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163.荒技でも技は有効

「ん? 今ここで願い出るほど、重要なこと? くだらない話だったら」


 そこで意味ありげに言葉を切る。


「タダじゃ済まないよ」


 大柄な騎士を脅す子供の図に、ようやくラスカートン侯爵はこの場に父親がいることに気づいた。ごくりと喉を鳴らした彼をオレは無視する。まっすぐにベルナルドを見つめた。


「もちろんです。我が君のお気に召さぬ内容でしたら、首でも命でも差し上げましょう」


 騎士に二言はない。そう言って生きてきた父の言葉に、息子の方が狼狽(うろた)えた。何が起きようとしているのか。理解が追い付かない。英雄気取りの生意気なガキを少し揶揄うつもりが、予想外の展開を生んでいた。


 引退してから一切関わらなかった父親が、なぜ敵についた? 優秀な跡取りであれ、それ以外を期待されなかった息子は困惑した。父が何を望み、何を考えているのか。まったくわからないのだ。それは父親であるベルナルドも同じらしい。


 作戦会議中の「馬鹿息子め」という呟きが全てを物語っていた。親子のすれ違いなんて、貴族も平民も同じだ。男同士なら殴り合う手もあるんだろうが、少し過激に行ってみようか。


「だったら聞いてあげる」


「はい。この土地が当家の所領であることは事実です。仕方ありません」


 息子がにやりと笑ったのを見て、オレはわざと顰めっ面をした。気に入らないと唇を尖らせて抗議する姿勢に、ベルナルドが膝をついて頭を下げる。その頭をぺちんと叩いた。


 周囲の反応はすごい。ラスカートン前侯爵は軍の上層部にいた最高位の騎士で、元将軍だ。その男を部下にしたとはいえ、人前で叱る仕草は驚きを持って迎えられた。主に息子さんに……。


 常に完璧に振る舞い、息子にも同じことを強要した父の姿に、呆然としている。


「そんで? どうするの! オレは譲らないよ」


「ご安心ください」


 何か妙案があるような口ぶりで、ベルナルドがにやりと笑った。にやにやと気味の悪い主従相手に、傭兵達はドン引きだ。


 跪いたベルナルドの手がオレの手を掴み、己の額に甲を押し付けた。忠誠を誓う仕草を行い、息子に見せつけながら口を開く。


「実は家督相続の書類に不備がございました」


 無言で先を促すオレの影から、ヒジリが顔を出した。のそのそと大きな黒豹が全身を現し、椅子に座るオレの膝に顎を乗せてごろごろと喉を鳴らす。準備ができたと伝えに来たヒジリの頭を撫でて、了承したと声にせず答えた。


「つまり? オレは難しい言い回し苦手なの」


 あれほど貴族相手に立ち回っておきながら、白々しく先を促す。この状況で、傭兵も侯爵も口を挟めなくなっていた。


「私の署名が無効となりましたので、家督相続が終わっておらず、未だに『侯爵家当主』のままです」


 そう、かなりの荒技を繰り出した自覚はある。だが当事者がそうだと言い切り、皇帝陛下が「本当だ」と相槌を打ってしまえば、誰も否定できない事実となってしまう。この世界のいいところは絶対王政だ。最高権力者が決めれば、多少の無理も押し通せる。


 これは向こうが使った方法を逆手にとって、やり返した形だ。すでに手続きはほとんど終わり、代替え地ももらったくせに、オレが下賜された土地にちょっかいを出した。リアムに貰ったんだぞ? 彼女に恥をかかす気か?


 だからすでに家督継承が終わったはずのラスカートン家の相続が、まだ終わっていないと話をでっち上げた。書類はウルスラが持ってるし、閲覧許可は簡単に下りない。この状況でどんな嘘をついても、皇帝陛下であるリアムと署名をした当事者のベルナルドが味方なら、それは事実として肯定されるってわけ。卑怯だけど、相手の技をかけ返しただけだから。


「へぇ、いいこと聞いちゃった」


 後に悪魔の微笑みと揶揄される満面の笑みで、オレは「さっきまでラスカートン侯爵を名乗っていた、息子さん」に声をかけた。


「あんた、まだ当主じゃないんだって? 侯爵子息程度が、このオレに随分と失礼な口利いてくれたね」


 権力を振りかざすのは性に合わないが、貴族社会の戦いは地位と権力が最高の武器だ。戦場で複数の銃を使いこなすのと一緒。だから遠慮なく撃たせてもらうよ。


「ねえ、ベルナルド。さっきのお願いって何?」


「我が君はこの土地で孤児を養うと伺いました。素晴らしいお心にベルナルド、胸を打たれました。是非この土地を献上させていただきたく、お願い申し上げます。元より代替え地を得ておりますゆえ、皇帝陛下のご許可があれば今すぐにでも」


「さすがはベルナルドだ。ありがたく使わせてもらうね」


 にっこり笑って見せつけた。厳格でお前に厳しく恐るべき存在だった父親は、オレの配下でしかない。その下にいるお前は、到底オレには届かないのだと。


「ウルスラかシフェルに伝えてきて。話は済んだから、そこの……ベルナルドの息子は帰っていいよ」


 ひらひら手を振って「邪魔だ」と示す。ムッとしようが、足掻いても遅い。だって爵位は父親のベルナルドへ戻った。お前の爵位継承はまだ先だし、もしかしたら養子が継承するかもね。


「ところで、息子って1人なの?」


「はい。息子は1人ですが、娘がおり……孫もおります」


 少し恥ずかしそうに告白する、お爺ちゃんだったベルナルドが何だか可愛いぞ。年上なのに、擦れてない感じはこの世界共通の愛しさだ。普段強面の騎士で将軍職まで務めた男が、孫がいると恥ずかしそうに呟いた姿は、純朴な田舎の青年っぽさがあった。


 真面目そうですごく好感度高い。父親代わりの後見人でもしてもらおうかな。侯爵家なら、財産管理とか得意そう。


 自分が楽をする方法を考えながら、今日の面接の終了を告げる。明後日までの人員が確保できたので、ここから先は明日以降にゆっくり再面接で問題ない。


 上を見上げれば、青空は前世界より鮮やかだった。目に痛いくらいの青――雲ひとつない晴天に深呼吸した。


「孫に家督を譲る手もありますぞ」


 まさかのベルナルドからの提案だ。馬鹿息子と罵っていたが、さすがにそれは気の毒だろう。今回の騒動が終わったら、オレは普通に付き合うつもりだった。だって、ベルナルドの息子だぞ? ちょっと方向性間違って暴走しただけで、多分悪い子じゃない。


「それはないな。ベルナルドの息子じゃん。自分の子供の可能性や存在を否定したら、お互いに傷つくし悲しいだろ」


「「え?」」


 ベルナルド、その反応は失礼だぞ。何、顎が外れそうな顔してるんだ。ジャックやノアも「許しちゃうの?」みたいな表情だった。一番驚いていたのは、当事者の息子だ。名前まだ知らんけど、目玉をかっと見開いて……落ちても拾ってやらんぞ。


「「「まあ、キヨ(ボス)だからな〜」」」


 皆でいつもの失礼な納得の仕方された。どれだけ極悪非道な奴だと思われたんだ、オレ。首をかしげると、レイルがくすくす笑いながら頭に手を置いた。


「お前らしくやれよ。どうせ人生1回きりだ」


「あ、ああ……うん」


 実は2度目なんです――冗談でも言い出せる雰囲気じゃないな。レイルが王族の柵から解き放たれたいま、情報屋から王家に戻らない理由がわかる。こういう面倒、嫌いだもんな。今だって情報組織のトップで、王様みたいなものだ。領土がないけど、彼の王国は立派だった。


「これで孤児院が出来たら、戦士でも育てるのか?」


「そりゃそうだろ。孤児の仕事先なんて傭兵くらいだ」


 サシャとジークムンドの会話に、オレは口を挟んだ。


「戦い方なんて教えないよ。文字の書き方が分かれば別の仕事も探せるし、保証人が必要ならオレが引き受ける。それくらいの覚悟はあるよ」


 騒動を起こされたら、チートで解決してやる。幸いにして権力も金もあるんだから、何とかなるだろ。仲間もたくさんいるし。気楽に答えたオレの淡い金髪は、傭兵連中にくしゃくしゃにかき回された。彼らが無言だったのが印象的で、今は絶対に顔をあげちゃいけないタイミングだと思う。だから上から降ったしょっぱい雨も、気づかないフリで流した。

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