微笑とは、こういう表情を指す言葉だろう。
ああ……本当にキレイだ。女性じゃなくても構わないから、傍においてくれないかな。
傍にいて欲しいじゃなくて、傍にいさせて欲しいのだ。少なくとも盾になって敵の攻撃から一度は守ってやれると思う。あ、でも陛下のほうが強いんだっけ。
「敬語は不要だ。俺も堅苦しいのは苦手だから」
謁見では自分を『余』と称していた。それが今は『俺』――つまり完全プライベートで、しかも多少なりと気を許してくれたってこと?
「魔法も戦いもない世界か……想像できない」
「国はたくさんあって、全部で200くらい。全部が戦争しないわけじゃなく、オレがいた国は戦争がなかったんだ。科学が魔法の代わりに発展してるから、日常生活は便利だったぞ」
苦手な敬語を使わないで済む状況に安心して、ちょっと馴れ馴れしい口調になったかも知れない。嫌われたら……嫌な汗が背を伝った。こういうときの『無礼講』って、本当に無礼だと嫌がられるんだよな。
かつての世界の知識を総動員して、今更ながら顔が引きつる。
「あの……」
言い訳めいた言葉を探すオレに対し、皇帝は軽く返した。
「俺の名は…そうだな。リアムと呼べ」
「リアム……様」
「呼び捨てでいいぞ、俺とお前の年齢はさほど変わらない」
気楽な言葉に頷きかけて、はたと気付いた。子供の外見につられて忘れていたが、前世界で24歳で死んだ筈だ。ならば、自分の方が年が上かもしれない。
「えっと……リアム。オレ、前の世界で24歳だった」
言わなくてもいい情報のような気がしたが、ついでに名を呼ぶチャンスと口にすれば、目を見開いたリアムがぽつりと零した。
「若いな……同じ年か」
いま、なんて?
零れそうに大きな目のリアムは、人間でいう10歳前後の外見に見える。今の12歳前後のオレより小柄で、身体のバランスも子供だった。背の小さい大人という感じではない。
なのに、同じ年齢? 誰が? 誰と!
「え? 24歳?」
失礼だとか無礼だとか、忘れて指差してしまう。のけぞるようにして叫んだオレに、リアムはきょとんと首を傾げた。不思議がる理由がないとでもいいたそうだ。
「そうだ」
「…だって10歳くらいに見えるじゃん」
言外に『年下じゃないの?』と確認するオレの突き出したままの指先をきゅっと握り、皇帝陛下は威厳の欠片もなく頷いた。
「ああ」
「……ごめん、よくわからない」
正直に眉尻を下げて理解できなかったと告げる。握られた指先が温かくて、リアムの体温は意外と高いのだと知った。緊張したオレの指先が冷えてた可能性もあるけど……些細なことでも知れると嬉しい。
同じ24歳だとして、なんで外見が子供なんだ? いい加減、この世界の説明書が欲し……あれ? 最初の頃にノアが見せてくれた『異世界人の心得』とやらに乗ってたりして。あのとき属性の部分しか読まなくて、ライアン達も植物や動物の話を付け足してくれた程度だった。
もしかしなくても、あの本を読めば書いてあったのか。
読まなかった自分を後悔しそうになって、大量に起きた事件が過ぎった。誘拐されて殴られて、建物ごと人間溶かした挙句に、騎士と戦ったので、無理かも。本読む時間なんてなかったわ。
軽く空を仰いでしまう。
「年齢と外見……キヨヒトの世界と違うのか?」
「違う。まずオレが12歳くらいの外見だから、元の年齢の半分だ。リアムは小柄だから10歳前後に見えるし……同じ24歳なのが不思議」
そこまで説明すると、リアムは納得したようだった。やはり皇帝を務めるだけあって、頭脳明晰らしい。言葉を選びながら簡単に説明を始めた。
「属性は聞いただろう? 犬猫は見た目どおり年を重ねるが、希少性が高い属性のものほど長寿だ。成人するまでは2倍、成人後は10倍ほど年を取るのが遅くなる」