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164.被る猫は自前です

 すたすたと宮殿内を案内もなく歩く。正確には黒豹の背中に乗って移動中だった。戦闘訓練以外で歩いてない気がする。これはまずい、身体が鈍ると困るな。


「あ、エミリアス辺境伯閣下ではありませんか」


「うん? ああ、近衛騎士のランズロア卿」


「私の名を?」


 話しかけてきたくせに、驚いた顔をされて首をかしげる。名前間違えたわけじゃないし、何だろう。彼の後ろを歩いていく青年に声をかけた。


「ちょっと失礼。ロズベルグ君、悪いけど厨房からクッキーを運んでくれない? 皇帝陛下が楽しみにしてるから。オレもすぐ行くって伝言もお願い」


 拝む形で両手を合わせれば、侍従の青年は快く引き受けてくれた。ここの侍女や侍従、執事に至るまで本当に優しい人多いよな。オレにもちゃんと敬意を持って対応してくれるもん。プロフェッショナルって、こういう人たちを言うんだと思う。


 っと、いけね。放置してしまった騎士に向き直った。失礼かもしれないと、ヒジリの背から降りる。とたんに視線の高さがさらに合わなくなってしまった。この背はちゃんと伸びるんだろうか。竜属性の成長が遅いせいで、不安なんだよ。


「ランズロア卿?」


「あ、えっと。その……私の名を覚えておられると思わなかったもので驚いてしまって」


「近衛騎士で、準男爵位を持つ方のお名前も知らずに、守っていただくなど失礼でしょう。きちんと覚えておりますとも」


 にっこり「いい子バージョン」で対応しておく。宮殿内でオレの印象は高められるだけ高めた方がいい。突っかかってこないなら、貴族だってちゃんと相手してやるぞ。貴族の名や地位をすべて丸暗記したのは、相手に侮られないためだけど、味方も増やせるんだよ。特に上位貴族に嫌がらせされたり馬鹿にされた伯爵以下の人は、上位者が認識してくれるだけで感動する。こうやってね。


 今日は淡い金髪を後ろで結んだだけだ。大量のピアスを晒し、半ズボンにシャツという軽装だった。早朝の訓練が終わり、午前中のお勉強も終わらせた。午後は焼き菓子を作ったので、リアムと食べるつもりでいる。


「そのような貴族様もいらっしゃるのですね」


「うーん、生まれついての貴族ではないので……オレに努力できるのは、このくらいしかありません。自分の部隊も傭兵でしょう? 貴族らしく生きようとしても、すぐ化けの皮が剥がれて笑われるだけですから」


 好感度の持てるお兄さんと話すオレの指先を、噛んだり舐めたり、治したりする聖獣様は空気を読まない。本当にこういうとこ、猫科だよな。ブラウほど自由じゃないけど。


「皇帝陛下とお茶会をされるのですか? お呼び止めして申し訳ありません」


「いえ、何かあったのでしょう?」


 確信を持って問い返すと、彼は困惑しながら口を開いた。


「実は……」


 陰口みたいで気が引けるランズロア卿だ。それでも自分から声を掛けたのは、黙って見過ごすタイプじゃないから。これがオレ相手じゃなくても、きっと教えてあげるんだろう。


 よくいる正義感の強い同級生って感じだ。クラスの子の悪戯を先生にバラしちゃう子ね。あとでバラした子が虐められたりするから、ちゃんと先生のフォローが必要なわけ。今回はオレが後の始末まで気を回すから、安心して話してくれたまえ。


 豪華な絨毯を踏み締めて、宮殿の廊下で彼が口を開いた。迂闊なようだろ? でも逆にオレがそこらの空き部屋に彼を連れ込んだら、それを見た同僚に悪口を言われて爪弾きにされる。こんな人通りの多い場所なら、オレに個別の用があったんじゃなくて伝言でも頼まれたと誤魔化せるじゃん。


 あと宮殿の廊下は異常に広いんだ。ここみたいに交差点になってると、どこのスクランブル交差点ですか? って広さがある。侍従や貴族がひっきりなしに行き来する廊下は雑音が多くて、話が聞こえる距離まで近づく奴は早く見つけられて便利だった。


 透明な防音結界も張っておく。これで話がよそに漏れる心配はない。そう念押しして説明したら、ようやく彼も安心してくれた。


「エミリアス辺境伯閣下の暗殺未遂ですが……裏で手を引いた貴族を知っています。聖獣様に殺された実行犯を手引きした者も……」


 一度言葉を切った彼の震える拳に、優しく手を触れた。握ったり解いたりしない。ただ乗せるだけだ。


「手引きしたのは、同僚なの? 辛いね」


「え、あ……はい」


 言いづらそうな仕草で察してしまった。同僚の中でも、それなりに付き合いのある相手なんじゃないか? 名をいきなり出さないあたり、まだ彼に迷いがあるんだと思う。


 握り締めた拳から少し力が抜ける。その手首を掴んでひっくり返し、わずかな指の間に収納から取り出した小さな袋を押し込んだ。水色のリボンが結ばれた袋を、ランズロア卿の手が受け止める。


「甘いクッキーでも食べて気を楽にして。これなら賄賂じゃないし、ね」


 ウィンクしてから彼の顔を覗き込んだ。身長差のおかげで、俯いた彼の表情も確認できる。たまには便利な低身長……でも背丈は欲しい。


「暗殺未遂の主犯は、もうすぐシフェルが捕まえるよ。追い詰めてる最中だ。残念だけど、手引きした騎士も……時間の問題だと思う。だから彼に自首を勧めてみないか?」


「ジシュ、とは?」


 おっとこの世界にない単語らしい。翻訳できてないよ。ん? この世界の犯罪者は自首しないのか。まあ指紋だとかDNA検査がないから、逃げ得があるのかも。


「自分から罪を認めて謝罪しに来ることかな。そうしたら罪を軽くしてあげられる。ついでに命令した主犯の名前を自ら教えれば、もう半分以上許してもいいくらいさ」


「……っ」


 絶句したランズロア卿に、丁寧に説明を付け加えた。


「オレのいた世界では『司法取引』って言葉だったかな。そういう概念がある。自分から罪を告白することは怖い。その恐怖を乗り越えることで、反省してると判断して罪を軽くするんだ。そうしたら他の犯罪者も名乗り出やすくなるだろ?」


「そもそも罪を犯した者は名乗り出ないと思いますが」


 そういう考え方が強いのか。世界が違うとまったく別物だが、中世だとオレがいた世界でも似たような反論されたかも。


 退屈してきたヒジリが、袖をぐいぐいと引っ張った。もう行こうと言うのか。ブラウじゃないんだから、大人しく……喉のところまで出掛かったセリフを飲み込んだ。


 にっこり笑って、結界をノックする非常識な奴がいる。ブロンズ色の長い髪をもつ、美しい御令嬢だ。兄に似た美女だが、先日の夜会で本性の一端を垣間見たので、鑑賞対象ではなく用心すべき人に分類されてしまった。


 これは目立つ。仕方なく結界を解いて、騎士に向き合った。


「ランズロア卿、連絡ありがとう。もし気が向いたら、彼にオレのところへ来るように言っておいてくれる?」


 いい子のエミリアス辺境伯の仮面を被り、遠回しに自首を勧めるようお願いしておく。頷いた彼が離れるのを見送り、手を差し伸べて待つ美女の前で一礼した。


「お待たせして申し訳ございません。ヴィヴィアン嬢、本日もお美しいですね」


 にっこり笑って指先に唇を寄せる。ここで実際に手に唇を触れてもいいのは婚約者や親しい親族だけ。マナーの先生に習った通り、手前で止めて顔をあげた。


「さすがに洗練されてますわ。お兄様がたたき込んだだけありますわね」


 マナーの先生の隣で、シフェルにもびしばし鍛えられた。片足でもバランスを崩さず上手にご挨拶出来るようになりましたとも。髪が一房首にかかったのが気になり、断りを入れてから髪を解いて結び直した。


「美しい髪色ですこと」


「ありがとうございます。ヴィヴィアン嬢のブロンズは、兄君と同じですね」


 にこやかに会話をしながら歩き始め、さり気なく人目が少ない廊下を通る。この上階の客間で、リアムが待っているのだ。ウルスラとシフェル、レイルも合流予定だった。


 ちなみに、兄であるシンは人目を惹きつける役を頼んだので、城外視察と称して貴族を引き連れて街中を練り歩いている。宮殿の廊下に貴族が少なかったのは、そのせいもあった。副産物で、ランズロア卿と話が出来たけど。本命はあくまでも今後の予定を決める会議だった。

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