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12.淡い自覚(1)

 ………あれ? なんでノアがここにいるんだっけ?


 いまさらな疑問が浮かび、ノアにしがみついたまま見上げる。目は口ほどにものを言う……そんな言葉に当て嵌ったのか、苦笑いしたノアが口を開いた。


「謁見で後ろにいたの、気付かなかったか?」


「ん? ノアが、後ろに??」


 素直に記憶をさらってみるが、残念――まったく残っていない。というか、皇帝陛下の前にすべて消えてしまった。見事なくらい真っ白な記憶で愕然とするオレに、シフェルが呆れ顔で続けた。


「その様子だと、何も覚えてないでしょうね」


 当たりだ。シフェルの顎にぶつけた赤い痕が残っているのを見ながら、愛想笑いして頷く。バツが悪い気分を誤魔化す手段として、日本人必須アイテム『愛想笑い』は、異世界でも効果を遺憾なく発揮した。


 追求を避けるアイテムとして、今後も活用できそうだ。


「まあいいでしょう。お茶会に遅れるわけに行きませんので、追求は後にしてさしあげます」


 恩着せがましいシフェルの言い回しだが、耳に残ったのは『お茶会に遅れる』だけ。そうだ、皇帝陛下ともう一度会える。しかもお茶会! きっと親しく話せるに違いない。




 浮かれて機嫌が良くなったオレは、侍女が差し出す衣装に着替え始めた。謁見の際の七五三衣装より、すこし飾りが少ない。普通のシャツにリボンタイ、ベスト、足元は年齢相応の半ズボン。


 すっきりした格好を鏡で確かめると、昔テレビで観た『金持ちの息子』といった雰囲気だ。紺色のベストと半ズボンは、白金の髪とよく似合う。ほぼ銀に近い髪色だが、銀と金を足して割った感じなのだ。


 少し身軽になった服装は、どうやら公的な謁見と私的な集まりの違いが影響したらしい。リボンタイは簡易タイプだし、膝を出す半ズボンが非公式を如実に示す。


 ネックレスという名の首輪も、手首で鬱陶しいリボンも、結んだ髪に挿した簪さえ、あの人に会うために必要な道具なら我慢できた。無理やり魔力を押さえ込まれる不快さは、身体の怠さとなって現れている。子供の身体は積み重なる疲れに、眠気を訴えた。


 う……寝ちゃったらどうしよう。


 実際には緊張でがちがちになるだろうが、現在の心配はお茶会の前に寝てしまい、そのままオレだけ呼ばれずに翌朝起きて愕然とする――もし現実になったら、お子様過ぎて恥ずかし過ぎて軽く死ねる。


「もうすこし我慢してください。あの方にお会いするのなら、必要ですから」


 鏡に映る拘束具……ならぬ、宝飾品を睨み付けるオレを宥める声がかかり、目の前に手が差し出された。白い手袋を嵌めた手に、大人しく従って右手を乗せる。


「内々の集まりですから、礼儀作法は最低限で結構です。ただし魔力を使ったら、即斬り殺されても文句言えません」


 いや、即斬り殺されたら死体だから文句言えないけど……なんて茶化す場合じゃなさそうだ。真剣なシフェルの声色に「わかった」と返した。


 皇帝陛下の前で魔力を使うのは、きっと反逆罪に該当するんだろう。攻撃の意志があると看做(みな)される。ここまでは理解出来たので頷く。





 倦怠(けんたい)感と戦いながら廊下を歩いて庭に出た。鮮やかな緑が広がる庭は、ところどころに花壇がある。赤や白、黄色、青など色取り取りの花々が揺れる花壇の間を横切り、左側奥の薔薇のゲートをくぐった。


 良く見るとこの薔薇、(つる)が動いている。蔓薔薇の一種なのだろうが、生き物のように動きながら虫を捕獲した。


 こわっ、ホラーじゃん。花は普通に薔薇だけど、この世界の薔薇ってすべてこれ? 


「ん!?」


 思わず開いた左手で目を擦る。しかし開いた目に映った光景は、先ほどと大差なかった。薔薇の赤い花に惹かれて飛んできた蝶をぱくり……蔦の先が口みたいに開いて食べてしまう。


 薔薇じゃなかった。いや、薔薇なのかも知れないが、オレが知っている薔薇じゃない。しかも食虫植物じゃね? そういやノアが見せてくれた『異世界人の心得』に、植物の中には魔力を持つものがあるとか、ないとか。読んだのか、聞いたのか。


 あやふやな記憶を探りながら、薔薇のゲートの先に進む。


 幸いにして足元の芝は普通の植物らしい。特に口がある蔦が出てきたり、攻撃してこなかった。当たり前の事実にほっとする。


 この世界に来てまだ数日だけど、展開が早すぎて頭が混乱していた。


 最前線でいきなり人の頭を撃ち抜き、疑われて拘束され、誤解が解けたら誘拐で売られかけ、再び人を殺して逃げ、ついでに煉瓦の建物を一棟溶かした。そしたらシフェルに攻撃され、捕獲されて目が覚めるとおっぱいに顔を(うず)めて――うん、クリスが奴の嫁なのは信じられんが――シンカー本部を半壊させたら皇帝陛下と謁見。しかも陛下が美人すぎて一目惚れしたあげく、お茶会にお呼ばれときた。


 自分に起きた事柄だけなのに、どうしてこんなにボリュームがあるのか。


 小学生くらいだったか、近所の同級生のお誕生日会に呼ばれたことを思い出す。女の子に何をプレゼントしたらいいか迷い、結局お宝のカブトムシを渡して悲鳴を上げられたんだっけ。


 余計なことまで思い出しながら、振り返った数日間はハードすぎた。もうアクションドラマで24時間戦うやつ観た事あるけど、あれに近いな。正直、どうやってクリアしたのか詳細が霞んでる。





「陛下、お待たせいたしました」


 シフェルが優雅に一礼し、手を引かれていたオレも一緒に頭を下げる。


「気にするな、キヨはこちらへ」


 シフェルと繋いだ右手ではなく、空いた左手を細い指が掴む。指を辿って顔を上げれば、まさかの皇帝陛下だった。侍女かと思ったほど、細く柔らかい手だ。


 引っ張る彼に従えば、当然のように隣の席に座るよう促された。手を離して膝をつくシフェルとの違いに、どうしたらいいか2人の顔を交互に見比べる。


「シフェル、下がっていいぞ」


「はい」


「え?」

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