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182.正規兵との激突!

 王都から正規兵が出たということは、こちらの情報が何らかの形で漏れていた。疑うべきは、城の中にいた連中だろう。


 オレが知らない連絡方法があったとして、リアルタイムに動けるとしたら……砦を奪還した時点でも連絡が届いたんじゃないか?


「ブラウ、敵の連絡方法を特定して」


『猫使いの荒い主だね〜。ちょっと行ってくる』


 文句を言ったくせに、思ったより機嫌よく出かけていった。ヒジリに言わせれば『主人殿に頼られたのだ、不満などもつ聖獣がおかしい』となるのだが。猫の気分は天気と一緒でころころ変わるもの。


『私にも何か仕事ください』


 大量のレモンを確保してきたスノーが、机の上でばんばんと足を踏み鳴らして注意を引く。ウサギみたいだからやめなさい。


「わかったから、待ってて。考えをまとめる」


 呟くと、唸り始めたオレの周りでノアがレモンをスライスし始めた。とんとんと鳴るまな板の音が、規則正しく響く。味噌汁が出てきそうだ。


「ノア」


「なんだ」


「聞かなくていいから聞いてて」


 難しい注文に、ノアは無言で頷いた。彼の切ったレモンを、ジャックが鍋に分けていく。慣れた手つきで砂糖と塩を計って入れたライアン、サシャが水を運ぶよう指示した。


 バケツに入れた井戸の水を運んできた傭兵達に、考え事を中断して指示する。


「ストップ! そうじゃなくて、井戸まで等間隔に並んで……それぞれの持ち場を決める。それからバケツごと受け渡していく。バケツリレーって言って……んん?」


 ふと何かを見落とした気がして、自分の言動を振り返る。その間に、バケツリレーで運ばれた水が鍋に注がれた。満ちた鍋をかき回し、傭兵達は手慣れた様子で配給を始める。恐る恐る濁った水に口をつけた住民から「美味しい」の声が聞こえ始めた頃、オレはぽんと手を打った。


「そうか! バケツリレーだ!!」


「もう終わったぞ」


「ボス、まだ水がいるのか?」


 配給が終わったと告げるジークムンド班の傭兵達に、ひらひらと手を振って「水はいらない」と答えた。


 オレは完全に見落としていた。この世界で転移は専用の魔法陣が必要で、大変な労力と魔力、お金が必要な術だと習った。その理由は大容量の物を遠くへ移動させるからだ。


 逆に考えたら、手紙を書いて隣町へ転送したらどうなる? 大した魔力も金額もかからない。複雑な魔法陣だって、一度作れば何度も活用できる。前にクリスティーンが持っていた絨毯のような巻物にしたら、胸元に持ち歩けるじゃないか。


 決まった相手としか使わない通信手段は、軍なら上層部と部下の連絡に使える。


「ねえ、誰か。オレが砦から追い出した兵士を連れてきて。話を聞きたい」


「彼でいいか?」


 連れてこられたのは、さきほど門の入り口で座り込んでいた青年だった。まだ若い。ゴツい傭兵に囲まれて怯える彼に、視線を合わせてにっこり微笑んだ。


 緊張を解そうとしたのに、顔を赤らめるんじゃない。そういう意味も趣味もないから。


「この街の門についたのは何時頃? 夜明けとか、大体の時間を知りたいんだ」


「着いた時はまだ暗かった、です。門を開けてもらえなくて、突き放すように死ねと言われたのが夜明け直後でした」


 聞きたかった情報は聞けたので、兵士は連れてって解放してもらった。夜になる前に彼らを追い払った。道に不慣れなオレ達だって半日以内に着いたんだから、地元の兵士はもっと早く帰れただろう。夜明け前の暗い時間、すでに王宮へ連絡が飛んでいた。


 兵士の中に階級持ちが混じっていたら、手紙だけ転送するのは難しくない。砦が落ちたことと、オレ達の簡単な編成を知らせるのに、報告書は1枚でよかった。


 街の外門へたどり着いた時点で、その男だけ回収された可能性がある。ぼそぼそと小声で呟いたオレの考えに、ノアが淡々と指摘した。


「転移魔法の痕跡なら、聖獣殿が追えそうだ。それと、先ほど捕まえた貴族の中に見覚えのある奴がいた」


 南の国の出身者ではないノアが「見覚えある」なら、それは砦でそいつの姿を見たのとイコールだ。にやりと笑ってスノーを手招いた。


「聞いてた? 転移魔法の痕跡追うのは誰が得意?」


『私が行ってきます』


「頼むね」


 小さな頭を撫でてやると、嬉しそうに空へ羽ばたいた。あ、空から移動なんだ? てっきり影に飛び込むのかと思った。


 レモンをすべて切り終えたノアは包丁をしまい、オレは空腹に鳴る腹を撫でた。


「ご飯作ろうか」 


 腹へった。そんな呟きに、住民達の切羽詰まった声が重なる。


「もう来たぞ! 正規軍だ」


 国境付近の城塞都市だ。当然転移魔法陣が常設されていると思ったが、思っていたより向こうの動きが早かった。用意できた部隊から順次送るつもりかも知れない。


「逃げろ、殺されるぞ」


「どこへ逃げるのよ!!」


「そうだ、戦え」


 逃げろと叫ぶ年長者と、もう無理だと諦める声をかき消すように、フライパン片手のおばさんが叫んだ。逃げる場所はないと告げる彼女の逞しさに、気づけばオレも口を挟んでいた。


「戦え、オレが味方してやる」


 無言でライアンが狙撃銃の弾を補充し始めた。ノアは愛用の拳銃をベルトに挟み、収納から取り出した大量の弾薬を周囲に渡し始める。戦う気満々の傭兵につられ、住民から戦いに向けての前向きな発言が聞こえ始めた。


「そうだ、搾取されるだけの人生は終わりだ」


「こうなったら徹底抗戦だ!!」


 さっきオレが渡した銃や武器は、侵入者のオレ達ではなく正規兵へ向けられた。


 南の国の状況は、どうやらフランス革命前夜のようで……。ここはこう叫ぶしかないでしょう。


「勇敢に進め!! オレがお前達を勝たせてやる」


「「「おう!」」」


 今度こそ決まった! ジャンヌ・ダルクはフランス革命じゃないが、ここは悪い王を倒しに行こうか。正義の味方のフリで、救国の王子様を気取ってみてもいい。だって、チートなんだから。


 カミサマにもらった力は、人々に使わないとね。この世界の改革のために呼ばれたなら、徹底的にオレが過ごしやすい世界に変更させてもらう。


 突き上げた拳に掛け声が上がり、人々は武器やフライパンを手に集まった。そんな彼らの先頭に立ち、オレは黒豹にまたがる。


 この微妙な光景、チートなのにいまいち締らないが仕方ない。元がニートだ。頑張ったって、足りない感じが滲み出ちゃうもんさ。


 そんなオレの後ろに現れたマロンが『背に乗るなら馬でしょ』とどっかの塾講師みたいなセリフで、後ろに乗れと騒ぐ。ヒジリから乗り換えると、確かに馬はしっくりきた。拗ねた様子のヒジリを手招きし、彼に先鋒を任せる。


「誰より信頼してる相棒だから、先鋒を任せられるんだよ」


 城の広場に浮かんでは消える魔法陣は、砂の下に並べられた石材に刻まれていたらしい。次々と現れる南の正規軍を数えながら、ヒジリの黒い毛皮を撫でた。


『我だから、か?』


「そう、ヒジリだから。オレの名をもつ唯一の聖獣だろ」


 他の聖獣はすべて色からイメージした名前だけど、ヒジリだけは違う。特別な聖獣だと持ち上げて、やる気を引き出した。ぶわっと空中で大きくなった聖獣に、後ろの住民から大声が上がる。


「ヒジリは連中を片付けて。コウコも戦闘開始、暴れていいよ」


 正規軍へ向かって飛び込む聖獣に、恐れをなして逃げ回る兵士は気の毒だが、嫌ならさっさと寝返ってもらおうか。その辺の交渉はノアやジャックに任せ、オレはマロンに囁いた。


 「戦闘状態になったら、オレを真ん中に落としてくれ」


『……ご主人様らしい無謀な作戦です』


 ぼやくが、お前……そんなに長くオレといないだろ。鬣にしがみついたオレを乗せたマロンは、嘶いてから走り出した。敵の真っ只中に飛び込むが、彼はオレを下ろそうとしない。


「ちょ! マロンが危ないだろ」


『お忘れでしょうが、私も聖獣です』


 そうだった、ただの野良馬じゃない。近づいた兵を蹴飛ばし、踏み潰し、噛みつき、マロンは予想外の戦力として敵を蹴散らした。ここで魔法じゃなく、物理で戦うところがマロンだよな。


『主殿、行きますぞ』


 ヒジリの号令で、慌ててマロンが少し浮く。その足元、砂の下にある石床の裏に刻まれた魔法陣が崩壊する。床ごとごっそり抜け落ちた穴は大きい。転移させられた兵が逃げる間もなく落ちた。

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