151.どの道を選んでも赤い
「シフェル。確認したいことがある」
「なんですか?」
嫌そうな顔をしてるところを見ると、オレが何を言い出すか予想がついているのだろう。それでも返事をしたのだから、答えない選択肢はない。他国の王族であり、皇族の分家扱いだからな。それを除いても従姉妹であるリアムの為になるなら、シフェルはオレを簡単に切り捨てる。
それでいい。オレよりリアムを優先してくれる人が必要なんだ。暴走したオレに、「それはリアムの為にならない」と説教する貴重な存在だった。
「オレが支配者の指輪を使って、皇帝陛下より上の地位に立つことは……可能?」
「っ……」
息をのんだのはシフェルではなく、シンだった。ベルナルドは動揺を見せない。興味深そうにオレを眺めるレイルは、火のついていない煙草を咥えて肩を竦めた。手を繋いだリアムは、腕にそっと頭を寄りかける。最大規模の国の頂点に立つ皇帝の上に立つなんて、通常は下克上や戦争しかない。
必要ならいくらでも血に塗れた戦場を走るが、それ以外の方法があるなら模索しておきたかった。じっと返答を待つオレへ、シフェルは緑の目を伏せて頷く。迷いを滲ませながらも、口を開いた。
「可能です。方法は2つありますが……皇帝陛下を退位させてあなたが即位する方法、もう1つは聖獣の主であり指輪の持ち主であることを公表して認めさせる方法です」
「なるほど」
僅かにシフェルが言い淀んだことで、隠された意味を感じ取った。こういう察しの良さまで「空気を読む日本人スキル」を発動したくないけど……。
皇帝であるリアムが退位するには理由が必要だ。一番簡単なのはリアムが女の子だとバレて、夫となる者に地位を譲ること。現在のオレではまだ無理だが、いずれ『皇帝陛下の夫』になる地位を手に入れる計画は今も進行中だった。
もうひとつの方法は簒奪――皇帝より地位の高い聖獣に主がいれば、当然オレが最高位となる。その話を意図的に広め、支配者の指輪のもつ伝説を利用して世界の頂点に立つ方法だった。
どちらも血が流れない平和な解決方法に見えるが……当然両方とも血塗れの道だ。
「セイ、どちらも選ばせたくない」
苦しそうなリアムの声、繋いだ手に力を込めた。
彼女は気づいていないが、シフェルが言わなかった方法もあるのだ。皇帝を排除して下剋上――これはオレの選択肢から真っ先に削除される。しかし貴族の中にはその選択肢を選ぶものも出るだろう。
物理も精神的にも選べるが、排除が簡単なのは暗殺だった。
最大の国をまとめる象徴である皇帝は、どんな方法であれ世界の火種なのだ。それを鎮火させようとすれば、どこかにしわ寄せがくる。リアムの耳に入れずに済むなら血塗れの方法でも構わないんだけど……そこで我に返った。
オレ、こんな危険な思考だっけ? 前の世界で他人との諍いや競争が嫌で引きこもったくせに、ここでは好き勝手に世界を弄繰り回してる気がする。手が血に染まっても平気だなんて、オレらしくない。ここは「ざまぁラノベ」知識でチートにスマートに立ち回ってこそ、異世界人だった。
さっきの危険思考がカミサマの仕込みだったとしても、オレはオレだ。操られてなんかやるもんか!
異世界人の心得を読んだ後、リアムと学んだ歴史書で気づいた。異世界人が来ると必ず、戦争が起きる。それは新しい技術が齎されたことによる、傲りや優位性を示す行動だ。銃がいい例だった。
今まで魔法が通用しない世界で剣で戦った人々が、飛び道具を手にしたら他国を侵略したくなるだろう。いわゆる戦国時代に突然現れた「種子島」と一緒なんだから、他国に実力を誇示したいし、優位に立ちたいし、敵を一掃したいと願う。
同時に、自分達が持たない技術や知識を持つ異世界人を奪おうとするはずだ。未来を知ってる人間がいたら、近くに置いて便利に使いたいのは人情だった。
異世界人はいつの世に現れても、戦いの火種になってしまう。だから、料理しか伝えない奴もいたのだと納得した。己の知識が持つチートが、世界を変えるだけでなく、壊す可能性を理解していたのだ。すごく賢い人だったんだろう。
オレに真似が出来るかと聞かれたら、申し訳ないが無理だ。口をついてぽろぽろとチートが溢れ出てるからな。今更取り繕っても遅い。ならば、この世界を壊さないよう、己の手を血塗れにして誤魔化す方向性でいこう。
オレ自身がチートそのものと勘違いさせ、異世界の知識や技術を持ち込まないように努力する。だってオレの希望は、この黒髪の美人さんを着飾って褒め称えて、周囲に自慢しながら、愛し愛されて平和な世界で老衰で死にたいんだ。この願いを叶えるための苦労なら、自分から手をあげて買い取りしてやるよ。
シフェルが身を起こして近づく。
「オレが矢面に立てば、リアムにちょっかい出すバカは減るよね?」
意味ありげに笑うオレに、レイルは「呆れたやつ」とぼやいた。そのくせ、真っ先に協力を申し出る。
「協力してやるよ」
「ありがとう、レイル」
真剣に考えた後、シンが誠意を見せる。彼はヤンデレだから、監禁ルートに走らなかったところを褒めてあげたい。
「私の手と権能が届く範囲で、支持しよう」
曖昧な言い方しかできないのは、北の王太子だから。己の言動ひとつで揚げ足を取られ、北の国の民を危険に晒す自覚がある。立派な王様になれそうだ。にっこり笑って「ありがとう、お兄ちゃん」と口にすれば、シンがベッドの手前で身をかがめた。
「本当なら危険がない場所で守りたいが……お前はそれを望まないだろう?」
「もちろん。自力で切り開いて見せるよ」
この世界で大切な恋人が出来て、仲間や友人を得た。兄や従姉妹まで増えたんだから、思うままに生きてみたい。もう引きこもって、ぐだぐだ愚痴を並べる人生は御免だった。
「……私も何か協力したい」
隣のリアムの言葉に頷きかけて、焦った。この場にリアムが女性だと知らない者がいるじゃないか!? 慌てて取り繕うとしたオレは手足をばたつかせて奇妙な踊りを披露してしまった。首を傾げたリアムだが、気づいたのはシフェルの方が早かった。
「キヨ、安心してください。彼は知っています」
「あ……っ、そう」
頷くベルナルドを確かめ、ぐしゃりとベッドに倒れ込んだ。後ろに転がると、くつろいでいたヒジリの上に倒れ込む形となり、不幸な偶然で黒豹の頭にオレの後頭部がぶつかる。ゴツンとかなり大きな音が響いた。
「ごめ……ん、ヒジリ」
『主、殿……っ』
互いに悶絶しあい、左右に転がって痛みを散らす。ようやく痛みが薄まった頃、涙目で顔を上げると……全員に笑われていた。
腹を抱えて笑うレイルを止めようとしながら、自分も笑いが抑えられないシン。シフェルは顔を背けて口を手で覆って隠したが、めっちゃ笑ってる。ベルナルドは強面を保ってるように見せかけ、髭がぴくぴく動いてた。
くそっ、なんて奴らだ。
むすっと口を尖らせて気づいた。隣のリアムがくすくすと笑っている。貴族令嬢のように、愛らしい手が小さく丸められ、肩を震わせて笑う姿に気づいた。
ああ、そうだ。道化でも赤い道でも関係ないんだ。カミサマに操られようと、オレの望みはひとつだけ。彼女を『妻』にして、可愛いまま歳をとるリアムを幸せにしたい。
「決めた! この世界で最高位に就いて、リアムをお嫁さんにもらう」
そのために必要なら、貴族の汚い社会も泳ごう。赤い手を呪うことなく受け入れよう。多くの仲間が必要なら集めればいい。
「だから、協力してよ」




