175.不審物の正体判明!
真剣にメモを片手に調べたノアも、首をかしげた。ノアの照合が終わるまで、見知らぬ荷物を確認するジャックが声をあげる。
「確かにキヨの荷物じゃないな」
荷物を漁っていたジャックの手に、見たことがない黒い物体が握られていた。それを見るなり、ライアンも「キヨの持ち物じゃない」と呟く。というか、何だ? それ……近づいて確認しようとするオレから、さっと隠しやがった。
「見せて! 何に使うものなの?」
「それがわからない奴に渡せるか」
「そうだ。子供が興味持つようなもんじゃない」
ジャックとライアンが逃げ、オレが追いかけ回す展開になり、溜め息をついたノアが乱入した。ジャックの手から取り上げた黒い物を自分の収納へ放り込み、ノアが叱りつける。
「ジャック、ライアンも! 騒いだら目立つだろう!!」
「いや、もう見ちゃったけどな」
ぽりぽりと頬を指先でかいたジークムンドの声に顔を向けると、数人の傭兵が苦笑いしていた。理由はわからないが、約1名は赤い顔をしている。
「具合悪いのか?」
近づいたら、真っ赤な顔で勢いよく逃げられた。伸ばした手をそのままに、オレはどうしたものかと困惑顔で振り返る。するとジークムンドが複雑そうな顔でぽんとオレの肩を叩いた。
「うん、まあ。奴は若いから、放っておいてやってくれ」
「それより朝食の準備をするか」
「さっきの黒い物は何?」
話を逸らし損ねたノアが、視線を彷徨わせてからジャックの肩を叩いた。
「あとは任せる。おれは料理してくる」
「おれも手伝う」
サシャがさり気なくノアと離脱を図る。そこまでして教えたくない物なのか? 単語を口にすると呪われる、とか! 異世界だから有るかもしれない。だったら紙に書いてもらう……っと、傭兵連中は文字書けない奴多いんだっけ。
言えない、書けない。これは呪いの品確定だな。唸るオレの髪をくしゃりと撫でたジャックが、ぼそっと教えてくれた。
「あれは、その……なんだ。男同士のアレで使う、アレだ」
隠語だらけの説明に、逆に生々しく伝わってしまった。男同士のアレで使うアレ……もしかして、体内で使う物、か。
「物が何かわからないのに、キヨが持ってるわけないよな」
ライアンがげらげら笑いながら、濁した説明を必死で行ったジャックの横をすり抜けた。残されたのはジークムンドとジャック、固まったオレと数人の傭兵達。全員が顔どころか首まで真っ赤だった。品物の使い道は理解できた。
「ありがと。言わせて、その……ごめん」
「あ、ああ。気にする、な」
ぎこちなく会話を終わらせ、オレはノア達のいるテントへ向かった。
オープンタイプの食堂テントは、多くの傭兵が集まって野菜を切っていた。オレの取り出した食材が、次々と運ばれる。指揮を執るノアが振り返った。
「キヨ、荷物の収納はいいのか?」
「片付けた方がいいぞ」
「味付けまでは作っておく」
口々に荷物をしまうよう言われ、それもそうかと納得した。こんな状態で襲撃されたら、荷物を諦めて逃げないとならない。それは困るだろう。何しろ食料から寝室用テント、ベッドに至るまで出しっぱなしなのだから。
「わかった。悪いけど任せる。手の空いてる人はテントとベッドの片付けお願い」
「命じればいんだよ、ボス」
そう言われても、君らのが年齢上だからね。前の世界で24歳だけど、年下って数えるほどしかいないと思う。しかも見た目が12歳のガキに命令されるのは、戦場だけで充分だろ。手近な荷物を収納へ放り込みながら、メモした。
「戦場で命令聞いてくれたら、あとは別に命じなくてもいいかな~って。人生経験はジャックやジークのが上じゃん」
「そう考える上司なんて、見たことねえよ」
「傭兵は戦場で役立つ奴隷くらいにしか思われてねえからな」
「その辺の地位向上はしっかり、オレらが改革するけどね」
シフェルやレイル、リアムも賛同してくれた。宰相のウルスラはしばらく考えていた。慎重に意見を出す立場だし、当然だと思ったので待っていたら「反対ではない」と苦笑いされる。どうやら傭兵の地位を向上した場合の、多方面から押し寄せる苦情の処理を想像したらしい。
英雄の肩書で黙らせられないの? そう告げると、彼女は笑って「利用させてもらう」と請け負った。おかげで中央の国での傭兵の扱いは、かなり良くなると思う。傭兵予備軍の孤児も、今後は孤児院で文字を学んで仕事の幅を広げるだろう。
オレが出来る改革は、その程度だ。あとはこの世界の人間がやることだった。あまり異世界知識に頼る癖をつけると、また異世界人を捕らえて利益を独占しようとする馬鹿が発生する可能性がある。オレみたいにチート貰えてればいいけど、そうじゃない異世界人が来たら悲惨な未来が確定だ。
「ボス、テントだ」
「ありがとう。ひぃ、ふぅ、みぃ……全部で6つ?」
「いや、あと2つある」
届けられた6セットを収納してからメモ用紙の数を修正した。この辺は改良したい。入れた中身を自動筆記してくれる道具や技術がないか、探さないと。
「ベッド畳んだぞ」
「こっちへ積んでくれ」
北の戦場で一緒だった連中ばかりなので、手際がいい。毎日出したりしまったり忙しかったし、新しいベッドは折り畳みが楽になった。あっという間に積み上げたベッドも収納していく。それから、確認のために積み上げた着替えや武器をしまい込み、食料の残りを入れた。
すべて片付けたところで、残った一角の荷物を眺める。
「結局、これって誰の荷物なんだ?」
酒、くたびれた衣類、汚れた武器は長く手入れをしてない。旧式と呼んでいいのか判らないが、ファンタジーでありそうな剣や盾もあった。調理器具も鍋は錆びている。毛布や布のテントもあった。誰かの旅行セットみたいだ。
「捨てちゃおうか」
使えそうなのは半分もなさそうだ。洗ってあるが首回りがくたびれたシャツを摘まんで首をかしげる。このまま砦に捨てておいても問題なさそうだった。
『ご主人様、これは前のご主人様の遺産です!!』
飛び出した馬……うま? ウマ、だよな? 大きく上半身をかしげて覗き込み、不思議な生き物を眺める。いや、金のオブジェが頭に乗ってるから、間違いなくマロンなのだけれど。
競走馬みたいな巨体が、小さくなっていた。ポニーよりさらに小さく、これでは大型犬と変わらない。姿かたちは馬なのに、ミニチュア。あれだ、馬の縫いぐるみに似ていた。
「マロン?」
『ほかにいません』
当たり前のように返されて、慌てて頷いた。少し拗ねてるっぽい。よくわからないが、鬣の部分を撫でておいた。他の部分に触っていいか、馬を飼った経験ないから知らない。ただテレビでタレントが撫でてたのは、鬣だったと思う。
「前のご主人様の物が、どうしてオレの収納に」
『あれ? 聖獣が持ち歩いてる収納は、ご主人様が出来たら全部お渡しするものですが』
他の4匹と契約してるのに、どうして知らないの? そう尋ねるマロンの金瞳に、オレはにっこり笑って4匹を呼び出した。
「ヒジリ、ブラウ、コウコ、スノー」
のっそりと顔を見せた黒豹は視線を合わせず、コウコは舌をちろちろ出しながら赤蛇姿でとぐろを巻く。チビドラゴンのスノーは、足にしがみついた。顔を見せない作戦で粘る3匹はともかく、約1匹青いのが姿を見せない。
「ブラウ、出て来い。これは命令だ」
『横暴だと思うわけ』
「やかましい!」
ごつんと青猫の頭に拳を振り下ろし、オレは腰に手を当てて聖獣たちを睨みつける。
「なんで言わなかったんだ?」
収納物なんて受け取ってないし、その話も知らない。聖獣について勉強した際に載ってなかった情報だし、教えてくれてもいいじゃないか。別に無理に取り上げたりするつもりはない。前の契約者との思い出を大切にしたかったなら、そう説明すればいいんだ。
のけ者にされた気分で口を尖らせたオレに、予想外の答えが返ってきた。




