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162.人気取り? やったもん勝ち(1)

 やることが決まれば、あとは舞台を整えるだけ。オレはこの世界に、公共事業の概念を持ち込むことにした。似たような制度は存在するが、奴隷のそれに近い。食事と寝床は確保して、少額の賃金を払うだけの制度はあった。


 いわゆる街道を整備したり、井戸を掘ったり、新しい集落や畑を作る際に使われるのだが、徴兵制なのだ。そのため強制的に働き手を連れてきて、民の都合関係なく仕事に従事させる。逆らえば罰則まであった。


 どこの中世だよ。奴隷制はないけれど、ほとんど変わらない気がする。しかも支払われる賃金はその土地の貴族が決めるので、子供のお小遣い程度でも「払った」と言えるなんて、驚きだった。


 孤児院を作る職人さんは手が足りない。街には仕事にあぶれた奴がいた。幸い、オレは金を持っている……早く孤児院作りたいじゃん。人を雇えばいいのだ。そして孤児院が順調に作られると、途中でベルナルドの息子が飛び込んでくるだろう。そのための舞台でもある。


「キヨ、立て看板してきたぞ」


「お疲れさん」


 ジャック、サシャ、ジークムンドとその部下10人ほどで立て看板をしてもらった。この世界の住人は話せる言語は読める。つまり文字が読めない者は、公共事業の対象外の外国人という好都合な状況だった。


「大量に殺到したらどうするんだ?」


「簡単だよ、全員雇うんだ」


「は?」


 報告を受けた庭で、小さな石を拾って積み上げる。彼らは教育を受けていないがバカじゃない。説明をわかりやすくすれば、すぐ理解した。


「この石を金として、1人1つずつ支払うとする。1日目に50人きたら、この金は尽きてしまう。でも現場で素人が50人も歩いてたら邪魔だろ?」


「まあ、そうだな」


「仕事を教える必要がある」


 ジークムンドとジャックが頷く。50個と仮定した石を手元に戻し、今度は地面に枝で線を描いた。


「1日先着10人にする。残りは明日、番号札を渡して、順番を守らせる必要があるね。初日の10人から手際のいい奴を数人残して、不足した分を新人で補う。これを繰り返して、本当にやる気のある奴だけ残せばいいんだよ」


「最後に10人以上になったらどうする?」


 サシャが疑問を挟む。こういう話し合いは嫌いじゃない。考えをみんなですり合わせる行動って、昔は面倒くさいと思ってた。言われたことだけすればいい。それが前世界でのオレだが、現実は言われたことすらせずに引きこもった。


「1日に10人必要な現場だったら、3日に一度の休みを考慮して20人くらいは必要じゃん」


「……休み?」


「仕事に、か?」


 この世界に休日という概念はないのか? そこで気づいた。オレも休んでないよね。あれこれ好き勝手してるから、考えようによってはほぼ毎日休日だけど……。


「休みは絶対に必要だろ」


「生活費が足りなくなるぞ」


「ん?」


 どうも意見の相違が、思っていた方向と違う。ジークムンドの言葉の意味を考えた。休むと生活費が足りなくなる? それって給与の額が少ないんじゃね?


「2日働いて1日休みで、3日間ご飯が食べられて生活できるお金がもらえればいいじゃん」


「「「そんな職場はない」」」


 言い切った傭兵連中の中で、呆れ顔のノアがさらに言葉を重ねた。


「そんな優雅な生活が出来るのは、貴族くらいだ」


「うそ!?」


 この世界はブラック社会か! 知らなかった。そういえば、傭兵連中に「休みください」って申請されたことない。オレが休まないってことは、彼らも休んでないから……うちがブラック企業か!!


 前世界で回避した筈の社畜人生まっしぐらだった現実に、ちょっと目が泳いでしまった。


「お金に余裕があったら、休みたい?」


 こう聞いたのは、彼らの意識を確認したいから。休みがない生活をしてきた人は、休みをもらえると聞いたら、どう考えるんだろう。喜んでくれるのか。


「お金に余裕? うーん、わからねえけど働くぞ」


「いつ仕事がなくなるかわからねえし」


「そうだよな。金は貯めておかないと困るぜ」


「俺らの仕事は不安定だからな」


 彼らの言葉から滲むのは不安。食うや食わずで必死に生き抜いた孤児が、大人になった姿がこれなのだと泣きたくなる。自分がいかに恵まれ、贅沢な環境で我が侭を振りかざして生きてきたか。身にしみて知らされた。


 同情で泣くのは失礼だ。ぐっと拳を握った。彼らに必要なのは、同情じゃなく安心できる環境なのだ。ケガをしても衣食住が確保され、休日に遊ぼうと思える余裕が足りないなら、異世界人の特権でこの世を引っ掻き回してやろう。


「あのさ、オレは一緒に暮らしてる傭兵を家族だと思ってる。だからもし戦場でケガをしても、追い出したりしないぞ。ちゃんとご飯食べさせるし、部屋も使って構わない」


「キヨ、そんな甘いことを口にすると働かない奴が出る」


「そうだ。俺らだから聞かないフリしてやるけど、他の連中には言うなよ」


 福利厚生を口にしたら、突然みんなから責められた件について――そんなラノベタイトルが脳裏を踊りながら抜けていった。


「キヨはそんな心配しなくていい」


「そうだぞ、子供なんだから。もっと甘える側だ」


 いや、中身は24歳だからね。子供だから甘えろと……ま、いいか。それで。いきなりオレの説明だけで、今までの人生をひっくり返すような奴らじゃない。苦労して苦労して、やっとここまで来た。生きてるのが不思議なハード人生を送ってきたのに、休みがどうのと言われても困惑するだけだろう。


 こういうのは言葉じゃなくて、行動で教えるべきだ。戦場で誰かがケガをした時、見捨てずにちゃんと連れ帰って治るまで面倒を見る。見せて初めて理解するレベルの話だった。


「わかった。じゃあ……面接しようか」


 彼らの反応を見る限り、立て看板を見てすぐに人が集まる。そう踏んで歩き出した。




 結論から言うと、最後尾の人が見えなかった。予想外すぎて、漫画みたいに口を開けて阿呆な顔を晒してしまう。


「キヨの出した条件が破格すぎたんだよ。中には前の仕事辞めてきた奴もいるぞ」


「えええ?! なにそれ」


 転職しちゃうのかよ。この時期限定の仕事だぞ? しかも終わったら、そのあとの仕事を斡旋しないのに。並んだ人々を眺めながら、ひとまず魔法で整理番号を作る。


「ノア、ライアン。並んだ順番でこのカードを渡して。ケンカしたらその場で殴っていいから」


 これは暴動になりかねない。溜め息をつきながら指示を出し、続いてジャック達に面接を任せた。責任者が子供では舐められる。ゴツい強面のジャックとジークムンドは、2人とも顔に傷があった。ヤバイ人に見えるので、ケンカを吹っかけたり脅したりする奴が減るだろう。


 安易にそう考えたオレは、収納空間から引っ張り出した机と椅子を野っ原に並べる。まず自分たちの前に机、ジークムンドとジャックとオレ、ベルナルドの椅子。残った連中も勝手に草の上に座って寛いでいた。


 ノア達が戻った時に追加の椅子を出してもいいし、彼らに自分で出してもらってもいい。応募者側は人数が多いので、椅子なしに決めた。ここで文句言う奴なら、それもハネる一因として構わないと思う。


 きちんと仕事する人間が欲しいんだから。建物をさっさと建ててしまいたい。ついでに、騒動が大きくなるほど、ラスカートン公爵の動きが早くなって助かる。面接官役はベルナルドが向いてそうだが、目立ちすぎても困るのでオレの後ろに控えてもらった。


「ベルナルド、椅子座りなよ」


「いえ、主君を守る騎士は後ろに立つものですぞ」


 この調子なので、彼の分の椅子は後ろで余っている。公爵家の前当主が護衛として立ってるのに、自分達が座るのは居心地が悪いらしい。そわそわする2人に合図を送った。


 ――さっさと始めちゃって。

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