172. アレだけど本当にいいの?
なんとなく休憩して、各々が作業を始めた。砦の中に不審人物がいないか見回るライアンやサシャ。ユハはジークムンドの班とテントの準備を始め、オレはひたすらテントとベッドのセットを取り出していた。
ほぼ全員無言なのは、現在混乱中だからだ。混乱が収まれば、騒がしくなるはずだ。無言で取り出す道具はベッド類を終えて、調理道具や食器に及んだ。慣れた手つきでノアが受け取り、ジャックが机に並べる。
砦はぐるりと塀に囲まれており、塀を壁として利用した建物が立っていた。円形じゃなく四角い。しかもよく見ると台形っぽい。これは頭上から確認した印象だが、左右対称じゃなかった。
真ん中が中庭状態になっており、そこは兵が訓練したり集まる場所として利用されるんだが……その中庭にテントと調理場を作ったのだ。
「ボス、寝床は砦の部屋でいんじゃねえか?」
いつもの癖で夜営の準備をしたが、正規兵がいないから傭兵が部屋を使っても問題なし。オレは貢献度で部屋を使う順番を決めるべきだと思うけど、それだと正規兵は傭兵に負けるから認めないだろう。余計なことを考えながら、頷く。
「そうなんだよ、食堂も厨房もあるよな〜」
なんで作っちゃったのかって? 現実逃避した結果です、としか言えない。
『主人、連れてきたわ』
『どうやって入ったのやら、まったく困ったものです』
コウコとスノーが連れてきたのは、金の角っぽい何かを乗せた聖獣と、栗毛の牝馬だった。お調子者のブラウに任せるのは不安なので、ヒジリと一緒に食料調達を頼んだのだ。
細い階段を後ろ向きに上がるしかなく、苦労して連れ出した2匹が絡みついて肩に乗るのを撫でた。お礼に焼き菓子を取り出して持て成しておく。
「入った、つうか。南の兵士が入れたんだと思うぞ」
前向きに細い階段を降りて、左に曲がってドアの中に入れる。それ自体はさほど難しい作業じゃない。問題は出る時に向きを変えるのが難しく、後ろ向きに歩かされた馬達である。臆病な馬は後ろ歩きを嫌い、人間が引っ張って出そうとすると蹴飛ばすのだ。仕方なく、聖獣2匹が上から手綱を握り、左右の間隔を指示しながら出す羽目になった。
南の兵士は何がしたかったんだろう。
「あ〜っと、金馬さん? なんで地下にいたの」
『その前に、僕にも名前をくれ』
「……な、名前?」
『カッコいいのを頼む』
キリッとした馬面でそんなこと言われても、さ。馬のカッコいい名前なんて知らないもん。競馬の馬みたいに「ナントカのホマレ」だったり「なんたらキャップ」でいいですかね??
そういや、ヒジリ以外は色にちなんだ名前が付いている。目の前の馬は栗毛。マロンはカッコイイ? うーん。
「ま、マロンでいいかな?」
『マロン!』
きらきらと目を輝かせてる。気に入ってくれたらしいが、名付けたオレが言うのもアレだけど、本当にその名前でいいの?
キャンキャン鳴きわめく小型犬の名前みたいだぞ。モカやチョコみたいな……毛色から想像したネーミングだが、当人が満足してるなら構わないか。
『僕は初めて名前を貰ったよ!』
「え? 前に誰かと契約しなかったの?」
『主殿、それは聞いてはならぬ』
なぜかヒジリに同情混じりの声で止められた。足元の影から大きな獲物を引き摺り出す黒豹は、ちらっとマロンをみて、また獲物を引っ張り始める。傭兵は遠巻きにするだけで、獲物を咥えた肉食獣に手を出す気はないらしい。
ま、オレだってヒジリ達聖獣相手じゃなけりゃ、絶対に手を出さないけどね。噛まれてこっちが餌にされそうだもん。
視線を向けた先で、マロンは満足そうに何度も名前を反芻している。その様子に、もう少し考えて名付けてやればよかったと思った。今更新しい名前にするのも変だから、出来るだけ多く名前を呼んでやろう。
ずるりと引き摺り出した獲物は、どうやら熊のようだ。大きいから全体像がよくわからないが、とにかく大きくて毛深かかった。疲れてぽんぽんと叩いた獲物に寄りかかると、足元に兎が数匹投げ出される。これはブラウの仕業だった。ひょこっと顔を覗かせ、にやりと笑って帰っていく。
ヒジリが黒酢炒めを希望したので、黒酢で柔らかくなる兎肉を獲ってきたんだろう。意地悪い発言が多いけど、意外といい猫なんだよな。
「キヨ、飯の支度するか?」
材料の肉が届いたので、兎を拾い上げたノアが提案する。空を見るとまだ日は高いが、今日の予定はもうない。さっさと食べて明日の移動に備えるのが正しい行動だ。そもそも朝が早過ぎた。
「そうだな、夜明け前から仕事したんだから。さっさと飯食って寝るぞ!」
「「「おう」」」
傭兵連中も手際良く分担を始めた。調理台にするテーブルの上にパンや野菜を並べる。唐揚げは鶏肉のストックがあるので、それも用意した。
希望されたメニューは確か……。
「野菜スープは任せてくれ」
手慣れた様子でナイフを構えたユハが、野菜を切っていく。そのナイフで人殺ししてなきゃいいよ、もう。ハーブや塩胡椒を並べて渡しておく。最近は醤油のスープも人気だが、今日はトマト味にしてもらった。色が青いけど、まあ問題ないだろ。キャベツが紫だから、魔女鍋に見えるのが怖いけど、味は問題なさそうだった。
慣れた様子でかまどを作ったヒジリの横で、薪を運んできたスノーが中に放り投げている。チビドラゴン姿だと手先が器用な白竜が薪を積み終えたところに、コウコがふぅと小さなブレスで火をつけた。最近は火加減も完璧で、白米を炊くのを任せられるレベルだ。
ここまで聖獣が使えると、凄いお得感があるな。夜営のプロになりつつある聖獣達の横で、ブラウがドヤ顔で休憩していた。ひとまず蹴飛ばしておく。
『主、ひどい』
「サボるな。仕事しろ」
渋々肉を捌き始めた。風魔法が得意なため、宙に獲物を浮かして器用に皮を剥いで切り刻む。やればできるくせに、手を抜く青猫はどこまでも猫科だった。ヒジリの真面目さはどこから来たのだろう。半分わけてやりたい。
『ご主人様、僕は?』
「何が得意?」
逆に問い返してしまう。マロンはまだ来たばかりで、何が出来るか知らないのだ。ブラウは風、コウコが炎、水はスノーだったし、土を扱うヒジリ。ん? 残るのって、何属性?
『宝石や貴金属を作るのは得意だ』
「うん? アクセサリーを作れるのか」
『材料を作れる』
アクセサリーを作る彫金とかじゃなくて、物体を作る方らしい。それって調理で役に立つ?
「うーん、マロンは料理したことないでしょ」
『何かを作るのは得意だが、役に立たぬか?』
しょんぼりするマロンが可哀想になり、何か役割を与えられないかと考えるものの、馬の形では出来ることが限られた。
「馬の姿は不便だからな」
『ならば、ご主人様と同じ姿になる』
次の瞬間、オレの目の前にオレが立っていた。ただし、スッポンポンだ。意味わからん、え? 何これ。
上から下までじっくり眺め、間違いなく自分サイズだと確認した。等身大のお人形が目の前に置かれた気分だ。ぎこちなく動いたオレは、向かいで首をかしげるもう1人のオレが動かないことに安心する。鏡じゃなかった。
収納へ手を突っ込んで、ひとまず下着から一式着替えを用意した。触る勇気がないので困っていると、ヒジリが運んでくれる。身振り手振りで着替えを指示したところ、もう1人のオレが喋った。
『ご主人様、これを着た方がよいのか?』
「あ、ああ。着てくれないと困る」
今の呼び方、もしかしなくてもマロンだ。そうだよ、栗毛の馬が行方不明なんだから……でも聖獣って、人間の形になれるの?
「ヒジリ、お前も人間の形になれたり?」
渋いおじ様になったりして、コウコは綺麗なおねえさん、スノーはわんぱく坊主がいいな。青猫は想像できないが、まあイケメンだったら一発殴る。
『……無理だ』
即答された。するすると地面を這う赤蛇コウコも首を横に振る。スノーは短い手でバッテンを作ってた。
「聖獣で人型になれるのは、マロンだけ……合ってる?」
『さすがご主人様だ。その通りだ』
得意げに胸をそらすマロンに歩み寄り、前と後ろが逆のTシャツを直してやった。ぽんと銀に見える淡い金髪を撫でる。
『主、そこは僕にも聞いて欲しかったな〜』
「でも人間になれないんだろ?」
『当たり前だよね』
何のために顔を出したのか。青猫は寂しがりやらしい。自分だけ話に加われない状況が不満だったのだろう。ごろんと腹を出して寝転がり、ちらちらと視線を向けてきた。
撫でさせてあげてもいいのよ? って奴か?!




