177.仕事は続くよ、どこまでも
「素直に言ったのは認めるが、このぉおおおお!!」
スノーの頭についたドラゴン耳の上を、ぐりぐりと拳で挟んだ。いわゆる人間のこめかみ部分だ。
『主様、ひどっ、あ……痛いぃ!!』
「うっさいわ! この、忘れ物大王め!!」
忘れてた――ブラウが言ったら納得してしまったかも知れないが、癪に触るのだ。そんな大切なこと忘れるんじゃない。しかも他の3匹のしんみりした話の後だから、余計に腹立つわ。思い出した時点で自己申告しろ。
しばらくグリグリしたら気が済んだので、溜め息をついてスノーを抱っこした。大きな目に涙を滲ませた小動物って狡い。オレが悪い奴じゃないか。仕方なく肩に乗せて、乱暴に首から頭を撫でておいた。
『ごめんなさい、主様』
「わかればよろしい」
許すしか選択肢はない。忘れることもあるだろうが、ちゃんと謝罪できれば許すのも必要だった。じゃないと、オレがミスった時に逆襲される。
「おう、終わったのか」
この騒動を黙って見守ったジャックが、口を挟んだ。その隣で笑いすぎて呼吸困難に陥ったジークムンドが転がっている。立てなくなって膝をつき、それでも耐えきれずに転がったようだ。
「ひっ……ひぃ、も、むり……う、ははっ」
苦しそうだが、これは治癒が効かなさそう。仕方ないので、自力で収めてもらうことにして無視する。笑い過ぎると腹筋痛くなって、それがまた笑いを引き起こすんだよ……経験者なので遠い目になってしまう。
「ボスの片付けも終わったし、飯にしようぜ」
「そうですね」
ジークムンドの班はオレを「ボス」と呼ぶ。ジークムンドの口癖がそのまま染み付いたのもあるが、彼らは雇い主を「ボス」と呼ぶ習慣があるらしい。
「飯食えば、嫌なこともどうでもよくなるさ」
なぜかジャックにめちゃくちゃ慰められてる。まあ、ペットの悪さを許してやるのは飼い主の義務だろう。肩でしょげるスノーを乗せたまま、テントへ戻った。
「いただきます」
オレの号令にあわせ、よそわれた食事に手を合わせて挨拶した傭兵達が食事を始める。ふと気づいた。
「皆、食べ方が大人しくなった?」
向かいに座ったユハが「ああ」と納得した様子で頷いた。彼の説明によれば、オレについていけば食事には困らない。美味しい食事をもらえるんだから、しっかり味わった方が得だ……となったらしい。
誰かが言い出したわけじゃないが、飢える心配がないと分かったんだろう。食べたいだけ好きに食べさせた甲斐があったというものだ。
「キヨに仕事切られたら、ショックでしばらく立ち直れなくなりそうだ」
苦笑いしたジャックは、傭兵として長く戦場にいた。だから戦が終われば傭兵が不要になり、解雇される繰り返しを経験している。心配するのも当然だった。
前の世界でも雇用止めとか、派遣切りなんて単語があったし。傭兵は他の業種につけない人が集まってるから、戦争がなくなるかも知れないなんて死活問題だ。士気が落ちるから、不安は早めに解消しておこう。
「仕事ならずっとあるよ」
少なくともオレが生きてる間は、仕事を与えられる。それ以降は、孤児院出身者が世間の見る目を変えてくれたら、仕事が続くと思う。
「少なくともオレが死ぬまで、選ばなきゃ仕事あげられるけど」
竜の属性は長生きだ。犬や猫、鳥属性が多い傭兵より寿命は長かった。夢半ばでオレが殺されなきゃ、彼らの仕事は死ぬまで与えることが可能だ。
5つの国はそれぞれ独立を保ってもらう。そのため国境警備の兵が必要だ。これは正規兵で賄えるけど、単発の騒動は傭兵が向いている。特に敵地に乗り込んで戦うなんてパターンは、正規兵だと弱い。あらゆる国の孤児が集まった傭兵軍団だからこそ、対応が可能なのだから。
それに傭兵は仕事の質に拘らないし、真面目だ。手先の器用なやつは建築系の手伝いも出来るし、文字が読めるようになれば文官の手伝いも任せられる。今後手に職つけてもらう予定だし、オレの警護でずっと働く方法もあった。
やたら狙われそうな立場になるから、安心できる実力者である傭兵は確保しておきたかった。敵に雇われりしたら、お互いにやりづらい。
そう説明して、スープの残りを飲み干す。調味料を使って彼らが味付けたスープは、オレの味に似ていた。後少し塩を抑えたら、本当に美味しいと思う。
「ぷはー、ご馳走様でした」
両手を合わせると、周囲の連中も真似して呟いた。今更だが、この挨拶は広めてもいい文化だろう。実害ない上に、食べ物に感謝する習慣だからな。日本人転生の証として、根付かせてしまおう。後からきた別の日本人が、にやりとしてくれたらいい。そんな仕掛けだ。
「なあ、キヨ。本当におれらを雇うのか? だって偉くなるんだろ?」
他の優秀な騎士だの、職人だの、雇い放題だ。そう呟くジャックの自信なさげな様子に、苦笑いして椅子の上に立ち上がった。行儀悪いが、届かないんだから仕方ない。靴を脱いで机の上に膝で乗り上げ、ジャックの硬い茶髪を乱暴に撫でた。
「あのさ、オレは楽して生き残りたいタイプなんだよね」
出来るだけ苦労せず、楽に生きていきたい。誰でも思う当たり前の考えの持ち主で、別に誰かを救うなんて崇高な意識はない。
首をかしげるジャックへ、しっかり言い聞かせた。
「いいか? 強い実力者が金で雇えるなら、雇ってオレは戦わずに楽したい。そいつに払う金をケチって敵に回られるくらいなら、がっちり契約結んで囲い込みたいんだよ」
気が知れてるからこそ、互いの癖がわかる。そんな仲間と戦うのは、普通の敵より疲れるだろう? 何より気分が滅入る。勝っても負けても嫌な気分になるのに、なんで戦わなきゃならない。しかも金を払えばその嫌な体験を避けられる道があるのに、わざわざ金をケチって嫌な思いをするドMな習性はありません。
説明を終えると、なぜか尊敬の目を向けられた。
「すごい考え方をする奴だな」
「ボスらしい考えだが、普通は金を取るぞ」
ジークムンドとジャックに肩を竦めて言い聞かせる。彼らは敵にしたくないから、きっちり理解させる必要があった。
「考えてみてよ。金は稼げば払える。借金したって返せばいいだろ? でも人間関係は壊してしまったら戻らないんだ。表面上は仲良くなれても、きっと心の中で裏切られる心配が消えなくなる。そんなの最悪じゃん。オレはこの世界で親戚も親もいないのに、友人まで失くしたら生きていけない」
自分で言っておいてなんだが、泣きそうだぞ。そう、この世界にオレを守ってくれる奴はいない。引きこもりを許してくれる親も、しっかりしろと叱ってくれる家族もいないのだ。異世界人という単語が示す通り、世界が違う奴だった。
いきなり戦場に無手で放り込まれたオレを助けてくれたのは、ジャックやレイルで。シフェル達も助けてくれたけど、リアムって恋人も出来たけど……馬鹿を言い合える友人の地位は、どうしたって傭兵に傾いてしまう。
「友人か。いいのか?」
おれらで――その響きに、大きく頷いた。深呼吸して、目の奥がじわっとしたのを誤魔化す。涙は女と子供の武器だが、この場では卑怯だろう。少なくとも味方へのオウンゴールに使っちゃダメだ。
「お金で友情買うのって、卑怯な気もするけど」
くすくす笑いながら涙を隠す。くしゃりと乱暴に髪を乱すジャックが、ずずっと鼻を啜った。すると後ろからノアがしがみつき、隙間からライアンに肩を叩かれた。コイツらは本当に真っ直ぐで、気のいい奴らばかりだ。
この世界が善良で正直な奴が多いのは、異世界人が余計な知識を持ち込まなかったからだと思う。オレと同じで、この世界に長くいると居心地の良さに、壊したくないと考えるんだろう。
だから残虐なだけの武器を与えなかった。世界を濁らせる知識を教えなかった。オレもこの世界を守りたいから……いつか死ぬ日に誇れる自分で居たかった。




