165.転移に魔法陣いらなくね?
会議は思いの外順調に進んだが、冒頭でオレが「浮気だ!」と詰られる事件があった。ヴィヴィアン嬢をエスコートして入室したため、事情を知る人しかいない部屋で素のリアムが怒ったのだ。飛んできたのがクッションな辺り、オレは愛されているとニヤニヤしながら受け止めた。
テーブルの上のカトラリーを投げられたら、結構ショックだったと思う。可愛らしいヤキモチを宥め、足元に跪いて許しを請う間も頬が緩んでしまった。
ヤキモチ焼きな美人で可愛いお嫁さん候補は、今オレの隣に座ってるけど何か? 腕も絡めちゃってますけど、何か?
すんません、調子に乗りすぎました。シフェルに「そんなことをしていたら嫌われますよ」と上から注意され、ウルスラにも「陛下がお気の毒だ」と溜め息をつかれた。もうしません。今後は本気で気をつけます。わざと嫉妬させたりしません。
「シンは帰るから、北の王族としての発言権は弱くなるな」
今後の傾向と対策を検討しているのだが、レイルの言葉に全員が唸る。それは困る。何のための王族ステータスなのか。
「どちらにしろ、しばらくこの国で派手に動けません」
シフェルが指摘した通り、派手に動きすぎた。クラッセン侯爵御一行様をやっつけ、狙撃され、毒を盛られ、北の王族の肩書を振り回して、夜会をかき回した。挙句に今回のベルナルドによる、ラスカートン家のお家騒動である。正直、騒ぎが続きすぎて、これ以上オレに仕掛けてくる勇者はいなかった。
邪魔だな、排除したいなと思っていても、このタイミングで仕掛ける馬鹿は釣り終えたという意味。こうなったら、いっそのこと……。
「北の国を掃除してくるか」
「キヨ、気持ちはわかりますが言葉を包んでください」
「表現がおかしいです」
シフェルとウルスラが呆れ顔で訂正を求める。レイルは馬鹿笑いしながら「いいんじゃね?」と同意した。
「セイ、いなくなってしまうのか?」
戦から帰ったばかりなのに……目に見えてしょんぼりするリアムの手を握り、彼女を安心させる秘策を口にした。
「大丈夫だよ。一瞬で戻れる方法がある」
「転移魔法陣か?」
レイルが「あれは高いぞ」と苦笑いする。ヴィヴィアン嬢は興味深そうに瞬いた。魔法に興味があるのだろうか。
「近いけど、少し違う。いわゆる魔法陣なしの転移ね」
「「「は?」」」
あ、全員が心の中で「この非常識な異世界人め」って罵った気がする。レイルは手にした資料を取り落とし、シフェルが眉を寄せた。ウルスラは頭を抱えているが、ヴィヴィアン嬢は目を輝かせた。兄と同じ緑の瞳が「興味ある」と全力で訴える。
「だから魔法陣なしの……」
同じ言葉を繰り返そうとしたオレに、レイルが煙草を咥えながら先を促した。
「まず内容を話せ」
非常識なのはいつものこと。だったら内容を聞いて判断した方が早い。レイルの発言に同意したウルスラとシフェルも椅子に落ち着いた。オレは膝に乗せたお姫様ならぬ、皇帝陛下の黒髪に顔を埋める。
めちゃくちゃいい匂いするじゃん。
「おい、キヨ」
ぐいっと無理やり首の向きを変更され、変な音をさせた右の首筋を撫でながら説明を始めた。その間にお茶の用意が整えられていく。ウルスラって、指先の仕草がいちいち綺麗だな。洗練されてるっていうか、お手本みたいな感じだった。
「前に使ったからわかるけど、魔法陣って両側に必要だよね。あの方法は安全だけど、先に誰かが反対側……今回の場合は北の国に対の魔法陣を持っていかなきゃ使えない」
中央の国から北の国に飛ぶなら、互いに同じ魔法陣を持っていなければならない。対の魔法陣が呼応しているから、行き先を間違わずに転移できるのだ。
「軍を動かすならそれでいいと思う。多くの人が使う時は、人によってイメージが違うと危ないし」
簡単に説明するのが難しいけど、あれだ。異世界チートな知識によれば、人や物のイメージで転移ができるはずだった。
「オレだけ単独で転移する場合、きちんと到着地点のイメージがあれば、魔法で転移が出来る」
たぶん……その単語は飲み込んでおく。口にしたが最後、試す許可が出ない気がした。正直なところ、まだ実行してないんだ。テストしてないから言い切れないが、理屈はそれでいいはず。
オレの魔法は、イメージ通りに発現してきた。前世界で観たファンタジー映画の映像を浮かべて、こうなれと命じる感じだ。初めてのかまど作りもそうだった。大まかな形を思い浮かべて魔力を流しただけ。それで実際に立派な土のかまどが出来たなら、転移も同じ原理で行ける。
「あとでやって見せるよ」
この説明は後に回そうと肩を竦めて流そうとしたが、食いついたのはヴィヴィアンだった。
「今、見せてくださいませ。すごく興味がありますわ。陛下もそうでしょう? お兄様も!」
ワクワクしてますと顔に書いて待つお嬢様に、リアムも大きく頷いた。
「キヨなら絶対に出来る。いつも私を助けてくれるから……」
未来の奥様の期待の眼差しに、にっこり笑って「隣の部屋から転移してみせるよ」と約束しつつ、内心で「ぶっつけ本番かよ」と冷や汗をかいたことは表に出せない秘密である。
いそいそと隣の部屋へ押し込まれた。すこし心の準備が必要だからと説明したが、実のところ、不安だらけだ。よくあるラノベ展開で高さの設定間違えて足がちょんぎれたり、手を置いてきちゃったらどうしよう。
あちらの部屋に置いてきたヒジリが手足くらいなら復活してくれると思う。でも万が一だが、間違えて切れた先が首だったら? 文字通り首切られちゃったら復活できなくね?
うーんと唸りながら、周囲を見回して気づいた。ここ、リアムの寝室じゃん。なんか爽やか系のいい香りがする。すんすんと匂いを確認し、導かれるように扉を開いた。
「っ、これは!」
リアムのドレスが並んでいるクローゼット的なお部屋だ。つまりこの大量の布の中に、彼女の下着もあるわけで……どきどきしちゃう。そっと扉を閉めて、寄り掛かって自分の背で封印した。
ここは危険だ。絶対に開けちゃまずい。ふう……溜め息をついて顔を上げると、足元の影から青い毛が覗いていた。むっとして引っ張ると、ニヤニヤした猫が出てくる。
「何してんだよ、ブラウ」
『主ぃ、それは僕のセリフじゃない? 何してたの?』
「……何も」
言えるわけねえだろ。こいつ、お喋りだもん。絶対にリアムやシフェルにチクる。黙ってることを条件に脅してくるかも。目を逸らさず睨みつけると、尻尾を握られてぶら下がるブラウがじたばた暴れ始めた。
『尻尾痛い』
「大人しく影で寝てろ。命令だ」
離した途端に向こう側で余計な発言しないよう、しっかり命令してから足元に押し込んだ。さて、そろそろ転移しないとまずい。主にブラウのせい――実際はクローゼット覗いてたせい――で時間が押していた。
するりと影に引っ込んだ青猫を見送り、オレは深呼吸した。気持ちを落ち着けるための深呼吸で興奮しちゃうとか、ちょっと自分でも変態っぽいと思うけど。
こっそりとベッドの枕の部分を撫でちゃったりしたけど、リアムの魔力を感知してイメージを作った。彼女の隣にさっと現れて、にっこり笑って膝をついてから手のひらに口付ける。そのイメージを強くして、「よし」と気合をいれた。
ふっと身体が浮き上がる感じがする。魔力をそのまま高めて「リアムの隣、リアムの隣」と何度も呟いた。ジェットコースターが落ちた瞬間の、鳩尾の下がふわっとする感じ。あれに全身を包まれて、肌がぞわぞわした。
思わず閉じた目を開いた時、目の前に驚いた顔の黒髪美人がいて――反射的に抱きついていた。




