181.南の国の戦利品
「ん? フライパン?!」
鍋や鉄板は調理器具として手にしたけど、縁のあるフライパンは見たことなかった! 中央の国で使っていたのは備え付けの大きな鉄板と、平たくて浅い鍋だけ。今の片手タイプのフライパンは、ぜひ欲しい!! 慌てて奥さんを追いかける。
「ちょっと、奥さん。そのフライパン、どこで買ったの!」
ナンパのようなオレのセリフに振り返った奥さんは、がっちりした腕でフライパンをスイングした。あれで殴られたら王子は昇天しそうだ。
「そこの鍛冶屋が作ってるよ」
「ありがとう!!」
指差して教えてもらい、オレは戦場そっちのけでフライパンのゲットに向かった。鍛冶屋はすぐにわかる看板がついている。通常の3倍くらいのフライパンに「鍛冶承ります」の文字が刻まれていた。ぶらさがるフライパンを避けて覗き込むが誰もいない。
「すいません、誰かいませんか?」
しんとした店内で首を傾げ、奥の工房へ続く薄暗い廊下にもう一度叫んだ。それでも反応がないので、外へ出る。目の前をおたま片手に走る奥さんを見送り、気づいた。
「あ、皆が城へ向かったのか」
王子への報復を30分間許可したため、今頃あちらは大騒ぎだろう。鍛冶屋の店主の妹か姉か娘……とにかく女性親族が被害にあっていたら、彼も駆けつけたに違いない。納得したが、ここで待っても店主が戻ってくる可能性は低かった。
「しかたない。フライパンは後にしよう」
とぼとぼとヒジリを従えて歩く。いつの間にか普段サイズの黒豹に戻ったヒジリを目印に、ノアが駆け寄った。彼を目印に降りたのに、すぐにフライパンを追いかけてしまい距離が開いたのだ。
「キヨ、大丈夫か? どこもケガはないな」
手足を確認して、ぐしゃりと金髪をかき回される。オカンの心配性は直らないが、これはこれで気分がよかった。家族に大切にされる感覚って、オレは覚えていない。子供の頃は長男だから大切にされたと思うけど、きちんと覚えているのは妹に掛かりっきりの両親だけ。引きこもってからは怒鳴られた記憶しかない。
上に兄がいたら、こんな感じだろうか。
「心配かけてごめん。何ともないよ」
「働きすぎだ、少し休め。魔力酔いはないか?」
心配性のノアは近くの店先のベンチにオレを座らせ、タオルや水筒を差し出す。少しぬるい水に、魔法で氷を作って冷やしながら飲んだ。前に作ったスポドリ風飲料を作った方がいいかも知れないな。
「あのさ、飲み物作るから手伝って」
「本当に少し休め」
思い付きのままに動こうとしたら、叱られた。
座ってるからと言い聞かせて許可をもらう。収納からテーブルの先を出すと、傭兵が数人集まってきた。住民の怒りと剣幕に驚いて、周囲で見守ってしまった気のいい連中だ。テーブルを並べ、屋根だけテントも取り出す。
「ブラウ、出番だよ」
『僕の力は、ざまぁのために取っておきたいんだけど』
「聖獣の契約解除試してみたい気分になってきた」
『僕、レモン好きだな!』
わかりやすいキャラの青猫に大量のレモンを切らせる。それを鍋に入れた上から塩と砂糖をぶちまけて、周囲を見回して空に浮いてるスノーを見つけた。
「スノー! 頼みたいことある!!」
『私ですか?』
真っすぐに滑空されると怖いな。これは攻撃しないけど脅す時に使えそうだ。びくっと肩を揺らしながら、手前で羽を広げて減速したスノーが小型化して膝の上に着地した。爬虫類特有の冷たい肌を撫でて、鍋の中に水と氷を入れてもらう。
自分でもできるけど、ここは聖獣が作ったと言う触れ込みって大事。この国の住民が、自分達は聖獣の望むままに国を正したと誇りをもってくれたらいいけど。
魔女鍋サイズの巨大鍋をぐるぐると掻きまわした。このおたま、先日香辛料たっぷりスープに使ったけど、匂い移りしないの凄い。やっぱり浄化系の魔法は便利だ。中で水が氷と渦になって、底に沈んだ砂糖と塩が小さくなった。
「完成!」
「「「いただきます」」」
すでに水筒片手に待ってた傭兵がお玉で水筒に入れる。味と飲みやすさ、脱水の怠さ解消効果を知る傭兵達は、戻るなり並んで水筒を逆さにした。中のぬるい水をすべて捨て、冷たいスポドリで満たす。
最初の頃は水筒ごと突っ込む不心得者が出たが、拳で躾けたところ大人しくなった。今は全員おたまを器用に使いこなす。ふと思った。折角鍛冶屋がいるんだから、おたまの片側が三角で注ぎやすい道具を作れないだろうか。
形状はわかるんだけど、名前がわからない。説明用にメモ用紙にイラストを描いてみた。不格好だが、何とか伝わるだろう。ひょっとこみたいに横に口がついた形状だ。テレビでゼリーを注ぐとき使っていたのを観た。
フライパンと一緒に注文しよう。液体を注ぐのに便利だし、今後も使えると思う。一人で納得している間に、鍋が空になった。大きな鍋を追加して、さらに大量に作る。
「うぉおおお! おれたちの勝利だ」
城のてっぺんから雄たけびが聞こえたので、そろそろ頃合いか。鍋に大量に作ったスポドリをコップに掬って飲んでいるサシャに声をかけた。
「王子捕まえるから、誰かに地下牢開けてもらって。それと降りてきた市民にスポドリ振舞っていいから」
「あいよ。念のためレシピあるか?」
「これ。材料はこっち」
シフェルに頼まれ、軍用にスポドリレシピを作った紙を束で渡し、ついでに塩や砂糖を山積みにした。そこでレモンが足りないと気づく。
「スノー、レモンの補充お願い」
『はい。行ってらっしゃいませ』
大人しく尻尾と小さな手を振るスノーの頬が膨らんでいる。もしかしてアイツ、残ってたレモン齧った? 切った後のレモンは多少絞ったあと水に浮いていたはず。それが半分ほどに減っていた。本人が酸っぱくないならいいけどな。
果物大好き白トカゲは、膨らんだ頬を両手で押さえながら影に飛び込んだ。ブラウはこれ以上働きたくないのか、首だけ影から覗いている。生首みたいで怖いから、入るなら全身入っとけ。身振りで伝えて、オレはヒジリの上に乗った。
何番目だかわからない王子を確保して地下牢へ放り込んだが、あれ身代わりじゃないよな? 顔がめちゃくちゃ腫れてて判断がつかないけど、ヒジリが「同じ奴だ」と断言したので牢へ転がした。ついでに側近らしい貴族を数人、並びの牢へ入れていく。住民の声を元に選別したので、まともにお仕事していた文官などはちゃんと省くことが出来た。住民の協力って大切だよね、うん。
テントへ戻ってスポドリで喉を潤したオレに、フライパン片手の奥さんが声を掛けてくれた。オレがフライパンを探しに鍛冶屋に向かった後、現場でフライ返し片手に王子をボコる鍛冶職人と遭遇したらしい。誰もいない店を教えてしまったと親切にも呼びに来てくれたのだ。
彼女の紹介でありがたくも、フライパン様を手に入れた! 新品の鉄フライパンは油を馴染ませるよう、しつこく言い聞かされた。そのついでに横口おたまの絵を見せて作ってくれと依頼する。唸っていたが、すぐに挑戦するらしい。
南の国を攻めた一番の戦利品はフライパン、次点で横口おたまか。さらに次点でマロンだ。聖獣はもうお腹いっぱいだった。個性強すぎてオレが辛い。あ、シフェルへの土産は奪還した砦で満足してもらおう。
この時点でオレは満足していた。まだ王都が残ってるけど、適当でいいよな? 欲しい戦利品を先に手に入れたため、気持ちはだるだる~っと崩れていた。
「キヨ! 大事件だ」
「今度は何?」
地下牢に別の聖獣がこっそり隠れてないか確認したし、コンプリートも終わったから、もう新しいの増えないはず。のんびり構えたオレの耳に飛び込んだのは、確かに大事件だった。
「王都から正規軍が派遣された!」
「はぁああ? ……確かに大事件だ」




