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【完結】魔法は使えるけど、話が違うんじゃね!?  作者: 綾雅「可愛い継子」ほか、11月は2冊!
第24章 さあ、演劇会を始めようか

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148.赤い指輪が示すもの

 前当主と名乗っただけあり、老人と表現するのが似合う年齢だった。しかしひ弱な感じはなく、若い頃は軍属なのか鍛えた身体をしている。シャツを脱いだら腹筋バッキバキかも。


 貴族特有のひらひらしたシャツも似合ってるし、サンタクロースみたく蓄えた白い髭も立派だった。いわゆる「ザ・貴族」という男前だ。個人的に、こういうお爺ちゃんは格好良くて好感度が高い。


「ラスカートン前侯爵でしたか。どうぞ伺いましょう」


 話しかけた彼に驚いた様子のシフェルの反応から、どうも予想外の展開へ進んでいるらしい。ざまぁ系はこうでなくちゃ! やっぱり黒幕だと思った小物の後ろにもっと大物が控えてて、どーんと立ちはだかってくれないと張り合いがない。


 内心わくわくしながら、お行儀よく振る舞った。相手が下手(したて)に出た場合、こちらも相応に対応しないと周囲の心証が悪い。ざまぁの真骨頂として、相手の非を徹底的に突くのはもちろん、こちらの揚げ足を取られないのも重要だった。


「第二王子殿下の指輪は……どなたから譲られましたか?」


 言われて指輪を確かめる。リアムからもらった蒼の指輪、銀の指輪、透明の石が入った指輪……そしてレイルが嵌めた赤い石の指輪だ。


「どの指輪に対する質問ですか?」


 なんとなく答えは分かっている。リアムがくれた指輪は「作らせた」と言っていた。だから新品なので気を引くような要素はない。老人が気にするなら、古い指輪だ。


 指に嵌めてくれた時、レイルも「気付く奴がいたら面白い」と言ったではないか。その数少ない気付く人物が、目の前の老人というわけ。


「赤く丸い宝石の指輪にございます」


 不思議そうな顔をして、答えを探る。どう答えるのが正しいのか。レイルの名を出す、しらばっくれる、逆に問い返す。方法はいくらでもあった。


「気になるなら、一緒にどうぞ」


 退室する途中の声かけだから、ついてくるなら教える――そう告げて反応を見た。ちらりと視線を送った先で、レイルは獲物を見つけた猟犬のような眼差しで、ラスカートン前侯爵を見つめている。舌舐めずりする狼に似た、物騒な雰囲気だった。


「では遠慮なく、ご同行させていただきます」


 ヒジリと並んで歩くオレの隣を、当然のようにシンが陣取った。数歩遅れてレイル、さらに後ろをラスカートン前侯爵ベルナルドが続く。ブラウはひとつ伸びをして影に飛び込んだ。出番は終わりだと判断したのだろう。


 本当はもう少し断罪してみたかったが、ベルナルドの動きで予定が狂った。この変化が良い方へ動けばいいな。堅い表情のシフェルに疑問を感じながら、控室として割り当てられた客間へ足を向けた。


 一言で表現するなら「狭い」――いや、王族の控室だから客間の中でも広い方だと思う。シンプルだけど休憩用のベッドがあって、オレはそこに座った。当然とばかり、隣に座ろうとしたシンがレイルに回収されてソファで憮然としている。まあ、シンは王族だからね……オレもだけど。


 客がいなければ問題ないベッドに座る行動だが、今回はいろいろ差しさわりがあった。中央の国の公爵家当主夫妻と前侯爵、皇帝陛下までご臨席――こういう時に使っていい言葉だよな?――賜っちゃった状態だ。


 1日の毒殺未遂回数3回、狙撃回数2回……あれ? 集計合ってると思うけど。とにかくオレは狙われ続けた悲劇の英雄様で王子様なので、リアムの「寝て休め」という言葉を半分だけ受け入れてベッドに座っている。寝転がる気はないし、でも魔力が足りないわけじゃない。逆に赤瞳をまだ抑えきれず、魔力が駄々洩れしていた。


 制御できてない感じが、なんともお恥ずかしい。漏れた魔力を後ろで舐めとっている青猫と黒豹、肩から下りてコウコと絡まって眠るスノーは何やらお疲れだった。後で理由を聞いてみてようか。オレが気づかないうちに、何かしてくれてたかも知れない。


「キヨヒト王子殿下とお呼びしても構いませんか」


 お伺いを立てられると断りにくいのが一般的だが、オレは別だ。


「お断りします」


 この世界の常識として上位者の個人名は、親しくないと呼ばない。ベルナルドに「キヨヒト」の名称を許せば、彼と親しいと公言するのも同じだった。貴族は言葉の端をつついて口撃したりやり込めようとする傾向が強い。ならば誰かに言質を取られるような危険は、避けるのが当然だった。


 ぽかんとした顔のシフェルとクリスティーンをよそに、リアムは納得した顔で頷く。シンも同じように危険性重視の立場で首を縦に振るが、ヤンデレの嫉妬である可能性は否定しない。


 手に触れるシーツはやや冷たくて、糊がきいて硬く感じた。腰掛けたオレの足元に座って膝に顎を乗せるヒジリがぺろりと手を舐める。視線を向けると、意味ありげな金瞳がオレとベルナルドを交互に見た。ゴメン、何を伝えようとしてるか……さっぱりわからん。


 黒豹を撫でながら、転がったコウコとスノーを眺める。夜会での威嚇が嘘のようにおとなしい彼らは、ぐてっとシーツに懐いた。寝ている彼らを引き寄せる。ご苦労さん……そんな気持ちで撫でた手に擦り寄るコウコは、するすると腰に巻き付いた。


 蛇革のベルト……いや、余計な比喩表現はやめておこう。スノーも腰にぺたりと抱き着いて満足げだ。威厳もない彼らはただの愛玩動物に見えた。


「これはまた……しっかりしておいでだ」


 褒めてるのか? 首をかしげて顔を上げれば、シフェルが慣れた所作でお茶の準備を始めていた。クリスティーンは大人しくリアムの後ろに立つ。ドレス姿に着替えても、騎士の姿勢の良さは健在だった。ぴしっと立つ凛々しい金髪美女は、さりげなくスカートの影に武器を隠し持つ。


 わざと足音を立てたレイルが、胸元から取り出した煙草を揺すった。甘い香りのする麻薬みたいな煙草を咥えると、にっこり笑って窓際へ退散する。開いたテラスのドアに寄り掛かり、窓の外を窺うように見回した。


 全員が用心する中、オレは奇妙な違和を感じている。


 この人、本当に断罪される敵なんだろうか。もさっと生えた白い髭を撫でながら、苦笑いして「嫌われましたな」とぼやくお爺ちゃんに、警戒心が働かない。この世界に来てから、本能めいた感覚に助けられてきた。


 殺気を感じたり、ぴりぴりと肌を焼くような感覚だったり。魔力感知もそうだが、過去の人生で働かなかった器官が敏感になった気がする。経験したことのない感覚は、常にオレを助けてきた。その警戒心が働かないことが、オレの本能で直感なら……。


「その指輪を見せていただくのは構わないでしょうか」


 ご年配の方に丁寧な口調で語りかけられると、尻のあたりがむず痒い。貴族だから階級社会なら当たり前だし、慇懃無礼な態度の奴相手に感じない。この老人の丁寧さは、傭兵連中が敬語を使えるようになったらこんな感じかも? と思わせる武骨さが滲んで嫌えなかった。


 ふわりとベッドの天蓋に使われた薄絹が揺れる。窓を開けて煙草を咥えたレイルの裾が風に揺れ、部屋の温度をひんやりと感じさせた。


 全体にクリーム色を基調とした部屋に、アクセントとして濃紺が使用され金細工の金具が光る。高級ホテルの部屋に似た感じだ。この部屋は靴脱ぐの? って入り口で躊躇う類の高級さだった。庶民のオレは気遅れしてしまう。言ったら笑われそうだけど。


 ソファは濃紺で、金色の飾りや猫足がついたものだ。長椅子の中央に陣取ったリアム、斜め後ろに控えて立つクリスティーン。反対側の長椅子にレイルとシンがいたが、今は左側にシンが座っている。お茶を用意したシフェルが無言で並べていく。


 通された室内に残る椅子はお誕生席の1人掛けだが、当然ラスカートン侯爵が座れるはずはなく……申し訳ないが立たせた状態だった。このメンツの中だと侯爵家が一番立場低いってのも、階級社会で異常なVIP部屋だと思う。


「どうぞ」


「あ、外すなよ」


 レイルが慌てて口をはさむ。そういう大切なことは先に言え。危うく外して手渡すところだった。焦りながら手を前に出す。手前に膝をついた老人は体幹がしっかりしているようで、ぐらりと無様に揺れることはなかった。 やっぱり軍属だったかもしれない。


「失礼いたします」


 騎士の立ち振る舞いに近い動きで、膝をついた老人はオレの手を下から支えた。姫君の手を取る騎士っぽいが、少年と老人なので絵にならない。


 オレの手を傾けて石や装飾の枠をじっくり確認し、彼はひとつ大きく息を吐いた。指輪の手ごと持ち上げ、額の高さで捧げ持つ。それからベルナルドは周囲に響く声で告げた。


「我が君に忠誠を」

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