178.国のために戦ったのに、見捨てるの?
『物語の最終回みたいだったよね〜』
尻尾を振りながら、青猫が揶揄ってくる。わかってる、オレだって『完』や『終』の文字が画面の右下に出てきそうだと思った。でもな、現実って簡単に綺麗なところで終われないわけ。
「うっさいな」
ヒジリの背に乗るのが日常だったが、強請られてマロンの背に乗っている。軍を率いる人の乗り物って、黒豹じゃなくて馬だよな。角が短くて栗毛のただの馬に見えるけど、違和感なく仕事しているマロンはご機嫌だ。
マロンの少し先、オレの視界に入る位置でヒジリが存在を主張しながら歩く。ちらちらとこちらを伺うのは、「いつ乗り換えてもよいぞ」という意思表示だろうか。だとしたら、適当なところで黒豹に乗り換えよう。
「キヨ、そろそろだ」
先行するサシャの合図があったため、傭兵達が一度足を止めた。ノアの声に気を引き締める。
後ろの傭兵の数は2割ほど減った。ユハやジークムンドの班の傭兵の一部に砦へ残ってもらったのだ。奪取した砦を奪われないよう、籠城できる準備もしてきた。
弾薬や食料を、マロンのいた地下室に保管した。収納が使える奴には、自分のテントや装備を外に出して食べ物の保存を優先してもらう。地下室も涼しいからパンは構わないが、肉や魚は収納空間の方が長持ちするのだ。
装備やテントも一式渡して、砦の守護神として聖獣を1匹置いていくことにしたが、それを決めるのに揉めた。
基本的に強い奴ほど我が侭を通す傾向が強い。聖獣は世界最強の生き物で、契約者の側から離れたいと思う聖獣がいなかった。強いて言えばブラウが「昼寝もいいかもね」と呟いたが、コイツはオレがいないと傭兵を見捨てかねない。
寝て起きたら全滅してた、平然とそう曰うタイプだった。そのため最初に選択肢から外される。ヒジリは置いていったら騒ぎが大きいし……いろいろ考えた結果、オレに前契約者の収納を渡し忘れたスノーに決まった。
他の聖獣達に押し切られたスノーは、ほとほと涙を落としながら「捨てないで」と懇願する。酷く哀れな姿に、抱き締めて言い聞かせた。
「オレはスノーが信頼できるから仲間を守る大役を与えるんだぞ」
現金なもので、すぐに立ち直ったスノーは広い中庭の真ん中で巨大ドラゴン姿で見送ってくれた。寂しくて我慢できなくなれば、影を使って顔を見せるだろう。過剰戦力な気もするが、砦を取られると中央の国に対して立場が弱くなるので、がっちり守る必要があった。
退路を確保しつつ進んだオレ達の目標は、この先にある南の国の国境を攻め落とすことだ。国境の街の城は、南の国の王子が治めている。この城を少人数で落とし、その功績と王子の身柄を盾に、交渉へ持ち込むのが最高のシナリオだ。
「様子はどう?」
もう侵入に気付かれているはずだ。傭兵が中央の国が作った砦を奪還した話は、すでに帰した兵が伝えただろう。ならば守りを固めているはず……そう告げたオレに、サシャの報告が入った。
「キヨが逃した兵は、門の前に締め出されてたぜ」
「なんで?」
素で驚いた声が出る。彼らは自国の兵で、洗脳されている様子もない。砦を落とされたとはいえ、戦った兵士を締め出す理由がわからなかった。これじゃオレ達の話が通ってないんじゃないか?
きちんと仕事したんだから受け入れて、内側で労われて当然だ。そうぼやくと、呆れ顔のジャックに指摘された。
「忘れたのか? お前の考えはこの世界の非常識だ。傭兵のおれらもそうだが、負けた兵士なんざ用無しなんだよ。だから門を閉じて、見せしめにする気だろう」
戦わなければ兵はこうなる。見捨てられると国民へ警告する材料として扱った。傭兵ならば珍しくもない話で、彼らは独自のルートで別の国に流れるが、兵士は元が国民で親や家族を捨てて流れる訳にいかない。
街を囲む塀は高く、とてもではないが人が越えられるものではなかった。近くに川もなく、兵士達は諦めの表情で座り込んでいる。
帰してくれるのかと目を輝かせたおっさんも、殺されなかったことを喜んだ若者も、全員が死んだ魚のような目で俯く。その姿を哀れむより、腹が立った。
これだけの人数がいて、どうして立ち向かわない? 別の入国手段を考えない。いっそ戻ってきて、オレに文句を言えばよかったんだ。
見当違いだと自分でもわかるが、八つ当たりの方角が間違っているのも自覚があった。しかし我慢できない感情が吹き出す。
『主殿、目が……』
「わかってる。ヒジリ、オレを乗せて走って。マロンはここで仲間を守って欲しい。コウコ、空から暴れていいぞ」
『承知した』
『わかったよ』
『暴れていいのね? 好きにやらせてもらうわ』
それまで寛いでいた青猫も、好戦的な所作で尻尾を振る。
『主、派手にいくの? 僕も』
「ブラウはあの門を切り裂いてから、中で好きに暴れてよし。逆らう奴は半殺しで!」
物騒な作戦変更に、ノアが慌てて止めに入った。肩を掴んで正面から顔をのぞいて、息を飲んで言葉を失う。
「どいて、ノア。仲間にひどいことしたくない……オレはこういう不条理嫌いなんだよ。貴族の権力を笠に着て、現場の苦労も知らずにあれこれ指図するのも。大変な思いをしてる末端を簡単に切り捨てるのも、煮え繰り返るほど腹が立つ」
「だが」
「計画が……」
にやりと笑って、仲間を振り返った。真っ赤な瞳に気づいて、傭兵達が数歩下がる。赤瞳の竜―― 属性の中で最強を誇り、赤瞳が発現すると狂うと言われる赤い瞳を向けられ、彼らの本能が恐怖に慄くのがわかった。
「援護は許してあげるから、逃げてきた兵を片っ端から捕まえて保護しておいて」
まだ口調は普段の調子を崩さない。不思議なことに、前に暴走した際の高揚感と、普段の自分が同居していた。
魔力が昂まって吐き出したいのに、仲間がいる場所だからと自制が働くのだ。誰でも彼でも殺したいと思った暴走と違い、きちんと感情も制御できている気がした。
「大丈夫、まだ暴走してないから」
その言葉に、一番最初に反応したのはジャックだった。暴走して手がつけられないオレを、彼は知っている。シフェルが止めに入るまで、必死でレイルと対峙したジャックはオレの余裕に気づいたらしい。
「わかった。行ってこい。ただし……無理だと思ったら合図しろ」
何を言われるのかとぱちくり目を瞬いたオレに、ジャックは威圧に引きつりながら口角を持ち上げた。
「迎えに行ってやるよ。まだガキだから、な」
「ふーん、それなら帰りはジャックの肩車を希望するよ」
くすくす笑って、軽く返した。顔を上げて数歩進めば、前を塞ぐ傭兵達が道を開けた。今のやり取りで、オレが冷静さを失っていないと判断したのだろう。戦場でぴりぴりした状況を生き抜いた彼らは、己の感覚を信じた。
ぴたりと隣に寄り添うヒジリの上に飛び乗り、掲げた右手をひらりと振った。無言で行われた戦闘開始の合図に、傭兵達も銃を抜いて構える。ひらりと空に舞い上がった赤蛇が、見る間に巨体を露わにした。
空の覇者である龍の鱗を煌めかせ、コウコが魔力を高める。口を開いて炎をちらつかせると、そのまま砦へ向かった。
ヒジリが勢いよく走り出す。慣れた黒豹の背から振り落とされる心配はない。脚でしっかりヒジリの躍動する筋肉を感じながら、波打つ背に身体を添わせた。
「うわぁあああ!」
「なんだ、あれは」
騒ぐ門の声が聞こえ、コウコが大きく身をくねらせた。吸い込んだ息を吐くタイミングで、大きく炎を叩きつける。地上の表面を舐めた火炎が、黒く炭を残した。手加減しているのだ。本当なら、石造りの門を溶かす高温を操る龍だった。
南の国建国以来の災難は、こうして降って湧いた。