168.負けないけど、勝たなくていいよ
「今回の作戦は、行き当たりばったり! 出たとこ勝負だ。とにかく東の国と南の国が連合組んで攻めてくるから、それを撃退するつもりで戦線を敷くよ」
傭兵達を集めて発言したオレが言葉を切ると、まずジャックが手を挙げた。話し合いの場では挙手しない奴は発言を認めないと、実力行使して教えたためちらほらと数人が手を挙げて待っている。
「先着順で、ジャックから」
食堂のテーブルについた彼らと向き合うオレは、椅子の上に立っていた。というのもヒジリの背に座ってもまだ視点が低いのだ。背が伸びるまでは、踏み台代わりの椅子は必須アイテムだった。ぐらぐらしていた椅子の足も、先日の異世界人予算で直してもらったし。
「攻めてくる相手を迎えるんじゃないのか?」
「違います。こっちから攻め込むよ……次はユハ」
「撃退するつもりと聞きましたが、撃退したらマズいんですか」
いいところついてきた。うーんと唸って答えを出来るだけ簡潔に示す。
「完全に勝ったらダメで、80%くらい勝ったところで距離を空ける予定」
「その理由は?」
「手を挙げなかったので、マイケルは後で」
勝手に発言しちゃダメだから。ジークムンドの部下であるマイケルの挙手は後回しで、次はサシャか。いつも質問するメンバーが偏るのもどうかと思うけど、まあ仕方ない。傭兵連中は個性的なのが多いから、興味がないと動かない奴も多いし。ドンパチは大喜びで参加するのに、孤児院の手伝いは拒否する奴もいるのだ。
「サシャは何?」
「マイケルと同じで悪いが、全面的に勝ってはいけない理由を聞きたい」
「今回の目的が、東と南の国の占拠じゃないから……かな」
ざわざわと騒いで意見交換した傭兵を見守りつつ、手元に取り出したノア特製の麦茶をごくり。椅子の上に立った状態で腰に手を当てて、お風呂の後の牛乳飲みスタイルになるのは日本人の習性だと思う。もう日本人だからしょうがない、的な。
「占拠しないのに戦争するのか」
不思議そうに呟いたジークムンドの隣で、さっき質問しようとしたマイケルも「何が目的なのかわからん」と唸った。質問ではないし、挙手もなかったけど、大半の連中は同じ疑問をもったらしい。
「ん、ライアン」
手を挙げた金髪のライアンを当てると、彼は言葉を探しながらも直球で尋ねてきた。
「ああ、その……どういえばいいか。勝たなくていいけど、負けちゃダメってことか?」
「近いね」
にっこり笑ったオレに、傭兵はさらに騒ぎが大きくなった。食堂全体がひとつの生き物みたいにどよめいて、何を言ってるか聞き取れない。学校の全校集会の直前みたいだ。ここで「お静かに」って叫んだら、みんな口を噤んでしーんとするんだろう。
「はいはい。静かにして、説明するから!」
予想通り、静まった部屋の行儀良さに口元が緩んだ。ヤバい強面や、傭兵でも名の知れた連中が集まってるってのに、オレの一言で静まるのってシュールだよな。外から見てたら奇妙だと思う。鶴ならぬ、ガキの一声だもん。
「中央の国の大きさを知ってるだろ? これ以上領地を広げても管理できないんだ。でも東や南はこちらへ攻めてくる。だったら撃退しないとね」
「キヨ」
手を挙げたサシャに「どうぞ」と促すと、彼は当たり前の疑問を口にした。
「だったら勝って支配下に置けばいい。西みたいに属国にすれば、それぞれの王族を管理人にできるぞ」
やはりそうきたか。それはね、オレだって一瞬考えたけど、気づいちゃったんだよな〜。
「西を属国にして何が起きたか知ってる? あの国に関しては王族をほとんど処罰したよね。だから留学してた王女1人を残して王家が滅んだ。聖獣に聞いた話だと、大地と王家の間には盟約があるそうだ」
傭兵にとって興味がなく、誰も教えてくれなかった話だろう。きょとんとした顔で「盟約?」と呟く声がいくつか聞こえた。
「うん、盟約――傭兵の雇用契約だと思えばわかる? 破っちゃいけない大事な約束事があるわけ。それが一族が滅びたら誰も守る人がいなくなって、契約破棄になる」
「仕事を依頼した傭兵が全滅するのと同じか」
ジャックがぼそっと不吉な例えをする。注意しようと思ったが、それよりも理解する傭兵が多いことに溜め息をついた。自分たちに置き換えて理解するのはいいことだけど、例えていいものと悪いものは後日教えておこう。
「契約破棄の後、当然だけど土地は新しい所有者を選ばなければならない。今回、西の国は一時的に属国になっただろ? そうすると……こうなるわけ」
戦場で使った大きな地図を広げて見せた。後ろの連中にもちゃんと見えるよう、空中に拡大して投影する。
「ボスの魔法は器用だな」
「ありがとう、ジーク。さて気づいたことは?」
学校の先生みたいに尋ねると、ユハが反応した。
「天候だ! 天気が同じになる」
「国境がない」
「だったら何が問題だ?」
ユハに続いたのはヴィリ。最後の疑問はノアだった。彼らにとって国境の位置が変わろうと、天気が同じになろうと大した差はないだろう。地図さえあれば確認できる程度のことだ。
「西で作られていた砂糖が取れなくなるよ」
全員が目を見開いた。食い入るように地図を見つめ、西出身の傭兵が声をあげる。ようやく問題点に気づく者が出てきて、騒ぎが広がった。ざわざわと故郷の特産品や名産物を口にする者が青ざめる。
「雨期が長すぎる。もっと乾燥してないと砂糖の木が腐るぞ」
「当たり! つまり、今の生活を続けるには5つの国が独立している必要があるってわけさ。そうじゃないと醤油も、黒酢も、砂糖も手に入らなくなる。農作物はすべて同じものだけ……調味料だけじゃなくて、食文化や生活様式も変わっちゃう……オレの言いたいことわかる?」
「キヨは料理好きだからな」
ノアが呆れ顔で「納得した」と呟いた。傭兵の中には「話が難しい」と唸る奴もいるけど、周囲があれこれ例えをだして説明し始める。これもある意味、オレの功績かも。以前は知らない奴に教えることはなかったし、例えで理解させる手法もなかった。
何かにつけてオレが「だから、○○だったらわかる?」とか「○○に置き換えたらわかるでしょ」と口癖のように繰り返したことで、教えられることも教えることも覚えたんだろう。
食べ物も生活様式も、その国ならではの気候に合わせて培われた歴史だ。それが国をひとつに統一すれば、すべて横並びで同じになる。平坦になって変化がなくなった世界は……いずれ自然消滅するだろう。
たとえば、洪水などの災害が起きたとする。その大量の雨はすべての国土に降り注ぎ、同じように押し流すはずだ。これが複数の国が分かたれていれば防げた。北の国で洪水を呼ぶほどの大雨が降っても、中央の国の天候は晴れかも知れない。逆もあり得た。日照りの中で農作物が枯れても、隣国は豊作の可能性があるのだ。
「言いたいことはわかった」
ノアが頷いた。ジャックとライアンは何やら話し合っていて、見渡した食堂内の傭兵は仲のいい奴と話に夢中だ。どうやら出身地の特産物で、天候に左右されやすい物の名前が飛び交っているらしい。
「はいっ! 注目!!」
これな、小学校の頃の校長先生がよく使ってた掛け声。一度使ってみたかった。異世界で使う羽目になると思わなかったが、ある意味願いが叶ったのかな。さっと雑談の音が引いて、彼らはこっちを向いた。想像より気分がいいぞ、これ。
「とにかく、オレにとって不都合が多いから、国家の統合やら世界征服はなし! 以上、解散」
うーん、校長先生の掛け声は汎用性が高い。前世界では日常で必要ないが、この世界だと十分通用することに感心しながら椅子の上から飛び降りた。