162.人気取り? やったもん勝ち(2)
やはり強面は効果が高い。まとめて10人ずつ並べて自己紹介とアピールを聞いたところ、凄んでジークムンドに殴られたのが3人いた。殴られた奴の助太刀に入った1人はジャックが蹴り倒した。しかも整理券を配り終えて戻ったノアが、ぼそっと情報を追加する。
「並んでた奴と券の番号が合わないぞ」
うん、まあ想定内だよね。気弱そうな奴を脅して並ばせ、整理券を分取って入ってきたのだろう。まず失格を言い渡した4人が省かれ、残った6人のうち、2人が除外された。理由は犯罪歴だ。面白がって顔を見せたレイルが、オレの隣に陣取って顔判断を始めたのだ。
「右から2番目は婦女暴行、その隣は子供を殴り殺した奴だな」
簡単そうに判断したレイルの言葉を疑う必要はなく、そのまま2人を削ったのだが、そこから騒いでユハに拘束された。ユハも西の国では兵士だったが、中央の国に来てからの早朝練習でかなり強くなった。傭兵連中のお墨付きをもらえたので、近々ルリと結婚するそうだ。
くそ、リア充爆ぜろ! お祝いは奮発してやるからな!!
残った4人は問題なさそうなので、頷いて採用する。ほっとした様子の彼らは、すぐに職場の親方が回収していった。荷物運びからレンガ積みの手伝いまで、仕事は山積みらしい。親方が忙しいのならと、ライアンが合格者を運ぶ役を申し出た。
ちなみに傭兵連中はレンガ運びや、道具の買い出しなどに役立っており、今日も20人ほどが現場で働いている。オレは命じてないけどね。給与が出てる間は働くのだそうだ。
仕事の契約期間内に休憩を長く取って、その分はきっちり給与を減らされた経験があるらしい。この世界では珍しくないことで、別に孤児だった傭兵だから差別されたわけじゃないという。
また10人を招き入れ、簡単に分類されていく。犯罪歴は別にあってもいいんだ。更生してやり直す気があれば、採用する方針だった。内容が弱者への暴力や殺人の場合は基本的にアウト。強盗や酔っ払って喧嘩ならOKにした。
「僕、父親を殺した。それでも仕事もらえるのか?」
何度目だろう。並んだ10人が入れ替わって、入ってきた少年がいきなり告白した。殺人ならアウトにしてきたオレの振り分けを知る連中は、困惑した表情で目配せする。だからオレは先を促した。
「どうして親を殺したの?」
「妹と母ちゃんを守りたかったから」
言葉が足りなくて、頭の中で補足する。どうやら家庭内で父親が暴力を振るい、耐えきれなくなった彼が家族を守るために反撃したようだ。
「うん、君はいいよ」
ライアンが彼を連れて行こうとしたのを見て、他の男達が騒ぎ出した。殺人者は除外されてきたのに、子供ならいいのかと騒ぐ彼らに、ジークムンドが椅子から立ち上がる。
熊のような巨体で威圧しながら、騒いだ男を摘んで失格を言い渡した。しばらく文句を言いながら騒いでいる声が聞こえたが、やがて他の傭兵連中に追い払われたらしい。静かになった場で、新しい10人を審査する。さすがに20回目を超えた辺りで、疲れて休憩を挟んだ。
「すごい数だな〜」
「だから言っただろ。もっと条件を絞れ」
「それは嫌」
平和で権利意識の強い前世界での知識は、一部がチートとしてこの世界に良い影響をもたらす。逆に危険な知識も山ほどあり、それらは与えてはいけないと思う。騙し騙されの貴族ですら、前世界の人間と比べたら真っすぐな正直者だった。
引きこもった当初は、世界のすべてが自分に悪意があって意地悪されているような気がした。あの経験があるから、今は出来るだけ受け入れる側になりたい。偽善だと言われるし、あれこれ批判があっても、やってみて後悔すりゃいいんだ。
取り返しがつかない失敗をする前に、きっとコイツらが止めてくれるから。信頼できる仲間がいるのに、せっかく子供の外見でやり直せるのに、大人ぶった割りきりの良さなんて必要なかった。好きにやろう。
「次の人たち入れちゃって」
指示された傭兵に促されて子供と大人が入ってくる。中学生くらいの年齢だろうか。今のオレと同じか少し上くらい。まだ働く年齢じゃないだろ……って、オレも同じこと言われそうだけど。
彼らの言い分を聞いているところに、騒ぎの大きな集団が近づいてきた。
「キヨ、ようやく来たぞ」
「へえ、遅かったね。待ちくたびれちゃった」
レイルと白々しいやり取りをしながら、団体さんが着くのをのんびり待つ。後ろから近づいてくるが、振り返ってやるほど親切じゃなかった。向こうが声をかけるまで、完全に無視を貫く。
「ここで何をしている! 我がラスカートン侯爵家の所領だぞ。すぐに出ていけ!!」
「ん? すごい名乗り方だね~」
「よほど自慢の家名らしい」
「一応侯爵を名乗ってるなら、偉そうで普通だろ」
「まあね。それを言うならおれは王族だけどな」
げらげら笑うレイルの一言で、打ち合わせ通りに煽っていた傭兵達がどっと笑う。絶対に冗談だと思ってるんだろうが、レイルの話はマジだからな?
夜会に参加しない傭兵が真実を知るはずもなく、オレも特に言わなかった。レイルも一緒になって笑い飛ばしたため、彼らが真相に気づくことはない。それでいいんだろう、たぶん。
レイルは真実を嘘のように話すのが上手だった。この話を聞いた傭兵に、他の貴族が近づいて「レイルは王族だ」と分断を図ったとしよう。仲間だと思っていた奴が実は支配階級だったなんて、傭兵にとっては裏切り行為に見えるかもしれない。隠していたことを責める奴も出るだろう。そんな中、誰かが今の話を知っていたら? 冗談だと笑われ、本当が嘘にされる。
情報操作は事実や真実を隠すことより、隠さずに利用することの方が怖いんじゃないか。やり手の情報屋として各国に情報網を張り巡らせたレイルの真骨頂は、こういう情報の『使い方』にあると思う。新しい情報を人より早く知ることも重要だけど、知った情報をどう使うかが腕の見せ所のような気がした。
「王族だったら、オレもじゃん。少なくとも侯爵より偉いぞ」
胸を張って茶化すと、ラスカートン侯爵の顔が真っ赤になった。憤慨しているのは良いことだ。頭に血が上るほど、正常な判断が出来なくなり罠にハマる。
「ただの異人如きが!」
異世界人という言い方はされたが、異人と呼ばれたのは初めてだ。きょとんとしたオレをよそに、周囲はざわついた。
ひとまずノアが面接の人間を外へ出す。判定はオレが許可を出した1人だけ採用となった。彼らを出した途端、ジークムンドが怒鳴る。
「どういうつもりだ!? ボスを馬鹿にする気か」
「あんた、その単語の意味を知って使ったのか!」
何をそんなに怒っているのか、当事者のオレだけが知らない。飄々としてたレイルでさえ、眉を寄せて舌打ちした。どうやら「異人」という表現は侮蔑を含んだ差別用語らしい。
オレの翻訳だと「異邦人」みたいな感じだから、別に嫌な感じはしないけど。カミサマの自動翻訳、時々ポンコツなのは諦めよう。
「……オレが意味を知らないと思って使った? 残念だけど、意味通じてるよ」
はったりをかますと、侯爵は一瞬視線を彷徨わせた。にやにやしながら、椅子の背もたれを抱えて足を揺する。子供の仕草で、首をかしげた。
「あんたは中央の国の侯爵閣下だろうさ。だけどオレは皇帝陛下のお気に入りで、北の国の王族で、異世界から知識を持ち込むお宝なわけ。国はどちらを取ると思う?」
あんたとオレ、すげ替えのきく侯爵家当主と、代わりのいない異世界人――はっきり比較を突きつけながら答えを待つのは、意外と楽しい。オレって絶対に根性曲がってるよな。性格悪い自覚あるもん。
「我が君、お願いがございます」
予定通り、ここでベルナルドが口を挟んだ。




