170.砦の奪還のおまけ
空を駆ける黒豹はさすがに目立つ。いっそ黒いことを利用して、夜間の侵入に変更した方が良かったかもしれない。まあ、今回のオレは囮だから目立つ方がいいけど。
人数が多いジークムンドの班が動き始めた。撃ち合いが始まるが、オレが作った結界を上手に使って戦っている。今回の戦の目的は砦の奪還であり、あくまでもケガ人が出ないのが大切だ。今後も戦いは数回に分けて各地で行われる予定だから、都度ケガ人が出るのは困る。
盾代わりに使うよう、薄い水色の結界をいくつか置いてきた。地面に突き立てる形だが、薄い水色の部分に隠れれば、銃弾を弾くのだ。小さめに数多く設置したが、全面覆うのはやめた。銃弾がすべて弾かれると、向こうが戦い方を変える可能性が出てくる。侵入するジャック班の危険が増す。
ばんばん撃ち合う姿を上から見つめ、ひらひらと身をくねらせて泳ぐコウコを従えて、砦の上空へ移動した。飛んでくる弾が想像より少ない。聖獣の恩恵に見えるよう、ヒジリの下に結界を張ったのだが、当たる音が予想の半分以下だ。
敵の攻撃が緩いけど……変な場所でいきなり反撃されたら嫌だな。フラグじゃないぞ。絶対に違うからな! 不安から挙動不審になり、やたらと下を覗き込んでしまう。オレの姿に首をかしげたコウコは、久しぶりの大きな自分に興奮したらしい。合図をする前に、勢いよく火を噴いた。
「あぁっ!! コウコ、合図してないのに何してるんだよ」
『主人、もう遅いわ』
塔の上にあった国旗が勢いよく燃えた。どうしよう、全力で喧嘩売った気がする。ある程度のところで、砦の放棄を条件に停戦しようと考えたのに。国旗は完全に燃えてポールだけになってしまった。
『主殿、聖獣がやったと公表すれば良いのではないか?』
オレが予定していた計画を知るヒジリが宥めるように提案する。聖獣は自由な存在で、立場も王族より上だから許されると思う。そんな気遣いを見せるヒジリの首に抱きついた。
「ありがと」
礼を言った眼下で、裏の木戸を開けて入り込むジャック達に気づく。見回すと少し離れた木の上でライフルを構えるライアンがいた。上空からだと状況が把握しやすい。ジャック達の班は侵入を担当するため、危険が大きい。彼らの存在から目を逸らすのがオレの役割だった。派手に動くか!
「コウコ、あっちの木を燃やして。それからヒジリもあの辺の地面を……こう、ぶわっと下から持ち上げてひっくり返してみて」
目を引くための騒動なので、実際に戦闘行為として成り立つかを考える必要はない。ただ騒ぎになって、彼らを混乱させればいいのだ。そう思って提案したが、ヒジリがぐるると唸った。
『主殿、それは主殿の魔法で好きにやった方が早いのではないか?』
「あ、そうか」
聖獣がやったという形は必要だけど、実際にヒジリが魔法を使わなくてもいいのだ。どうせ敵には誰の魔法なのかわからないんだから。コウコの炎は口から吐くので、自分でやってもらうことにした。睨みつけた地面がぼこぼこと持ち上がる。
魔法はイメージが大事だ。そしてオレの一番の強さは、前の世界でゲームやアニメで鍛えた想像力だと思うわけ。畑の畝にしようかと考えたが、それより最適なものを思い浮かべる。モグラが地面の浅いところを掘ると、自由自在に地面を持ち上げていた。
芝生を植えたばかりの庭でやられて、母親が絶叫していたのを思い出す。あれの大きいやつを想像すれば、ほら!
「うりゃぁああああ!」
大人が一抱えある幅で地面が持ち上がり、時々穴が開いて、また他の場所を掘り返す。繰り返す不規則な動きは、オレが見た芝生の光景の再現だった。人が逃げる方向で穴を掘り、彼らを同じ方向へ追い出すように地面を掘り起こす。
『主殿が吠えては、魔法を使っているのが我でないとバレるのではないか』
冷静にツッコむヒジリの首にしがみつき、一部を指さした。
「あそこに着地して」
『承知した』
『あたくしは?』
「コウコはまだ遊んでていいよ」
大喜びで炎をまき散らす彼女は、尻尾をくねらせて別の国旗を焼いていた。その後は砦の中庭にあった大木を松明に変える。まあ石造りの砦だから燃やせる場所が少ないんだけどね。石壁に焦げ目作るだけじゃ満足できない彼女の次の標的は、木製の扉だった。
「入口の門だけは残しといてね」
お願いするのはこの程度。砦を囲む塀の中なら扉はあとで作れば済むし、的を追い出す作業で扉は邪魔だと思う。隠れてる敵を探すより、扉なしの素通しの方が早いし安全だよね。ここしばらく出番がなかった彼女のストレス解消に、もってこいの木製扉が炎上していた。
「あ、スノーだ」
室内から窓を破って飛び出した小さなトカゲが、背に翼を現し、一瞬で巨大化した。建物を壊さない気遣いはさすがだが、どう見てもドラゴン襲来。後ろ脚だけで立ち上がって威嚇する姿は、ちょっとファンタージ映画っぽい。その隣に着地したヒジリが、ぶわりと一回り大きくなった。
空に巨大龍が身をくねらせて炎を吐き、地中から見えない生物に追われた。本当は土を膨らましただけだが、南の兵士は巨大ミミズに襲われたように見えただろう。さらに逃げ込んだ砦の室内の片隅から、大型犬サイズの青猫と白いトカゲが飛び出す。
この世界の人は聖獣の存在を口伝えで覚えると聞いた。母親の寝物語だったり、子供同士の噂で聖獣の存在を認識するのだ。それはどの国でも大差ない習慣らしく、悪戯をした子供に「聖獣に叱ってもらうから」が最強の呪文になるくらい、誰もが知る5匹。
中央の黒豹、北の赤龍、西の青猫、東の白トカゲ、まだ見ぬ南の金ユニコーン。その2匹と特徴が一致する生き物に襲われたら、さぞ驚いたはずだ。外へ転がり出た彼らの目に、空を舞う赤い龍が飛び込んだ。本来は各地を守護するため集まらない聖獣が3匹! と焦ったところに、4匹目の黒豹に乗った子供……南の兵士たちは半泣きだった。
「すみませんでした」
一番立派な鎧を着た人が伏せて謝る事態になり、オレは苦笑いする。裏口から侵入したジャックが、呆れ顔で大股に歩み寄った。
「なんだよ、キヨ。おれらの出番がないじゃねえか」
「うん、思ったより皆が頑張ってくれた」
砦のトップが降参したことで、他の兵士も武器を捨てて投降した。なお諦めずにオレの頭をクリーンヒットしようとした狙撃手もいたのだが、結界にライフル弾が弾かれた後、ライアンに落とされた。銃を持つ右手を撃つとか、容赦ねえな~。
抵抗の意思がない兵士の皆さんに、南の国に帰ってくれるようお願いしてみた。捕虜は足手まといで不要なのだ。本音を隠したお願いに、彼らは驚いて目を見開く。
「い、いいんですか?」
「ああ、家族もいるだろうし。帰って安心させてやってよ。ケガ人も忘れずにつれて帰ってね」
笑顔で送り出すオレの後ろに、正面の門から合流したジークムンドの部隊が並ぶ。ジャックもそうだけど、歴戦の勇者たちの強面ぶりにビビった兵士は、慌てて出て行った。裏口を閉めて、念のためにしっかり施錠する。その上から結界を応用した鍵をかけた。
「これでよし」
後ろから襲われないよう手を打ったオレが振り返ると、刑務所のような光景があった。塀に囲まれた石造りの建物は武骨で、その中を歩き回るのは強面のゴツい男ばかり。時々猛獣ならぬ聖獣が横切る。
「ケガ人はいない?」
「「おう」」
あちこちから声が返り、肩の力を抜いてにっこり笑った。南と東の国に独立を保ったまま手を引いてもらって和平を結びたい。壮大なオレの計画は、こんな序盤で躓くわけにいかない。大切な手駒であり仲間である彼らの無事は、必須条件だった。
「……大変だ、ボス! 地下に何かいる!!」
地下に何か? 嫌な予感がするんだけど、見に行かなきゃダメかな。眉をひそめるオレの隣で、黒豹が無言で影に飛び込んだ。欠伸をした青猫も逃げ込もうとしたので、飛びついて捕まえる。お前らが逃げる時点で予想はついた。続いたオレのセリフは、悪役っぽさ満点だ。
「一緒に来てもらおうか」




