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【完結】魔法は使えるけど、話が違うんじゃね!?  作者: 綾雅「可愛い継子」ほか、11月は2冊!
第24章 さあ、演劇会を始めようか

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150.大層な名前の指輪を外したい

『主殿、無理だ』


 重ねて否定されて唇を尖らせた。


「いつも頼まなくても噛むくせに」


「それは羨まし……いや、なんでもない」


 シン、お前もか。なぜこの世界では聖獣に噛まれることを望む習慣があるんだ? リアムも噛まれたいと強請ったよね。名誉だとか言ってたけど、本当にこの世界は『異世界』なんだと思い知る。オレの常識が通用しない習慣が多すぎた。


 シーツを撫でた手でもう一度指輪を引っ張る。やっぱり抜けない。横に回すとぐるぐる動く癖に、縦に抜こうと引っ張れば肌に埋め込まれたかと錯覚するくらい動かなかった。


「なにこれ、怖い」


 外してほしい。そんな願いを込めてレイルに手をつきつけると、彼はじっくり観察してから肩を竦めた。


「見事に()()()()()()な~」


 妙な言い回しに引っかかったオレへ、レイルはオレにも理解できるよう説明を始める。


「この指輪の所有者はみんな、英雄として名を遺した人物だ。おれが知る範囲で中央の国の3代前の皇帝、その孫である先代の皇帝――どちらも死ぬまで指輪は抜けなかった。支配者が死んで抜けた指輪を嵌めても、資格がない奴のところから消えてしまう。大切に抱きしめて眠っても、翌朝指から抜けて紛失した事例がある。おれの父親だけどな」


 リアムが緊張した面持ちで口をはさんだ。


「おじい様が亡くなられてから、兄上が皇帝になるまで時間があった。その間に指輪を見た記憶はない」


「ああ、その時期なら北の国にあったんだ」


 さらりと答えたレイルはひとつ息を吸い込み、大きく吐き出した。何か覚悟を決めたような顔で、他人事のように己の父親を語る。


「キヨ、おれが先ほどした説明には抜けがある。北の王弟であったおれの父親は、暴走した貴族の旗頭にされた。確かにその通りだ。事実を読めばそうなるが、中の事情は違う……あの男は身の程を弁えずに、王座を狙っていた。伯父上が父を殺したのは正解だ。もし生かしたら、王座はひっくり返されただろうさ」


 心底軽蔑したように吐き捨てたレイルは、親を罪人のように憎んでいた。強く握った拳が震え、爪が食い込んだ手のひらが色を失う。


「あの男を親として生まれたことが最大の汚点だ。あの男は3代前の皇帝陛下の死体から指輪を盗ませた。手に入れた指輪をそれは大事にしてたぞ。ところが指に嵌めた指輪は消えた。慌ててまた探し、今度は嵌めずに保管してたが……反逆を決行する日にまた失くした」


 誰も何も言えずにレイルの怒りが滲んだ声を聞くだけ。オレにとって親友で悪友のレイルが、声に出さず涙もこぼさずに泣いてる気がした。慰める言葉は見つからない。手を伸ばして跳ねのけられるのも怖い。ただ見ているしかできない自分が悔しくて、オレは唇を噛んで顔を上げた。


 俯かず、代わりに涙を流すような安い同情もしない。それがオレなりの覚悟だった。


「お前はいつも何も言わないな」


 いろんな感情を含んだレイルの呟きに、返せる反応はひとつだけ。


「だってオレは部外者だもん」


 突き放すわけじゃないが、何も言う権利はない。レイルの父親が犯罪者でも、レイルとの付き合いに支障ない。しかもとうに死んだ人の話に、この世界にきて間もないオレが口出すほど無神経になれない。


 それ以上オレに何も求めず、ぐしゃりと頭を乱暴に撫でたレイルに、シンは気遣わしげな視線を向けた。シンは知ってたんだな。レイルの父親である王弟が、冤罪で殺された悲劇の人じゃなかったことを。


 いきなりよその王室の裏事情を聞かされたのに、リアムもシフェルも驚きは少ない。この世界の情報の早さを考えれば、ある程度の事情は把握していた。座ったシーツの上にごろんと横倒しに寝転ぶ。別に具合が悪いわけじゃないが、いろいろな感情を持て余していた。


 教えてもらえなかったのは当然だと思う。だからそこに不満はないが、自分の考え方がいかに平和な世界に馴染んでいて甘いかを突き付けられた。性善説に基づいて生きてきたわけじゃないのに、宗教家の甘言に似た気持ち悪さを覚える。


 人を殺して気にしないようなオレが、よく前の世界で暴発しなかったな。無意識に指輪の上を手でなぞる。赤い宝石は冷たくて、濁った色をしていた。カボションだっけ? 丸い半円形にカットされた宝石の表面はなめらかで、全体的に楕円形だ。


 装飾が施された地金より冷たく感じる宝石が、まるで血の塊のような気がした。この指輪をめぐって、何らかの争いが起きた過去もあるんじゃないか? レイルが知るより前から指輪が存在していたら、この指輪の持ち主が必ず頂点に立つなら殺して奪おうとする奴もいたはず。


「レイル」


 名を呼んで身を起こす。まっすぐに彼の瞳を覗き込んだ。薄氷色の淡い瞳の色は、感情をあまり滲ませない。王族として育った期間より、孤児の時期の方が長い彼が感情を表に出さず誤魔化すのは、己の身を守る手段のひとつだろう。


 数歩近づいて膝をついたレイルは、その間一度も視線をそらさなかった。目の高さが近くなったことで、オレは緊張に乾いた喉を鳴らす。


「どうして、指輪を()()()渡したの?」


 外せなくなる危険性があるのに、オレに嵌めた。異世界人で常識知らず、この世界で英雄扱いされようが元はチキンなお子様だ。どうしてオレの指に嵌められると思った? 抜けるかもしれない。せっかく保管していたのに紛失する可能性も高い。それでもオレを選んだ理由が知りたかった。


「……セイ」


 声をかけたリアムが立ち上がり、止めようとしたシフェルの手を払って歩み寄る。反射的に視線を向け、手を伸ばしてリアムを隣に座らせた。再びレイルに視線を戻すと、彼はもう目を伏せている。


「アイツと正反対だからだ」


 レイルの言う『アイツ』とは父親だろう。前王弟とオレが似ても似つかないから、オレに譲った? 辻褄が合うような設定だが、おそらく後付けされた理由だ。


「違うと思うな。そんな曖昧な理由で、レイルがオレに渡すわけがない」


 それまで黙って控えていたベルナルドが、顎髭を指先でいじりながら口を開いた。きゅっとリアムの指先がオレの袖をつかむ。咄嗟に解いて手を握り直した。正解だったらしく、不安そうなリアムの表情が明るくなる。照れた様子で空いた逆の手で黒髪の毛先を弄り始めた。


「お話中失礼いたします。私が知る話では、支配者の指輪は相手を選ぶ。器量が足りねば破滅させ、気に入れば望むものを手元に呼び寄せる――御伽噺としてこの世界の人間なら幼子も一度は聞く話です。その指輪のデザインは多種多様、悪用を恐れた過去の権力者により混乱させられました」


 どの指輪が本物なのか、わからなくしようとしたのだろう。過去に指輪を所有した人たちの苦労が窺える。


 一度言葉を止めて、ベルナルドは胸元を押さえた。心臓か呼吸器系の持病でもあるのか? 身分差があるとはいえ、老人を立たせっぱなしの現状に気づいて手招きした。心許すかは別だが、座らせるくらい構わないだろう。


「つらいなら、座る?」


 リアムが座る右側ではなく、左側を叩くとベルナルドは目を見開き、首を横に振った。しかし足元に近づいて膝をつく。


「我が家は代々皇帝陛下のおそば近くで仕えてまいりました。現皇帝陛下の祖父であり、中央の国を戦乱から救った英雄であるお方の指輪の絵が残っております。それゆえに私は指輪の存在を知っておりました。この年になって目にするとは驚きましたが……」


「おれがキヨに指輪を渡したのは――試したんだよ。いきなり異世界から降ってきて、突然真逆の価値観の世界で苦労したくせに、おれや傭兵連中を『仲間だ』なんて言いやがる。この素っ頓狂な考えを持つ奴なら、()()()くれる気がした」


 やめて、重いから。レイルが告げた救う相手は彼自身じゃなくて、この世界の孤児や傭兵の存在を指してる。底辺に生きる彼らを救う……大層な話に聞こえるが、実際にオレは地位のない一般人どころか化け物扱いの異世界人からのし上がり、皇帝陛下のお婿さん候補だった。


 前世界の『豊臣秀吉』なわけだ。そりゃ期待されるだろうけど、重い。無意識に力を込めた指先に、ぎゅっと握り返すリアムの温もりが伝わった。顔を向けると、青い澄んだ瞳と視線が合う。そらさずに微笑んだリアムの姿に、右手の中指から外せない指輪を撫でた。


 支配者の指輪が本物で、オレが英雄として頂点に立つとしたら……リアムを今の地位から解放してやれる。美しい黒髪を伸ばして、可愛いドレスを着せて、妻として迎えることが出来るんじゃないか?

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