143.フラグ回収、狙撃されてました
オレの結界は銃弾を弾く。傭兵達が大量に撃ち込み、ナイフで切り付けて確認した事実だった。不透明の曇りガラスをイメージしたオレのおかげで外から中が見えない。逆を言えば、中から外の様子も見えないのだが……。
「ご、ご無事だぞ!」
「よかったぁ」
外へ出るため、まず透明にして音が聞こえるよう遮音効果を消す。途端に飛び込んだのは、安堵の息をつき泣き崩れる一部の貴族だった。状況はわからないが、ダンスフロアは人が少ない。
「何かあったようですね」
先に出るというので、確認を任せることにした。奥方のクリスティーンと腕を組んで出ていく夫婦を見送り、状況がわかるまで結界を維持する。リアムと一緒にヒジリを撫でていると、レイルが「興味深い物を見つけたぞ」と手招きした。
結界内なのですたすたと歩み寄る。半円形なので、円の縁近くは高さがない。忘れていたオレは自分の結界に頭をぶつけた。
「っい、てぇ」
「大丈夫か?」
「リアムは伏せた方がいいよ」
勢いよくぶつけたため、おでこの左側が痛い。よく見れば、レイルは床に膝をついていた。くそっ、気づけばよかった。カッコ悪い。
「それでなに?」
恋人の前でカッコ悪い姿を披露した苛立ちで、ちょっと口調が尖る。レイルが指さす先に、ひしゃげた金属片が落ちていた。それも複数だ。すべて潰れて元の形が分からない。
「これ、内側に取り込めるか?」
「魔法はイメージ、オレは度胸……ぐにょーんと伸びるイメージで結界を変形させれば」
ぐぬぬ……唸りながら形を変えようとしたとき、結界の外側に白い爪が飛び出して金属をつかんだ。直後、自分の足元からスノーが飛び出す。肩乗りが気に入った彼は、チビドラゴン姿で金属片を床に置いた。
「……ぷっ、くくくっ」
「ふふ……」
レイルとリアムに笑われ、苦労して変形中の結界を戻す。役に立ったスノーを褒めてやるべき立場だが、笑われたのが気に入らない。だが尻尾を揺らして待つスノーを叱る気になれず……溜め息をついて抱き上げた。
「ありがと、スノー。もう平気か?」
控室で毒殺未遂が片付き、狙撃される前……あのわずかな時間で動けなくなったコウコとスノーは影の中で回復に専念していた。変温動物系の彼らが倒れたから気温の低下を疑ったが、別に寒くなかったし。疑問はまだ解消されていないが、彼らの体調を気遣う方が先だ。
白い鱗の冷たい体を撫でてやると、機嫌よく尻尾を振りながら照れたように短い手で頬を覆った。
『もう平気です。主様、ご心配をおかけしました』
「コウコはどうしたの?」
『ブラウと出かけました』
それなら平気かと安堵の息をつき、肩の上にスノーを乗せた。影を通過する聖獣は、オレと契約しているせいか。影の中を通って結界を無効化する方法が使えた。
「無事ならいいけど……これ、何」
スノーが内側に持ち込んだ金属を摘まんでじっくり眺めた。横から見ていたレイルに渡すと、手の上で転がした後で肩をすくめる。
「狙撃用ライフルの弾頭がつぶれたやつだ。これは性質が悪いぞ。殺しに来てる」
「いや、ライフル使う時点で殺しに来てるだろ」
意味の分からない主張に首を横に振れば、レイルが「お前は授業で何を聞いてたんだ」と呆れ顔になった。続いて「ライアンの奴、授業に手を抜いたのか?」とぼやく。
大事な仲間が疑われるのは心外なので、むっとした顔を作ってレイルを睨みつけた。
「ライフルは長距離を撃つから、弾頭は硬い素材が多い。結界……というか、硬いものにぶつかっても潰れずに突き刺さるんだ。お前の結界の硬さが凄いのは別として、こんな形に潰れるのは先端が平らな弾を中距離で撃った証拠だ」
つまり、体内で骨に当たって弾が潰れることを想定してる。しかも潰れるような柔らかい金属となれば、鉛など中毒性がある金属の可能性が高い……確実に殺傷能力優先で撃たれた弾という意味か。
オレの知識が間違ってなければ、確かに殺しに来たんだろう。控室の狙撃では、そんなたちの悪い銃弾使われなかったんだが?
「陛下、キヨ……狙撃がありました」
「うん、銃弾見つけた」
シフェルの報告に振り返れば、彼は複雑そうに状況を説明した。結界の中に閉じこもってしばらく、夜会はダンスや雑談という情報交換の場として機能していたらしい。銃声が響いて数人が倒れたが、当たった者はいない。ケガ人というより、驚いて失神したお嬢様や奥様が出た程度の被害だった。
風がない夜だったこともあり酔いを醒ます者がテラスに出たため、ガラス戸がいくつも開いていた。騎士達が調べたところ、狙撃は結界内の皇帝や王族を狙ったものと判断され、中の状況が把握できずに混乱を極める。そこへ、何も知らずにのこのこと顔を出したので、心配していた貴族の数人がへたり込んだ。
「夜会ってこんなに狙われるの?」
毒殺未遂2回、狙撃2回の現状に首を傾げれば、リアムが何でもないことのように否定した。
「いや、通常は毒殺か狙撃どちらか1回程度だ。今日はずいぶんと大盤振る舞いだと思う」
「ああ……うん。そうなんだ」
オレとしては「狙われたことなんてない」と言って欲しかった。狙撃の弾を見ても平然としているところから、いやな予感はしてたんだ。そうか、狙われるのがデフォなわけか。
「きっちり排除してやんよ!」
皇族、王族の力を見せつけてやろうじゃん。逆に気合が入ったオレは、このスペースに改めて結界を張りなおした。絶対に銃弾が通らないように、身内が傷つけられないための策を施す。こんこんと叩いてみせ、間違えて誰かがぶつからないように、わずかに青い色をつけた。
「結界の可視化、ですか?」
「うん、これなら誰かがぶつかる心配もないし。狙う方もやりづらいだろう?」
明らかに防御してますよ、と示されたら狙撃もしづらいだろう。そう答えると、呆れ顔のレイルに忘れていた事実を指摘された。
「魔力を帯びた銃弾は結界を通過する。お前の結界だけおかしいんだよ」
「あ、そうだっけ」
オレの魔法のイメージが、ファンタジー映画の万能結界だからか、銃弾はもちろんドラゴンブレスも防げそうだ。今度コウコに頼んで、試してるのもいい。何にしろ、狙撃くらいは防げるのでリアムの安全が確保できる――ここが重要だった。
「リアムはこの中にいて」
「セイはどうするのだ?」
「外へ出る。仕掛けた奴にきっちりお仕置きしないといけないだろ」
「余も一緒に」
「ダメ、ここで待ってて」
「嫌だ」
即答で拒否され、ぐいっと腕を掴まれた。このまま離さずについていけば、一緒に結界をくぐれると考えたらしい。
賢いんだか、可愛いんだか。惚れた女の子に、胸元へ手を引き寄せられたら……照れるじゃん。今は胸を押さえつけてるから平らだけど、本来はふくらみがあって柔らかいリアムを思い浮かべた。
「セイ、何か攻撃か?」
目を見開いたリアムの指摘に、たらりと垂れた鼻血に気付く。すぐに駆け寄ったヤンデレ兄が、丁寧にハンカチで押さえてくれた。
「ほひいはん、はひがと(お兄ちゃん、ありがとう)」
鼻を摘まれたまま感謝を口にする。シンは「そんなに惚れてるのか」としょんぼりしながらも、リアムを睨むのをやめた。
あまりリアムを敵対視すると、オレに本気で嫌われるとレイルが説教した成果が出たようだ。それでも兄としての立場を譲る気はないと、張り合うように反対側の腕を組んだ。
両側に権力者を貼り付けたオレは、この夜会会場で最強じゃないか?
鼻血を拭き取り、軽い化粧を再度シンに施されてしまった。なんでも夜会という戦場で敵を迎え撃つ戦闘服みたいなものらしい。北の王族って、優雅な戦場を勝ち抜いてきたのかな。
「わかった。じゃあ作戦通りにお願い。オレが合図するまで全員動かないでね」
助けにくるのは禁止だと言い聞かせ、手順を簡単に説明する。難しい作戦を考えたって、昼間みたいに台無しにされるんだ。大まかな方向性だけ話した。
影から顔を出したコウコやブラウも頷く。オレがもつ武器を最大限に使って追い詰めてやるから、汚い首を洗って待ってろよ!




