153.躾はしておいたぞ?
手早く料理を並べ、収納に入れて持ち運んでいるパンを積んだ。焼いた肉とキャベツに似た野菜サラダ、白身の魚が浮いた赤いスープの香りが食堂に漂う。傭兵達は己の食器を取り出すと、行儀よく並び始めた。
料理の取り合いをすると、次の食事は抜かれる。しかもそういう時に限って、豪華な食事が供されるという嫌がらせ付き。傭兵達が行儀良く振る舞うようになるのも、時間の問題だった。そして躾けた結果は、皇帝陛下の御前で遺憾なく発揮されている。
正直、苦労したが満足できる結果だ。
「近衛騎士団と大差ない静かさですね」
シフェルは先に取り分けてもらった分を手に、不思議そうに呟く。以前顔を出した際は、もっと騒がしかったからな。
「ん? ちゃんと躾けたぞ」
足元の聖獣達にご飯を並べながら、全員をきちんとお座りさせる。なお、コウコは手足が短いため蛇姿でとぐろを巻いた。
「待てだぞ」
最初の頃は「犬ではない」と文句を口にしたヒジリだが、ここ数日で慣れてしまった。この場の全員は家族だから、皆が食べられる状況になるまで口をつけてはいけない。しつこく言い聞かせた内容を、彼らなりに理解したのだろう。
聖獣はこの世界で最上位の地位を持つため、誰かのために我慢させられる機会はなかったはず。しかし彼らの主人であるオレの出現で、上位者が出来た。その命令の意味を噛み砕いて理解しようとする姿勢は素晴らしい。
従順な聖獣達を見ながら、フライングしようとした青い尻尾をぐりぐりと踏みにじる。慌てて姿勢を戻す青猫に、傲慢な態度で頷いた。それでいい。
「食べていいのか?」
「リアム。こういう場所でのマナーは、全員が食べられる状況になるのを待って手をつけることだ。皇帝だから先に食べていい理由にはならない」
「わかった」
素直に納得したリアムの黒髪を撫でていると、傭兵達から尊敬の眼差しが向けられた。ひそひそと交わされる言葉が漏れ聞こえてくる。「キヨはいつも公平だ」だの「偉い人相手に凄いな」「さすがボスだ」など……。
オレがやってることは、前世界の学校で習う程度の簡単な常識だ。この世界で常識じゃなかったから、凄いことに見えるんだろう。オレがこの世界の常識や礼儀作法に驚いたのと、理屈は同じだった。どっちが上とか、凄いとかじゃない。
「全員配ったぞ、キヨ」
ジャックの声に、よいしょと椅子の上に立って見回す。それから声を張り上げた。
「いただきます!」
「「「いただきます」」」
きっちり挨拶した彼らが食べ始めると、ここからは戦場そのものだった。
食い散らかすという表現がぴったりだ。
食べ終えて皿が空にならないとお代わりできないシステムのため、きっちりスープを飲み干して取りに行く。以前に皿に残ったままお代わりした奴の腕を、オレが撃ち抜いた。あれはいい手本になったな。おかげで誰も逆らわなくなった。
「エミリアス辺境伯は、料理もなさるのですか?」
「うん? 呼びにくいからキヨでいいよ。料理もするし、掃除もする。ここでは地位も役職も関係なく、当番制だからね」
近衛兵に答えながら、リアムの口にスープの魚を運んだ。骨を抜く作業に魔法が使えると知ってから、時間短縮になって助かっている。まさに魔法万歳だが、やって見せたら他の料理当番が驚いて腰抜かした。
魔法は彼らにとって万能ではなく、何かの補助程度の感覚らしい。オレにしてみたらマッチやライターなしで火がつくだけでも、十分凄いのだが。せっかく使える能力なら便利に使いたいじゃないか。
勿体無い――そういえば、この言葉もきちんと翻訳されずに首をかしげられた。食べ物を残した奴に言った時は理解されたため、違う単語に変換された可能性が高い。自動翻訳の中の人が大変そう。
「あーん」
素直に白身魚を口にするリアムに、近衛兵は驚いて大口を開け、シフェルが頭を抱えた。そして後ろからオレが殴られる。
「ちょっ! なんだよ!!」
「この場で見たことは忘れなさい。いいですね? 命令です」
部下にきっちり言い聞かせ、頷くのを確認してからオレに向き直る。突然殴られた頭は、立派なコブが出来ていた。眦に涙浮かぶくらい痛かったぞ。
抗議の意味を込めて睨むと、殺気のこもった目で睨み返された。しばらく互いに動かなかったが、先に目を逸らしたのはオレだ。睨み合いに勝ったシフェルが、ぐいっとオレの耳を掴んで小声で言い聞かせた。
「皇帝陛下に食べさせる行為は禁止です。わかりましたか」
「はい、ごめんなさい。調子に乗りました」
言われて理解した。そうだ、リアムが女の子の姿なら問題ないが、外では男で通している。なのに竜属性の給餌行為を行えば、番だとバレてしまう。というか、多分バレた。
リアムの身を危険に晒す行いを素直に謝罪した。オレに獣耳があれば、ぺたんと萎れていただろう。隣で野菜と肉が挟まったパンを齧るリアムが、申し訳なさそうに眉尻をさげる。
「余も調子に乗った。久しぶりに大勢で食事をしたので、ハメを外し過ぎた。あまりセイを叱らないでやってくれ」
「承知いたしました」
きっちりと上下関係を示すシフェルの姿に、普段の軽口を叩き合う態度は微塵も見られない。こういう部分で負けていた。外見に引きずられたとしても、子供返りしてようと、もう少し大人の振る舞いが出来なきゃダメだ。オレはリアムを守り抜きたいんだから。
バランスよく盛られた食事を終えたヒジリが、慰めるように膝に顎を乗せる。苦笑いして彼の頭を撫でた。こうして甘やかされてるようじゃ、まだまだだな。




