180.権力のあるクズは最低
打ち破った屋根の端材を空に巻き上げたブラウが、げらげら笑い出す。空中を転げ回りながら笑い続ける姿に、駆けつけた傭兵連中が首をかしげた。
『ひっ、も……むり、なに、これぇ』
声にならない笑いに混じる言葉に、オレも叱る気が失せる。だってそうだろう、屋根に穴開けて城の上階から突入したら……そこがお取り込み中だなんて、誰が予想した?
南の国の何番目だか知らないが、王子様なわけだ。つまりこの城がある街の領主で、責任者だぞ。それがベッドでシーツに包まって、女性達とイチャついてるのは異常な光景だった。
民の反乱があり、正規兵じゃなくても中央の国が攻め込んで来た――どう考えても戦時中なのだ。陣頭指揮をとるべき王族が、女を抱いてるっておかしくね?
ついでに言うなら、オレは死ぬまでDTだったのに。羨ましくなんかないぞ。だって、今は美しい黒髪美人の婚約者がいるからな。リア獣を操るリア充のオレに死角はない。
「あーあー、あぁーっと」
マイクテスト代わりに声を張り上げると、ようやく笑いのツボが一段落したブラウが声を拡散してくれる。
「南の王子だよね? 女達とナニしてんの」
「うるさいっ! 貴様、どういうつもりだ! 私は王族だぞ。貴様のような下種とは生まれも格も違うのだ。見下ろすなど不敬だ、降りてきて詫びろ」
王子の言葉も、女性達の悲鳴もしっかり拡散されるが……ブラウお得意の嫌らしいやり方だった。真下の部屋にいる王子には聞こえない。つまり拡散されたと気づかず、大声で空中のオレに怒鳴り散らした。
「父王に私が言えば、お前の首などすぐに飛ばせる。さっさと詫びろ! あと外のうるさい騒動を何とかしろ。集中できない」
これ、この街の国民やうちの傭兵全員に聞こえてるぜ? ナニに集中したいのかは置いといて。
巨大黒豹に跨ってる時点で、聖獣の存在に気づこうか。それと聖獣の方があんたのパパより偉いから。偉い偉い聖獣様のご主人様だからね、オレ。
頭が高い、控えおろう! って叫んでみたいが、相手がすでに低い場合は使えない。ちょっと使いどころが難しいな。祖母と見た時代劇のセリフを思い出したが、今回はお蔵入りだった。
「うん、これはいらない」
オレの一言が決起の合図となった。わっと湧いた国民の声が城を揺るがし、騎士や兵士が武器を捨てて投降し始めた。自分達が必死に敵を食い止めている間、逃げるならまだしも女を抱いてる王子なんて守れない。気の毒なので、ジャックへ風を使って伝言を飛ばした。
「王子とその周辺で甘い汁吸ってた奴以外は、丁寧に扱ってね」
「相変わらず甘いが……これがキヨだからな。わかってるよ」
ジャックが手を振りながら了承してくれた。これでこの街の住人が暴走しても、傭兵達がある程度まとめてくれる。
騎士や兵士が武器を放棄して投降し始めたため、あっという間に市民が駆け上がってくる。このまま突入されると、素っ裸にシーツ巻いた侍女やご令嬢が危険だった。飛び降りて女性の安全だけ確保する? でもその姿は誤解を招く気がした。
まるでオレが女を奪うために飛び降りたと思われるのも癪だし、万が一リアムの耳に入ったら軽く3回は死ねると思う。
「ブラウ、女性の安全を確保。外へ逃してくれ」
『あいよ〜、お任せあれ』
なんだろう、嫌な予感が?
『主殿、あやつに任せてはっ!』
ヒジリの叫びに慌てたオレは、ひとまず止めた。
「ま、待て! ブラウ、待て!!」
『残念、僕は猫だから芸は出来ないんだよ〜。それと』
そこで意味ありげに言葉を区切った青猫が、にやりと笑う。あれだ、お化け屋敷の化け猫系の、口が裂けてる感じの顔。
『もうやっちゃった』
ヒジリが溜め息をついた。目の前を白いシーツが飛んでいく。ご令嬢だか侍女だか裸では判断つかない女性達は、確かに安全に外へ運ばれていた。
ここに命令違反はない。そう、言うならオレの命令が悪かったのか? ブラウ以外ならこんな意地悪なことしないと思うけど……ああ、そうか。オレは命令の内容を間違えたんじゃない。頼む奴を間違えたんだ。
がくりと肩を落としたオレの前を通り過ぎたシーツの端を掴んだ、すっぽんぽんの女性が通り過ぎ、彼女の後ろから別の女性も空を飛ぶ。怯える彼女達はシーツにしがみ付こうとするので、下から胸や足が丸見えだ。隠そうにも難しいだろうが、身体を丸めりゃいいのに。
ちょっと自業自得だから、これがラノベで読んだ「ざまぁ」って展開か?
『僕、リアルざまぁしてみたかった』
「ああ、うん。わかるけど」
オレが女性の扱いが非道な奴だと思われちゃうじゃね? もう少し優しい方法はなかったのか。せめてシーツに包んで運んでやれ。
ブラウはニヤニヤしながら空中を歩き、女性達を巻いた風を操る。そのまま城外どころか塀の外へ出してしまった。下ろされた場所が街の外なので、あれは服の調達に苦労するだろう。
「お前さ、オレの命令を曲解するの……やめろよ」
溜め息をついた足元で、なぜか歓声と怒号が同時に沸き起こった。両手で顔を覆っていたオレがそっと覗くと、住民達は男女問わず歓声を上げて拳を突き上げる。怒鳴ったのは王子だった。目の前で女性達を拉致られたんだから、当然だけど。
こういうのって「キャトられる」で合ってる? 宇宙人にビームみたいな光で回収されるやつ、映画で観た。
『ついでにキャトってみた』
「だよね」
うん、知ってた。楽しそうなブラウが戻り、コウコはひらひらと空を舞う。大きな龍体は光を弾いて幻想的で美しかった。巨大化したスノーも、尻尾で余計な壁を壊している。建物や公共施設を壊さないのは、すでに住民が味方だからだ。マロンはいつの間にか、逃げる貴族を蹴り飛ばして確保していた。
馬鹿な子ほど可愛いっていうだろ? あれは嘘だ。今のオレはブラウを殴りたいからな。そりゃあもう、吹っ飛ぶくらい全力で。
足元では王子が住民に捕まって、2〜3発殴られていた。溜め息をついて見守る。
「ねえ、殺されそうになったら助けてやって」
『いやよ』
『お断りします』
コウコとスノーに断られるが、ここで新参者のマロンが株をあげた。器用に空中を駆けてきた馬は、ふんと鼻を鳴らした後で軽く請け負った。
『ご主人様、僕が助けてやりますよ』
「お、いいね。任せ……ごめん、その前に助け方を説明してくれる?」
ブラウで何度も失敗したため、オレもさすがに学んでいた。彼は悪びれた様子なく、当たり前のように教えてくれる。
『簡単です。あの男を空へ蹴飛ばせば、住民達も諦めますよ』
人の恋路を邪魔してないのに、馬に蹴られちゃうのか。それも嫌だが、死ぬよりマシだと思ってもらおう。
「出来るだけ加減して」
唸りながら許可を出したオレの耳に、下の住民の声が届いた。
「俺の妻に手を出しやがって! このクズ王子が!!」
「お前がうちの娘に手を出したのは知ってんだぞ!」
……聞こえちゃったからさ。ほら、彼らの心境もわかっちゃうし? 僕は何も見なかったことにしよう。大きく溜め息をついて、ヒジリに合図して背を向けた。
「30分くらい、休憩してくるから……殺されなきゃ放置していいよ」
先ほどと似た命令だが、かなり内容に幅を持たせた変更に、ブラウが空中で寝転がりながら尻尾を振った。
『さすが主、わかってるね。クズ王子にざまぁは定番だもん』
黒豹が駆け下りたのは、ノアが待つ地上だった。城壁の外なので、まだ住民が城に駆け込んでいくのが見える。どこかの奥さんがフライパン片手に走っていった。