147.釣果はまだ集計中
ぐるりと会場の貴族を見回し、大げさに嘆いてみせた。
「この国はオレを歓迎しないみたいだから、北の国に帰るかな」
「余の半身たる赤瞳の竜を追い出そうなど、愚かなことよ」
大仰な言い回しで、皇帝の意向に逆らった貴族をちくりと刺す。青ざめた数人が、後ろから近衛騎士に肩を叩かれ連れ出されていく。ちなみにこの世界では「肩叩き」という辞職表現が通じなかった。素直に叩く意味だけじゃなく、早期退職を願うときにも使うのだと説明したところ、リアムは目を輝かせた。
この世界に「肩叩き=クビになる」を広めた男として名を残しそうだ。
「キヨヒト殿は、皇族分家の当主でもある。出来たら我が国に残っていただきたい」
宰相ウルスラが頼む姿勢を見せる。さきほどシフェルと打ち合わせた彼女は、慌てる仕草を見せた数人を指先で指示した。やはり近衛騎士に肩を叩かれ、こちらもご退場だ。
「不安分子を一掃したら、残っていただけますか?」
「うーん」
どうしよう。思ってもいないくせに悩むふりで首をかしげる。足元で唸るヒジリの頭を撫で、その背中に青猫を下した。コウコは威嚇をやめないし、尻尾を乱暴に振るスノーはまだお怒りの様子を維持する。
「聖獣たちが、ね」
気に入らないと示してるんだよ。オレはいいんだけどね? そんな口ぶりで視線を向けると、ヒジリやブラウが悪乗りする。貴族たちを睥睨する聖獣様に、ビビって凍り付く奴が続出した。そういった策略に参加していない奥様やお嬢様は、意外と平然としている。
どこの世界でも女性の方が強いのか。
「私はお前を連れ帰りたい」
おっと、修羅場る中央の国に北の王太子殿下が乱入だ! プロレスならゴングの鐘が鳴りそうなシチュエーションで、白ワイン片手のシンが口を挟む。かなり煽ったところで、リアムが近づいてオレの手を取った。
そっと触れる手が温かくて、僅かに微笑んでしまう。そこに演技は必要なかった。ただ本当に、心からリアムが可愛い。出会った瞬間に一目惚れさせた黒髪の美人さんは、罪なほど愛らしく首をかしげた。
覗き込むようにして眉尻を少し下げる。
「我が国に残ってくれないか?」
今回の最終兵器は、皇帝陛下の懇願である。国の最高権力者による「お願い」は貴族の前で披露することで、価値が高まるのを狙っていた。シフェル曰く、リアムに見えない場所で攻撃するバカを釣り上げる餌にオレを使うらしい。
邪念のないリアムは本気でお願いしているので、そこに演技はなかった。単に婚約者候補で、対等に口を利ける友人を失いたくないだけ。だから焦らすことなく頷いた。
「リアムのお願いなら残るよ。いいよね? お兄ちゃん」
ここに断るという選択肢は残していない。きっぱり言い渡したオレに、シンは眉尻を下げた。作戦を通り越して、本当に連れて帰ろうと考えていたらしい。
「お帰りになりたいのを無理にお引き留めするのは、失礼にあたりますな」
遠回しに帰れと余計な口を挟んだ男に、オレは笑顔で振り返った。
これまた先程の黒いリストに名を残した貴族だ。名は……たしか?
「お初にお目にかかります。グラッドストン侯爵家当主ダグラスと申します」
形式に則り、礼儀正しく頭を下げる男は緑の髪をしていた。初めて見る色に驚いたのと、やっぱり異世界なんだな〜なんて今更ながらの感想を抱く。前世界にはいない色だから、じっくり観察してしまった。それにしても人相が悪い。マンガでよくある「悪人顔」ってコレだろう。
「……グラッドストン侯爵は、オレが帰った方がいい?」
言葉に隠した意味を感じ取っただろうか。お前はオレがいないと都合がいいのか? そう尋ねた副音声を敏感に感じ取った数人が、青ざめた。
侯爵の後ろに、腰巾着がいない。こういった口を利く連中は、ほとんどが集団なのだが。ざまぁ系でも、悪役側は複数で囲んでいちゃもん付けるものだろ。釣りあげる意味でも、配下を引き連れてご参加いただきたかった。
何か口を開きかけたシンに、レイルが耳打ちする。途端に納得した表情でシンは口を噤んだ。
興味深そうな顔のシフェルと、心配そうなリアム……オレは笑顔を絶やさずに答えを待つ。肩のスノーがごそごそと反対の肩に移動した。敵に近い位置を陣取りたかったらしい。
「いえ、自国でのお立場を確かにしてから、改めて留学なされたらよろしいかと」
愚考いたしました、なんて続きそうな柔らかな物言いだ。オレは先程のリーゼンフェルト侯爵とは比べ物にならない大物の予感に、わくわくが止まらなかった。
「留学、ですか」
オレに足元を固めてこいと程よく追い出し、何を企んでいる? 留学という単語から、オレが陛下の友人であることは認めているらしい。ならば……カマをかけてみるか。
「なるほど、その際はグラッドストン侯爵令嬢をご紹介いただけますか?」
「……いえいえ、まだ幼さが残りますゆえご辞退申し上げます」
ビンゴだ。オレがいない隙に、リアムに娘を宛てがって距離を詰める気だ。意外と正攻法で来たな。もっと後ろ暗いことを考えているかと思ったけど、悪そうな顔の割に真っ当な奴っぽい。
ちらりと視線を向ければ、シフェルがくすくす忍び笑っている。危険性は少ないのだろう。オレが感じた通り、皇帝陛下の義父狙いか。これなら実害は少ない。
娘をリアムに宛てがっても、いいお友達になるだけだった。何しろリアムはお嬢様だからな。そちらの娘さんと結婚は出来ないのだ。悪い笑みが浮かんでしまい、慌てて表面を取り繕った。
「なるほど……北の第二王子では役者不足でしたか」
王族用の口調で肩を竦めたオレにほっとした顔を見せたグラッドストン侯爵は、これ以上引き出しがなさそうだ。つついてもボロが出ないなら、さっさとご退場願おうか。目くばせされた兄シンが内心大喜びで、しかし表面上は顰め面で近づいた。
「我が弟で不足と申すか、無礼なっ!」
事前準備ばっちりの白ワインを男にぶっかける。おかげでスノーやコウコが動きやすくなった。この男がつけているコロンだか香水が、何らかの毒草を使っているらしい。猫科のヒジリ達も不快さを感じていたが、爬虫類系のコウコとスノーは直撃だ。
意図したものか、それとも偶然か。尋ねるのは近衛騎士のお仕事だった。いやだな、シフェルの尋問――それも陛下や殿下にお聞かせできない方法――で聞きだされるなんて、オレだってぞっとするよ。お気の毒様。
「お兄ちゃん、そんなことしたら」
「問題ない。可愛い弟のためだ」
「余が許可する」
皇帝陛下の許可が出た茶番なので、遠慮なくシンは最後までワインを男にかけた。手にしたグラスを床に叩きつけて割る。怒ってるぞとデモンストレーションした後、顔を伏せて肩を震わせるオレを優しく連れ出してくれた。
レイルはわかりやすく顔を背けて笑いを堪える。後で覚えてろ。本気で機嫌を損ねた聖獣たちは尻尾を振ったり威嚇したり忙しい。真面目腐った顔をしているが、シフェルの眉がぴくりと動いたのは見逃さなかった。
肩を震わせて顔を伏せたオレは、一貴族にバカにされた怒りに震える王子様を装いながら、必死に笑いを誤魔化す。やばい、腹抱えて笑い出したい。なんなの、このちょろさ。もっとこう……後ろに黒い物を隠してないのかよ!
ざまぁラノベでも、もっと隠し事や裏事情がたくさん隠されてるものだ。現実は小説より奇なりというが、小説の方がよほど話が練られていて複雑だよ。
顔を覆うふりをした手の指輪がきらりと輝く。気づいたのは、すれ違った貴族の1人だった。年配で、代替わりした隠居っぽい爺さんが息をのみ、礼儀正しく声をかける。
「ラスカートン侯爵家、前当主のベルナルドと申します。シュタインフェルト王家第二王子殿下に、ご質問をお許しいただきたい」
「オレ、ですか?」
予想外の大物に声を掛けられ、オレはきょとんとした顔で足を止めた。




