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161.卑怯な手も躊躇わないぞ

 シフェルとウルスラが持ち寄った情報によると、確かに昔ラスカートン家の所有だった。その後、別の土地との差し替え依頼があり、手続きしたのだが……途中で戦争があったらしい。担当した文官が砦の補給状況の確認に出向いて、その日の帰り道で戦死した。巻き込まれた彼が死んだことで、手続きが完了していなかった。


「相続のリストに、キヨが拝領した土地が入っていたのはそのせいです。削除されていません」


「……文官の不手際だ。申し訳ない」


「ウルスラが悪いんじゃないし、休日に呼び出してごめんな」


 シフェルの説明の後で頭を下げる宰相ウルスラに、肩を竦めてオレは軽く謝罪した。形式上の謝罪が必要なのはわかるし、それをオレが跳ね除けたり聞かない選択肢はない。貴族とは面倒な生き物なのだ。


 学んだ知識から、鷹揚に受けてこちらの非も謝っておくのが正しいと導いた。シフェルは「教育の成果が出ました」と笑顔である。やっぱり試されたのか。


「基本的に問題点は2つなんだ」


 オレが仕切るのもおかしいが、この場でリアムにいろいろ発言させるのは事が大きくなってしまう。


「あの土地の現在の所有者をオレにする方法。それから相続の際に気づかず、適当に承認した奴の処分」


 指折り数えて呟くと、リアムが横から口を挟んだ。


「土地はもうキヨの物だ。皇帝の印を押した書類がある」


「そうですね。昔の交換が事実上終了していますし、ラスカートン侯爵が余計な発言をしなければ……すぐに話がつきます」


 そこに問題があるのだが、シフェルはエプロンを外したベルナルドへ視線を向けた。


「どうですか。息子は大人しく引き下がりますか」


「難しいだろう」


 交換した新しい土地は、すでにラスカートンの所領として活用している。そこに加えて、新しい土地の存在が出てきて、それにより英雄であるキヨを困らせることが可能なら……何らかの代償を求めるはずだ。政治的野心が強い息子を思い浮かべ、ベルナルドは困ったと眉をひそめた。


「ふーん、親の言うことを聞かない子?」


「聞かないでしょうな」


 断言したベルナルドの顔を見ながら、嫌なアイディアが浮かんだ。ちらっと隣のリアムの表情を窺い、それからベルナルドに視線を戻す。そう、手駒は揃っていた。


 かなり搦手というか、邪道というか。卑怯な手ではあるが、皇帝陛下の権力が絶対の中央の国なら使える。言い訳は用意する必要はあるけど……。


「オレに任せてみる? 卑怯な方法だけどね」


「セイに一任する」


「最終的な結果が伴えば、手段は目を瞑りましょう」


 リアムとシフェルは思い切りがいい。というより、オレの性格を理解して信頼してくれてるんだろう。さっき静まり返ったせいで話を漏れ聞いていたジャックが「手伝うことがあれば、相談してくれ」と申し出る。手を挙げて応じると、傭兵達はぞろぞろと食堂から出て行った。


 話を聞いてはまずい意識が半分、残りは孤児院作りの手伝いを申し出てくれたためだ。彼らは自分たちが子供の頃にひどい暮らしを経験した。衣食住すべてが揃わない環境で、仲の良い友人や兄弟を失いながら生き残った連中だ。


 孤児院を作ると言ったら「無駄だ」と反対した連中も、結局のところ、孤児の不遇を見逃せない優しい奴らだった。孤児が寒い思いをせず、屋根の下で、食事を得られる場所――手伝いを申し出た連中は無償でいいと言ったが、後でこっそりボーナスを出してやるつもりだった。


 働けばそれなりの対価を得るのが、当たり前だから。彼らの心意気が嬉しいから、素直に厚意を受けた後でお礼をするのが日本人の奥ゆかしさだろう。たぶん、オレの知る限りでは……合ってると思う。


「ウルスラはどうする?」


「……陛下がよろしいなら構いません。ただ事前にご説明いただけると助かります」


「うん」


 名を呼ばずにベルナルドを見上げる。何度勧めても椅子に座ってくれないんだよな。騎士たる者、主人の背を守るのが云々――そこまでご立派な主人じゃないからね。


「私の確認は不要ですぞ。キヨ様が望むなら、取り潰しでも構いませぬ」


「「え?」」


「いや、そこまで考えてないから。オレの印象ってそこまで非道か?」


 顔を見合わせた周囲とオレのぼやきに、場が一瞬で和んだ。が、ベルナルドはおそらく本気で言ったんだ。冗談をいうタイプじゃない。その覚悟は嬉しいので、「ありがとう」と礼を言っておく。試しに椅子に座らないかと勧めたが、やはり断ろうとした。


「話するのに遠いから」

 

 ぽんぽんと空席の椅子を叩く。食事はちゃんと座るくせに、話し合いとかになると斜め後ろに立つんだよ。今後のことを考えると、傭兵連中並みに砕けて対応してほしいんだが。


 理由をつけて座らせようとしたら、床に膝をついて「仰せのままに」じゃねえよ。仰せのままだったら、そこの空席に座れ!


『主殿、我も手伝うぞ』


「おう、頼むな」


 影から出てきた黒豹に、リアムが目を輝かせる。指差して合図すると、ヒジリはリアムの足元に座り、顎を膝の上に乗せた。彼女を喜ばすためなら、オレは聖獣に芸だって仕込むぞ。嬉しそうに頬を緩める、リアムの愛らしい姿に目を細めた。


「聖獣殿……ヒジリ殿はなんとも触り心地が良くて、失礼を承知で手が出てしまう」


 リアムが黒豹の耳の間から首にかけて何度も手を滑らせる。くそっ、ヒジリに教えておいてなんだが、かなり羨ましいぞ。オレも同じ姿勢で髪を撫でて欲しい。柔らかい膝の上に顎を乗せるとか、ご褒美以外の何物でもないな。


「キヨ……本音が顔に出てます」


 シフェルが小さな声で注意したため、オレは慌てて口元をぬぐった。絶対によだれ出てたと思う。傭兵が消えた食堂は広くて、こそこそと話をするのに向かない気がした。


「部屋を移動するか?」


「このままで構いません。キヨの遮音結界を使えば、部屋は広い方が都合がいいですから」


 言われて気づいた。狭い部屋だと隣の壁やドアの外に張りついた奴の姿が見えないから、聞き耳立てられたら危険という意味だろう。広い場所は誰かが潜んでいたり、近づいてくれば発見しやすい。まあ、遮音結界があれば夜会で注目浴びる場所でも平気だけどね。


 それに広い場所でざわざわ雑談している姿を装えば、黒い相談してるように見えないし。イメージとして悪役が暗い部屋で月光を背に、ブランデー片手に語るシーンだよ。厨二のオレも多少の憧れはある。子供の外見じゃ似合わないけどね。


「それじゃあ作戦を話すから」


 一斉に全員が机に乗り出した。カモフラージュを兼ねて、先日作った遊戯盤を中央に置く。この世界ってチェスはあったけど、オセロはなかった。個人的にチェスの駒を摘まんで「ふっ、愚かな」とやってみたいが、実はルールがわからない。仕方なく白黒のオセロを提供したところ、複写されて傭兵の間で人気が高まっていた。


 手慰みにベルナルドと向かい合ってオセロを始める。思ったより強い。負けたらカッコ悪いと唸りながら、考え込むふりで彼らに作戦を教えていく。


 手を出して助けるリアムに何かを耳打ちし、ベルナルド側から覗き込んで指で作戦変更を推奨するシフェル。呆れ顔で「大人げないわよ」と注意しながら、オレの味方についたクリスティーン。ウルスラは審判役をしながら、時々口をはさむ。オセロに興じる上位貴族の集団を装いながら、作戦と互いの役割を共有した。


「問題はゲームスタートの時間だけど」


「早い方がいいでしょう」


 シフェルに促され、準備期間があるので2日後に設定した。決行のタイミングと使用する隠語の再確認を終えると、全員が顔を見合わせて頷く。問題点はないはずだ。何かあれば優秀な宰相ウルスラや腹黒公爵シフェルが何とかしてくれる。


「今失礼なことを考えませんでしたか?」


「そんなわけないじゃん。それよりオレの勝ちじゃない?!」


 心を読まれたかと焦りながら埋まった盤の白い駒を数えていく。ぴったり引き分けとなったゲームの駒を片付けながら、オレは「引き分け……つまり負けと同じ」とぼやいた。初見のゲームでオレに勝つとか、ベルナルドが優秀すぎた。

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