154.愚痴だから許されるのに
この10日間は準備に忙しかった。悪だくみはやっぱり準備が大切だと思うわけで、そう説明したら「悪だくみとは人聞きの悪い」とシフェルが眉をひそめる。逆にリアムは「私も1枚かんでみたい」と発言して、クリスティーンとシフェルに窘められていた。
レイルが集めた情報とシンの持ち込む噂話を混ぜてから、己が決めた基準で篩いにかける。王族が聞きつける噂話は、有力貴族の裏事情が多かった。レイルは生業とする情報を吟味してから手渡す。どちらも興味深い内容があふれていた。
夜会で会ったハンサムな侯爵の頭がかつらで、お上品に振舞う奥様の一人が浮気をしてたり、婚約者と腕を組んだ仲良さそうなご令嬢は某ご貴族の愛人だとか。聞いてもいいの? と思うような情報が多い。あまり役に立たなそうな噂扱いだが、実は貴族社会で噂は一番怖い。
家柄と先祖がなした過去の栄光に縋ってる連中は、己の体面や評判を非常に気にする。そこで後ろ暗い部分をちょっと突いてやれば、彼らは面白いように手のひらを返した。だから情報を集めておくのは大切だし、貴族名鑑の名前や家族構成を全部頭に叩き込む必要がある。
可能なら、他国の王族と公爵、侯爵、伯爵までは覚えておきたい。睡眠学習ならぬ魔法陣による焼き付けが楽でいいけど、人間関係は変化するため焼き付けると後に修正が利かなかった。そのため痛みに耐えるだけの学習方法が使えず、オレは必死に横文字の名前を記憶し続ける。
「キヨ、休まないと頭が茹ってるぞ」
心配したジャックに「わかってるけど」と愚痴る。一度口にしてしまうと、我慢できずにだらだらと愚痴が零れ出た。
「覚えないと困るし、覚えるのは大変だし。覚えてる最中に家族構成変わったりすると殴りたくなるよな? もう滅びろ、この家! とか思うじゃん。勝手にあちこちで結婚したり離婚したり……貴族なんだから落ち着けっての」
ぶつぶつ黒い愚痴をこぼすオレの目が据わってくる。自分でもわかるくらい、今のオレは目つきが悪いだろう。とてもじゃないが、リアムに会えない顔してた。
「はぁ……」
「お茶でも飲め」
ノアが差し出した麦茶を口にした。もう少し覚えたら、実戦だ。毒を盛られることもあるだろうし、嫌味や揚げ足取り、直接傷つけるバカもいる『貴族社会』という戦場へ出向くのだ。いっそ銃弾だけで片が付く戦場ならよかったのに。
「もう、邪魔な奴を全員殺しちゃったら楽なのになぁ」
「……キヨらしいけど、無理だな」
苦笑いした傭兵達は肩を竦めて聞き流してくれたが、足元で聞き流さなかった奴がいた。
『僕が何とかするよ』
『青猫もたまには良いことを言う。我も手伝おう』
『私も手伝います』
『あたくしも!』
え? ――止める間もなく、聖獣たちは大喜びで影に飛び込んだ。慌てて手を突っ込んで青猫の尻尾を掴む。
「ちょい待て! 何をしでかす気だ?!」
『やめて、そこは敏感なのぉ』
「引きちぎるぞ?」
低い声で威嚇すれば、ふざけていた青猫がしぶしぶ顔を出した。首根っこを掴んで、代わりに尻尾を離してやる。
「全員止めて来い」
『でも、主にとって邪魔なら処分したらいいじゃないか』
「オレが自分でやるから意味があるの! 止めて来い!!」
影に向かってブラウを投げたが、影に入れず顔面を打ち付けただけだった。ぶぎゃ……と潰れた悲鳴に、慌てて抱き上げて顔を撫でてやる。猫はもとから平たい顔をしているので、よくわからないが痛かったんだろう。鼻やおでこを撫でていると、ヒジリがひょこっと顔を見せた。
『主殿は優しすぎる』
『そうよ、や(殺)っちゃえばいいのに』
コウコの呟きが不吉な変換されたぞ、おい。
『私もお手伝い(虫けらを踏み潰すくらい)出来たらいいと思ったのですが』
丁寧で優しそうな口調だが、副音声が怖いぞ? スノー。
「うん、わかった。こうしよう! オレが失敗したら手を出してよし。それまで手出し禁止。これは命令だから」
きっちり命じないと、取り返しのつかない騒動を起こす奴らだ。段取りや今後の使い道も考えず、オレの『にこにこ笑顔でやっつけろ、ざまぁラノベ展開フルコンプリート』作戦をぶち壊すに違いない。ぐっと拳を握って力説すれば、聖獣たちは残念そうに顔を見合わせた。
聖獣による貴族蹂躙事件をぎりぎりで防いだ功労者であるオレは、ノアが差し出した麦茶をもう1杯飲み干す。ちょうどいいので、休憩に入ろうとヒジリの毛皮にもたれかかったところに、慌ただしく足音が近づいてきた。
バタン!
「キヨ、一大事だっ!!」
「報告は正確、迅速、叫ばずに」
慌ただしくドアを蹴破ったジークムンドへ、溜め息をつきながら言い聞かせる。何度も言ってるんだぞ。内容を正確に、出来るだけ早く、無駄な枕詞を叫ばずに報告しなさい。学校の先生みたいな呟きを脳裏で繰り返し、口に出そうとしたオレよりジークムンドの方が早かった。
「孤児院の土地が取られた!」




