11.拘束状態での拝謁(2)
「鏡、どうやって取り出すの? どこにしまってあるんだ?」
興味から尋ねるオレにシフェルは首を傾げ、納得したように頷いた。
「ああ、あなたの世界にはなかったのですね。戦い方を含め、すべてご説明しますよ……謁見の後に」
にっこり意味深な笑みを向けられる。怖いが、説明を聞かずに1回失敗した為、拒否する選択肢はなかった。『竜』の特性を最初に聞いておけば、誘拐された時にもっと簡単に逃げられた筈だ。
同じ失敗を繰り返す気はないので、ここは素直に応じる。
「わかった。後でな」
ちくりと左耳が痛み、反射的に手を持っていく。指先が触れたのは冷たくて硬い感触だった。触れる先で、小さな粒が2つ程並ぶ。
「ピアス?」
「ええ、魔力を制御する補助になります」
平然と言われて、手鏡を覗き込んだ。
やばっ、オレ――めっちゃ美人じゃね? カミサマに頼んだけど、叶えてもらったのは知っているけど、それにしても美形だった。最初はあまり思わなかったが、明るい場所でちゃんとした格好するとイケメンだ。
逆に、なぜカミサマが『向こうの基準で美形にしておくから』と目を逸らしたのかわからない。
……ん? もしかして、単にオレの感覚が異世界基準になったから美形に見えるけど、元の世界基準だと微妙、とか? 以前見たとき、ここまでイケメンだと思わなかったよな……疑問は疑惑へ変わるが、悩んでも結論は出ない。
まあ、今の世界で美形ならいい。人生は美醜である程度左右されるのは、たぶんこの世界でも同じだろう。誰だって綺麗な顔してる方がいいし、お得だろう。
改めて耳を確認する。
焼いた痛みが証明するとおり、傷口は塞がっていた。出血はない。ちりちりした弱い痛みがなければ、元からピアスをつけてたみたいだ。
紫の大きな瞳に色を合わせたのか、ピアスは紫と青だった。左は2粒、右も2粒だが……普通左右対称に位置を取る気がする。左は耳たぶの下のほうと少し斜め上なのに対し、右は耳たぶの中央に2粒がくっつく形だ。
この位置、意味があるのか。
失敗したとは思わなかった。だって、シフェルの耳のピアスも左右非対称だ。他の奴のピアスはじっくり見ていないが、魔力を制御する補助なのなら、複雑な意味が持たせてある可能性は高い。
「魔力が集まる部位を示しています。もう少し魔力が落ち着いたら、ピアスの数を増やしましょう」
「え?」
「嫌ですか?」
増やすのは確定事項みたいに告げられ、ちょっと複雑な思いで頷く。
「嫌って言うか。オレのいた世界だと『親からもらった身体を損なうのは親不孝』って感じで、まあピアスもたくさん開けるのはあまり……喜ばれない」
高校に入った頃、ピアスを開けたいと親に告げた。あの時は反対されて不満しかなかったが、今のように完全な親不孝の状態に陥ると、すごく悪いことを相談した気がする。
親より先に死ぬのは最大の親不孝――だったらピアス穴くらい関係ないのだが、逆にこれ以上親不孝を重ねるのも……と躊躇ってしまう。
もちろん親が今後ピアスの話を知る筈もなく、とっくに葬式を行われてる立場としては、自分の気持ちの整理だけなのだが。
「ピアスの数は実力を示します。魔力を制御する宝石は高額ですし、保護者の権威を示しますから」
「保護者の権威?」
「ええ、この世界で実力者は保護されます。誰に保護されるかで今後の人生が変わりますから、相手はよく吟味して選択する必要があります」
ふーん……所謂パトロンみたいなのか。竜は希少種だと聞いたから、その関係で保護されるのかも知れないな。
偏った知識の中で理解して頷くオレは、続くシフェルの言葉を聞き逃した。
「まあ……貴方の保護者はもう決まったので関係ありませんけど」
「準備は終わりましたか?」
侍女に声をかけられ、シフェルを見上げる。
子供になったのも、外見の色や顔立ちが変化したのも気にしないが、背が低くなったのは不利だ。このモデル顔の男は、今後もオレの邪魔になる気がする。
「はい、行きましょうか」
だから、差し出された彼の手を拒む。それこそ子供の我が侭さを存分に発揮した。
「やだ」
「……はい?」
間抜けな聞き返しにくすくす笑いながら「嘘だよ」と手を差し出し、シフェルの手を握る。彼の唖然とした顔に、悪戯成功もあって気分は上昇した。
どんなに我が侭言ったって逃げられないだろう。前の世界で言えば、天皇陛下にお目にかかる栄誉を蹴るのと同じ。いや権力がある分だけ、今回のほうが厄介かも。
「……いい度胸していますね」
前半に『このクソガキ』って言わなかったか?
もしかして、こういう大人しい奴ほど怒らせると怖いパターンだったり……して。冷や汗が背を伝うが、気付かなかったフリをした。
痛いほど握り返された手が辛い。
コイツを怒らせるのは避けたほうが良さそう。
「どうしたの?」
子供の無邪気さを武器に逃げる一手に転じたオレの小ざかしさに、気付いたシフェルはいい笑顔で引き寄せた。彼の腕に座るような形で抱き上げられ、しっかり固定される。
暴れれば落ちるし、目の前の笑顔は怖いしで顔を引きつらせていると、
「子供扱いがお望みなのでしょう?」
100%の嫌味で、それはそれは楽しそうに微笑まれる。黒い微笑みって言葉は、コイツ専用だ。悪魔の微笑みと言い換えてもいい。絶対に悪い意味で使うやつ……。
「……ごめんなさい」
素直に謝る、これ一択だった。
これ以上逆らうと後が怖い。皇帝陛下に会う前に、その側近だか部下だかの機嫌を損ねた自分の短慮さに顔が引きつった。
「よろしい。ですがこのまま行きます」
一息に宣告され、逃げる余地はないと知らされる。ごくりと喉を鳴らして唾を飲み込み、心の中だけで反論する。
『あとでクリスに言いつけてやる』
抵抗は、情けない他力本願の呟きと睨みつける眼差しだけだった。